「いかにして強い組織を作り上げるのか」というテーマは、経営者や人事担当者であれば頭を抱える問題です。
近年では、多様化する価値観や不確実な時代に対応するために、さまざまな組織形態も議論されるようになっています。
本記事では「働きアリの法則」を踏まえた組織づくりの基本、また、理想組織を作るうえでの考え方について紹介します。
<目次>
「働きアリの法則」とは?
「やる気のある優秀な人材を選んで採用したはずなのに、どうして働かない人が一定数発生してしまうのか?」その疑問の答えとなるのが「働きアリの法則」と呼ばれるものです。
「働きアリの法則」とは何か、具体的に中身を見ていきましょう。
働きアリの法則「2:6:2の法則」とは?
働きアリの法則とは、アリの集団において、よく働くアリ、普通に働くアリ、ほとんど働こうとしないアリの分布の割合が2:6:2になるというもので、「2:6:2の法則」とも呼ばれます。
地面を忙しそうに這っているアリを見ると、すべてのアリが同じように働いているかのようなイメージを持つかも知れませんが、実際のアリの集団は「2:6:2の法則」で示されるように、個体間で活動量にばらつきがあります。
この割合は、集団を変えても同じになることが知られています。
また、よく働くアリだけを集めたり、逆によく働かないアリだけを集めて新たな集団を作ったりしても、時間が経てば「2:6:2」の分布になります。
この法則は人間の組織にも当てはまり、企業などの組織においても「2:6:2の法則」のように“あまり働かない2割”が自然発生すると考えられています。
そして、あまり働かない2割の人たちのやる気を引き出すにはどうすればいいのか等を考える参考にもされています。
「働きアリの法則」と「パレートの法則」との違い
働きアリの法則と少し似た法則に「パレートの法則」があります。
パレートの法則とは、80:20の法則とも呼ばれており、「集団の上位2割が集団の成果の8割を生み出している」という考え方です。
ビジネスにおいては「全商品の2割の商品で、全体売上の8割が作られている」「売上の8割が、上位2割の顧客によって生み出されている」「主要な2割の項目で、全費用の8割を占めている」といった形でも解釈できるとされています。
「働きアリの法則」は集団内における活動量の分布を示しているのに対し、パレートの法則は集団が生み出す成果に注目したものであり、その内容は異なります。
ただ、働きアリの法則における「よく働くアリが2割」という考えと組み合わせて、「上位2割が8割の成果を生み出し、普通の6割が2割の成果を生み出し、殆ど何も生み出さない2割がいる」といった風に言われたりもします。
アリの世界で「働かない2割が生まれる理由」
アリの世界においては、働かな2割のアリを取り除いたとしても、時間が経てば新たに働かない2割の層が生まれます。
アリの世界で、このように常に働かない層が一定数存在するのは、非常事態に対応できるように余力を残す、また、働かない層が入れ替わることで常に安定した稼働を維持するためだと考えられています。
もし、全ての個体が疲れ果てている時に非常事態が重なってしまい対応しきれなければ、全滅という最悪の事態に陥ってしまいかねません。
厳しい自然界の中で生き残っていくためにアリが取った戦略が、常に余力を残して対応できるようにする、常に安定した稼働を実現できるようにするということなのです。
ビジネス組織における働きアリの法則
アリの場合は、何があっても生き残れるようにするという目的のために働かない2割の層が存在するわけですが、人間の組織の場合には、事情が異なります。
ビジネス組織において働かない層が生まれてしまう理由として考えられているのは「行動の閾値」という考え方です。
行動の閾値、とは、どんな状態になると行動を起こすか?ということです。
同じ仕事であっても、行動の閾値が低く「自分で情報を収集して、かつ、積極的に素早く取り組む」人もいれば、行動の閾値が高く「上司から言われない限りやらず、かつ言われても腰が重くて仕事に取り掛かるまでに時間がかかる」という人もいます。
このような行動の閾値の違いがあるため、閾値の低くフットワークが軽い人に仕事が集中しやすくなる。
そして、仕事が集中する人はどんどん経験値を積み、生産性を高め、さらに仕事が回ってきやすくなるという流れが生まれます。
一方で、閾値の高い人は、徐々に仕事が振られなくなり、あまり経験を積むこともできず、やがて働かない層になってしまうのです。
「働きアリの法則」を組織マネジメントに生かす2つの基本
人間の組織においても、どんなに優秀な人材を集めたとしても、2:6:2に近い分布が生じてくると考えられます。
従って、採用時にきちんと選考することは前提として、このような2:6:2の分布が生じることを踏まえて、マネジメントを行う必要があると考えられます。
「働きアリの法則」を組織マネジメントに生かすためには、以下の2点が基本となります。
パフォーマンスに応じたマネジメント
自社の社員が上位2割、中位6割、下位2割に分かれると考えると、それぞれの層に応じてマネジメントや社員教育を行うことで、組織全体のパフォーマンスを最大化させやすくなります。
たとえば、各層に対するマネジメントや教育のポイントは、以下の通りです。
上位2割は、セルフマネジメント力を強化。上位2割の層は、自分で問題を発見し、スキルアップ等にも積極的に行う傾向にあります。
多少難易度の高い仕事が与えられても、自分で気づきを得て学びながら成長していきます。
自ら積極的に動く層ですので、能力を引き出すためには、過度な負担がかからないように注意しながら、どんどん裁量権を与えたり、昇格させたりして、セルフマネジメント能力を高める教育が有効です。
中位6割は、上位2割ほどの自走性はありませんが、きちんと言われた指示にはキャッチアップしますし、成長意欲も持っている層です。
従って、学ぶ機会を与え、目標を設定してマネジメントすることが大切です。
中位6割の層は標準的な能力や意欲はありますので、平均的な成果を上げることができます。
上位2割との違いは、モチベーションや将来の目標といったものが曖昧なため、仕事に対してそれほど積極的な態度を取れない、また、上位2割ほどのフットワークや主体性はないことです。
従って、1on1ミーティングやメンター制度を取り入れ、上司や先輩からのコミュニケーションやフィードバックを通じて、主体性を引き出したり、キャリアを考えさせたりすることがポイントです。
中位6割の層を引き上げることができれば、組織全体としてのレベルUPが期待できます。
最後に、成果を上げることができていない下位2割の層に対しては、キャリア・カウンセリングなどの実施により、自らの仕事について振り返りをさせ、フィードバックを与えることが必要です。
どうして動けていないのか?成果をあげられていないのか?等を振り返っていく中で、他の業務に適性があることに気づける可能性もあります。
成果主義の運用
組織内で働きアリの法則、2:6:2の法則が生じることを考えると、評価制度は成果主義であることが大切です。
もし、成果に関わらず同じ評価、待遇をするとしたら、最も“お得”なのは下位2割であり、最も不満を持つのは上位割です。
つまり、各層の成果に応じた評価、報酬、待遇をしなければ、上位2割の層が不満を持ち、モチベーション低下、離職していきます。
上位2割の層に対しては、きちんとパフォーマンスや成果に応じた待遇をする、そして、下位2割に対して目標-実績を踏まえた評価をすることが大切です。
MBO(目標管理制度)のきちんとした運用、メリハリの利いた報酬制度との連動、昇格/降格・昇給/降給制度の運用などが重要になります。
仕事に対する動機付けで参考となる論理の紹介
組織においても「働きアリの法則」が当てはまることを踏まえて、パフォーマンスに応じたマネジメントと成果報酬を取り入れることは、組織づくりをするうえでの基本となるでしょう。
ただし、より良い組織づくりに取り組む上では、もう少し一人ひとりをきちんと見たうえで、個々の価値観やモチベーションを踏まえた仕事への動機づけをしていくことが大切です。
本章では、仕事に対する価値観や動機付けを考える上で役立ついくつかの論理を紹介します。
人はどんな仕事にやりがいを感じるのか?
メンバー一人ひとりが、どんな時に生き生きと仕事するのかを考える上で参考になるのが組織心理学者エドガー・シャインの理論、「キャリア・アンカー」です。
社員は、「個人は組織の文化にどう染まっていくのか?」という調査研究に取り組む中で、各個人が組織文化の中で染まらない「自分らしさ」を持っていることを発見しました。
シャインは仕事における「自分らしさ」について調査した結果、個人が仕事に対して持っているセルフイメージ(仕事における自分らしさ)のパターンを分類し、「キャリア・アンカー」と名付けました。
以下に示すのが、キャリア・アンカーの分類です。キャリア・アンカーは、仕事のどんな部分に価値や自分らしさを感じるかを示すものです。
<キャリア・アンカーの8分類>
- ①専門・職種別コンピテンス⇒自分の専門性や技術が高まること
- ②全般管理コンピテンス⇒組織の中で責任ある役割を担うこと
- ③自律と独立⇒自分の行動を自分で意思決定していくこと
- ④保障、安定⇒安定的に1つの組織に属すること
- ⑤起業家的独創性⇒クリエイティブに新しいことを生み出すこと
- ⑥奉仕・社会献身⇒社会を良くしたり他人に奉仕したりすること
- ⑦純粋な挑戦⇒解決困難な問題に挑戦すること
- ⑧生活様式⇒個人の欲求、家族、仕事をバランスよく調整すること
アンカーとは、船をつなぎとめておく錨(いかり)を意味します。
つまり、キャリア・アンカー、その人のキャリア、職業人生において軸となる価値観、ということです。
メンバーのそれぞれのキャリア・アンカーを知っておけば、どんな仕事を割り振ったら、どんな動機づけをすることが有効かを考えてアプローチできます。
例えば、「自律と独立」タイプの人には、事細かに指示するよりも、目標と実施のガイドラインを示したうえで仕事を任せてしまった方がよいでしょう。
また、「奉仕・社会貢献」の人には任せる仕事の意味、その仕事が組織内外でのどんな貢献になるかを伝えて依頼するとよいでしょう。
このように、働きアリの法則における「どの階層にいるか?」だけでなく、一人ひとりの軸を踏まえてマネジメントすることで、従業員のパフォーマンスを引き上げることができます。
次に紹介するエニアグラムや強み活用も同じ視点です。
エニアグラムと組織のチームワーク
キャリア・アンカーと似た概念に「エニアグラム」というものもあります。
エニアグラムは、人間の性格のタイプを9つに分類して整理したもので、企業研修などでもよく用いられます。
エニアグラムの各タイプが持つ特徴をひと言で紹介すると以下のようになります。
<エニアグラムの9タイプ>
- タイプ1 正しさを求める完璧主義者
- タイプ2 誰かの助けになりたい人
- タイプ3 成功を追い求める人
- タイプ4 個性的であろうとする人
- タイプ5 分析、評論、研究が好きな人
- タイプ6 安全と安心を求める人
- タイプ7 ドキドキやワクワクを追い求める人
- タイプ8 挑戦的で自己主張の強い人
- タイプ9 調和と平和を求める人
完全に一致するわけではありませんが、シャインのキャリア・アンカーと見比べてみると、似ている部分も見えてきます。
それぞれのタイプで強みと弱みが異なるほか、他のタイプとの相性も違ってきます。
前述の通り、各個人のモチベーションを引き出すためには、相手のタイプに合わせた適切なアプローチが大事です。
同時に、また、組織全体のチームワークを良好なものにするには、人の組み合わせ、また、相互理解が重要になります。
キャリア・アンケ―やエニアグラムはあくまでひとつの分類ですが、こうしたものを使うことで、「自分のタイプを知る」「相手のタイプを知る」「自分と相手で重視する価値観が違うことで受け入れやすくなる」といった効果があります。
マネジメント上はもちろん、チームワークを醸成する上でも有効です。
個人のエンゲージメントを高めるポイント
「働きアリの法則」は、活動量という視点で組織の階層を切り分けたものですが、アリの組織には、働きアリ以外にもいくつかの役割があることも知っておきたいところです。
例えば、働きアリの他にも、外敵から巣を守る兵隊アリや巣の清掃や女王アリの世話をするアリもいます。
人間の世界においても、組織の力を最大化させるためには、組織内において役割分担をする、そして、さらに各チームなどにおいても、一人ひとりが自分の強みを活かして組織に貢献していけるようにすることが重要です。
人は自分の強みを活かすほど生産性が高まりますし、自己効力感なども高まっていきます。
上位2割の人などは、自分の価値観や強みを自覚して、仕事の成果につなげるための“活かし方”を知っているケース多いでしょう。
逆に平均的にしか動けていない中位6割の人は、自分の価値観や強みをぼやっと認識はしているものの明確でなかったり、自分の強みを“仕事の成果”につなげるやり方を分かっていなかったりするケースも多いでしょう。
また、思うように動けていない下位2割の人は、そもそも自分の動機が何なのか、何をしたいのかということを認識していない可能性もあります。
自分の価値観や強みを自己理解して仕事の成果に繋げられるようになると、従業員のモチベーションはグッとあがり、仕事へのエンゲージメントとパフォーマンスも向上するでしょう。
自分の価値観や強みを理解して、エンゲージメントを高めるには以下のような研修が有効です。
「働きアリの法則」を踏まえた理想組織のあり方とは?
「働きアリの法則」を踏まえて各層に応じたマネジメントや評価をする、また、一人ひとりに焦点を当てて力を引き出していくアプローチと並んで、「どんな組織を作りたいのか?」を考えておくことも大切です。
本章では理想組織の在り方を考えるうえで、参考になる2つの組織像を紹介します。
「オーケストラ型組織」と「ジャズ型組織」
この数十年で、オフィスや工場が機械化・IT化されて、さまざまな仕事がどんどん自動化される中で、単純な事務作業や肉体労働はソフトや機械に置き換えられています。
結果として、専門知識を持って自律的に働く知識労働者(ナレッジワーカー)として働く人の比率が増えています。
“マネジメントの父”と呼ばれる経営学者ドラッカーは、ナレッジワーカーが活躍する知識社会における組織モデルとして「オーケストラ型組織」を提唱しました。
オーケストラ型組織では、オーケストラの“指揮者”に該当する強いリーダーシップを持ったリーダーが存在し、組織のマネジメントを専門的に行います。
そして、オーケストラにおける“演奏者”、つまり各楽器のスペシャリストであるナレッジワーカーは、リーダーの指揮を見ながら自律的にまとまり、自分の能力を発揮しながら組織の目標達成に向けて動きます。
指揮者を見つつ自律的に活動するナレッジワーカーで構成されるオーケストラ型組織では、事細かに小さなチームをマネジメントするミドル・マネジメントは不要になり、従来のピラミッド型組織よりもフラットな組織になると考えられています。
強いリーダーシップのもと、それぞれの専門知識とスキルを持った人材が自律的に働くオーケストラ型組織は、定型業務はすべて機械とITがやるという現代において、1つのモデル組織といえます。
一方で、変化が激しい現代において、指揮者によるアレンジはあれど、既に決まっている譜面通りに演奏するオーケストラ型組織は組織モデルとしては限界があるという考え方も出てきています。
それで、オーケストラ型組織に代わって、変化が激しく不確実な時代における組織モデルとして登場しているの「ジャズ型組織」です。
ジャズの即興演奏では、プレイヤー同士が連携し合いながら、直感的に巧みに音楽を作り上げていきます。
ジャズ型組織には、固定化されたリーダーはいませんし、あらかじめ決められた方向性もありません。
お互いに音を通じて、その場でコミュニケーションをとりながら、それぞれの持ち味を生かし、自由に発想を膨らませていきます。
ジャズ型組織は、変化が激しく決まった“譜面”がない今の時代に適した変化対応型の組織であり、“1+1=2”ではなく、“1+1”を3にも4にも10にも相乗効果型の組織であると期待されています。
不確実な時代を乗り越えるための組織
オーケストラ型組織がいいのか、それともジャズ型組織がいいのかは、組織を取り巻く環境、組織の目的、構成するリーダーとメンバーの状況によっても異なりますので、どちらが優れている/劣っていると一概にいえるものではありません。
ただし、現在における企業の多くは、秩序だった組織体制を作り上げ、全体の事業計画に基づいて、仕事が割り振られていく官僚型組織の側面を持っていることが多いでしょう。
決められた計画に沿って行動するという点において、オーケストラ型組織は官僚制組織の側面を持っています。
そして、大きな組織全体としては、全体の方向性を揃える、生産性を保つ上で、一定の秩序が必要でありオーケストラ型組織の側面が必要だと考えられます。
一方で、オーケストラ型組織・完了型組織は、前例のない問題、役割を超えた課題といったことに取り組むことが弱い部分があります。
とくに、変化が激しくなり複雑化する中で、リーダーがすべての問題を把握して、変化対応の指揮を執っていくことは限界があります。
その意味で、変化が激しい個々の現場、チームには、高い専門性を持ったメンバー同士で円滑にコミュニケーションが行われ、絶えず業務が調整されていくようなジャズ型組織が向いていると考えられます。
会社組織を考えた際に、組織内のすべてをオーケストラ型やジャズ型に統一する必要はありません。
目的や状況に応じて柔軟に動かす小さい組織やチームはジャズ型の側面を持ち、事業部のような大きな組織全体はオーケストラ型で運用することができれば、全体的に見て理想的な企業組織になるでしょう。