人材不足や企業競争の激化が進む中で継続的な企業成長が求められる今、会社の未来を作る人材の育成は非常に重要です。そのため多くの企業が人事制度の改革に取り組んでいますが、その進捗や成果に対して課題感を抱えている企業は少なくありません。
こうした環境下でグローバルにおける成長を遂げてきたミネベアミツミ株式会社は、2029年3月期の売上高2.5兆円・営業利益2,500億円を目指し、人事制度の大幅な改革に力を注いでいます。
今回は、抜本的な人事制度改革とその推進、具体的な取り組みについて、ミネベアミツミ株式会社 理事 人事総務部門副部門長の加藤 素樹氏に、『HRドクター』を運営する株式会社ジェイック 取締役常務執行役 近藤が、お話を伺いました(以下敬称略)。
<目次>
2029年3月期の目標達成に向け人材集団を変革する
経営戦略と紐づく人材戦略をつくりあげる
近藤ミネベアミツミ様は、2029年3月期に売上高2.5兆円、営業利益2,500億円を目標として掲げておられます。達成に向けて「人材集団のトランスフォーメーション」を推進していると伺いました。ぜひ詳しく教えてください。
加藤当社がこの目標を達成するためには、コーポレートスローガン「常識を超えた『違い』による新しい価値の創造」を実践していける強い人材集団への変革が不可欠だと考えています。そこで、3つの重点テーマを定めました。
1つ目は「計画的な人材確保・育成」です。これは、未来の経営幹部や事業部長を育てていく取り組みです。これまでは代表取締役 会長 CEOの貝沼、取締役 社長執行役員 COO&CFOの吉田などが、会社を牽引してきました。
日本の製造業の強みでもあるマニュアルやルールを重んじる体制により、高品質な製品を安定して生み出し続けることができていることが当社の成長の土台となってきました。
また、これまでは個人として優れた実績を持つ人が、課長や部長に昇進するケースが多い一方で、昇進したメンバーに対して、部下の力を引き出すリーダーシップを育成する機会は十分ではありませんでした。今後は会社のさらなる成長を見据え、従来のOJT(On the Job Training)だけではなく、体系的な人材育成にも注力し始めています。
2つ目は「戦略実現のための企業文化」です。これは、異なる視点や考え方を活かし、新たな価値を自然に生み出せる文化を作る取り組みです。当社はM&Aを繰り返して成長してきたため、各部門の雰囲気は良くても隣の部門の業務内容をあまり把握していなかったり、管理者を通さないと他部門とコミュニケーションが取りにくかったりする課題もあります。
そこで異なる考えや背景を持つ人と積極的に関わり、互いを尊重しながら、新たな価値を追求することを大切にする文化を作る取組を進めています。
3つ目は「従業員エンゲージメント向上」です。これは、会社と社員が同じ方向を向いて進める環境を整えることを目指しています。社員が会社の戦略を理解し、共感して自らの力を発揮しようとすることが、企業の成長にとって重要な要素のひとつだと考えているからです。
人事制度改革を先導するにあたり意識したこと
近藤加藤さんは2023年の10月に入社された後、人事を司るポジションとしてどのようなミッションを託されていたのでしょうか。
加藤私のミッションは、2029年3月期の理想の姿を実現するために、人事制度を変革することでした。人事制度を抜本的に見直すには、多くの社員の合意が必要です。
そのためには、経営戦略と人材戦略の繋がりを根気よく伝えることが重要でした。経営戦略の実現に向けた人材戦略であることを前面に打ち出し、社員の理解と協力を得ながら改革を進めてきました。
経営戦略と人材戦略の紐づけが強まると、部門内に変化が見られました。「人材戦略における日々の業務の位置付けや自分の役割」を社員に丁寧に伝えられるようになり、それぞれの仕事の目的がより明確になりました。結果として社員のモチベーションやエンゲージメントも向上し、より良い仕事に繋がっています。
近藤経営戦略に沿った人材戦略を作ることは、人事制度改革において大事なポイントのひとつだと思います。しかし、いざ人材戦略を作り始めると、実行に集中しすぎて経営戦略と乖離してしまうケースも見られます。バランスをとりながら両者を連動させて進めることが大事なのですね。
人事制度改革を先導し統率するには多くの苦労も伴うと思います。どのような点を意識して改革を進めているのでしょうか。
加藤社員との信頼関係を築くことです。入社してから最初の3ヶ月間は、特に強く社員との信頼関係を築くことを意識して行動していました。
具体的には、まずは部門内の課長以上の社員全員と1on1を実施して、各社員の人柄や考えを理解することに努めました。同時に私の理想も伝え、相互理解を深めるようにしたつもりです。
また日頃から意識しているのは、方向性や目的は示しつつも、初めから答えを提示するのではなく、社員に考えてもらうことです。加えて、長期的な取り組みであってもところどころにマイルストーンを置き、小さな成果を実感できる仕組みを作ることも、社員の信頼と理解を得るうえで大事なことだったと思います。
もう一つ心がけているのは、トップとの関係構築です。会長や社長が発するメッセージを読み込んで、考えへの理解を深めた上で、人事としてどう行動するべきかを常に意識しています。また、トップと話すときには、データやグラフを使って根拠を明確に示すようにしています。
例えば「日本の労働人口が半分になる」という話をする際には、明確な数字を示して説得力を持たせます。その上で新たな施策を始める際には、トップの関心事や問題意識への解決策として提案しています。
最終的には、多くの人事施策は同じ方向へ自ずと繋がっていきますので、トップの関心事とうまく合わせて進めていくことにより、会社を大きく動かしていくのが効果的です。
人的資本強化のための3つの重点課題
「計画的な人材確保・育成」のために選抜型研修などを導入
近藤重点課題の1つ目「計画的な人材確保・育成」の詳細もお聞きしたいと思います。取り組みの中で、3種類の選抜型研修を実施していると伺いました。それぞれの概要を教えていただけますか。
加藤まず1つ目は、本部長候補向けの「Next Leaders Program(NLP)」です。このプログラムでは、会長や社長とのディスカッション、企業価値経営や経営マネジメントに関する課題図書とレポートの提出、海外ビジネススクールの計24時間分の講義聴講などが行われます。
また、社外取締役や社外の投資家との対話セッションも含まれ、最終的には「MYパッション」を発表します。
この「MYパッション」とは、自分の人生で成し遂げたいことを考えるプログラムです。一般的には「MYパーパス」と呼ばれることが多いですが、ミネベアミツミらしさを反映して「MYパッション」と名づけられました。
自分がわくわくする「WANT」、社会課題やニュースを見て解決すべきと思う「MUST」、そして自分に何ができるかという「CAN」の3つの観点を軸に考えます。これらを整理することで、自分が情熱を注ぎたいことが見えてきます。
この「MYパッション」が会社の経営理念や事業戦略と重なり、自分がやりたいことを追求するほど会社の成長にも繋がる、という状態を目指しています。
また、社外取締役から、担っている役割や会社の評価を直接伺うことは、受講生の視野の拡張に繋がると思います。加えて、会長や社長とのディスカッションを通じて、経営ビジョンや会社の将来に関する深い理解を促しています。
研修を通じて、受講者は会社全体を俯瞰して多角的に見る力を養い、「将来的には自分たちが会社を牽引していくのだ」という意識を醸成しています。
2つ目の「Future Leaders Program(FLP)」は、30代~40代中心の事業部長候補向けのプログラムです。ファイナンスやオペレーショナル・エクセレンス、バリューチェーン・マネジメントなどの実務的な知識を、計30時間の講義で学びます。
プログラムの中では、受講生が社長になりきり、経営計画を5〜6人のグループで考え、投資家向けのプレゼンテーションを行います。最後には「MYパッション」の発表もあります。受講者からは「今までにない、学びたい意欲を満たしてくれる研修だ」との声が寄せられています。
3つ目の「HIPO Leaders Program(HLP)」は、20代後半~30代中心の若手社員向けのプログラムです。NLPやFLPは、本部長や事業部長からの推薦などに基づいて受講者が選ばれます。しかし、HLPは現場の評価を問わず、論理的思考力テストやキャリアに関するレポート内容に基づき、約1,000人の人材プールの中から50人の受講生を選出しています。
これにより、組織内に埋もれている人材を発掘することも目的としています。研修内容は、英語、経営戦略の基礎、リベラルアーツ、地政学などで「MYパッション」の発表もあります。今後はさらに規模を拡大し、来年度は受講生を2倍にしたいと考えています。
3つの研修に関して、受講者から好意的な意見が多い一方で、人事としては課題も感じています。これらのプログラムの開始や選考基準、毎年全員に受講のチャンスがあることについて、社内でまだ十分に周知できていない点です。もっと周知に注力し、制度そのものを浸透させなくてはと思っています。
「戦略実現のための企業文化」に関する取り組み
近藤重点課題の2つ目「戦略実現のための企業文化」について、特にDE&Iや人材面での取り組みを伺いたいです。また、貴社はこれまでM&Aを通じて拡大してきたと思うのですが、文化の統一は大きな課題だったのではないでしょうか。その点についても、どのように取り組んできたのか聞きたいです。
加藤当社では人材マネジメント方針の下、「4つの価値観」を軸にした「目指す人材像」を設定しています。この「4つの価値観」とは、「現場」「情熱と挑戦」「相合(そうごう)」「マイボール精神」です。
異なる部署・役職・年齢のメンバーが集まり、日々大切にしている価値観を議論した結果をベースにしており、これらに沿って成果を出した人を、国籍や年齢、性別問わず評価することを打ち出しています。
特に重要視しているのは「相合」です。これは「相い合わせること」を意味する造語で、当社のあらゆるリソースを掛け合わせ、相乗効果により新たな価値を創造することを意味します。こうした「相合」の価値観に基づく活動を重視しています。
例えばM&Aの際には、PMI(Post Merger Integration、M&A後の統合プロセスのこと)を徹底的に行います。多いときは月に2〜3回ほど全関係者で集まり、統合後の在り方を協議する場を設けています。
とはいえ、各会社や製造拠点、工場にはそれぞれの歴史ややり方があるため、全てを無理にミネベアミツミ流に合わせることはせず、良いところはそのまま生かすようにしています。また、統合する会社の異なる視点や方法を積極的に学びながら、自分たちにも取り入れるようにしています。
相合活動の一環として行っているのが「チームビルディング活動」です。普段接点のない部署の人たちとチームを組み、経営理念に沿った定量的な成果を1年間かけて目指します。
今年度は342件のエントリーがあり、日本から103件、タイから74件、中国からは66件など、約15ヶ国から応募が集まりました。成果に対しては毎年2月に表彰式を開催しています。活動は5年ほど続いており、企業文化を作るひとつの促進剤になっています。
「従業員エンゲージメント向上」を目指して
近藤重点課題の3つ目「従業員エンゲージメント向上」ですが、2024年度3月期の従業員エンゲージメントサーベイにおいて、5段階回答のうち好意的回答の割合が60%という結果だったと伺っています。スコアをどのように受け止めているか教えてください。
加藤今回初めて従業員エンゲージメントサーベイを実施した結果、良い点と改善が必要な点が浮き彫りになりました。当社のスコアは、製造業界のエンゲージメントサーベイの平均値を少し下回っており、伸びしろがあります。
背景には、急成長を遂げる中で業績を優先し、エンゲージメント向上に十分な力を注げなかったことがあると考えています。
具体的には、上司と部下間のコミュニケーションや部門間の連携、タレントマネジメントなど様々な課題が明らかになりました。現在、各事業部からの意見を反映させながら業務改善に取り組んでいるところです。
今後、従業員エンゲージメントサーベイは、国内だけではなく海外にも拡大し、毎年実施していきます。一方で、取締役会でも議論していますが、点数に偏りすぎないように注意しています。スコアだけを追求しすぎるのでなく、本質的なエンゲージメントの改善に注力していく方針です。
近藤従業員エンゲージメント向上を目指す取り組みのひとつが、吉田社長が国内主要拠点を訪問して、社員と直接対話する「社長タウンホール・ミーティング」ですよね。
加藤はい。社長タウンホール・ミーティングはこれまで7回実施しており、手応えを感じています。毎回数百人が参加し、初回の浜松での実施後にアンケートを取ったところ、5段階評価で上位2つをつけた人の割合は約55%でした。
その後、社員の意見を反映させて内容をブラッシュアップした結果、広島と宮崎で実施した6回目、7回目では上位2つをつけた人の割合は80%まで上がりました。
社長自身も手応えを感じているようです。あくまで私の視点からですが、部下との話し方や関係性が変わったように見えます。社員に対面して、成果を認めて感謝の気持ちを伝えることが、社員の力やモチベーションを高めるという実感が得られたのではないでしょうか。これからも精力的に企画していきたいです。
近藤経営者が変わるのは、簡単なことではないかもしれません。しかしタウンホール・ミーティングで得られた参加者の反応が、経営者自身の変化のきっかけになったのですね。
ミネベアミツミのこれから
近藤加藤様が入社されてから約1年間、多くの人事制度にまつわる改革に取り組まれてきたかと思います。改革を実行できている要因を教えてください。
加藤実行したいことがすべて進行しているわけではありませんが、社内の人員に加え、外部のパートナー企業に協力を仰いでいることが要因だと思っています。例えば人事制度(等級、報酬、評価)の改定は、社外のアドバイザーに伴走してもらいながら進めていますし、各種研修もパートナー企業と提携して開催しています。
私は、外部の人事関連の集まりやイベントにも定期的に参加するようにしていて、定期的な情報収集やトレンドの把握、人事関係者などと交流する機会を持つように心がけています。そこでアップデートされたことが、社内の人事制度改革にも生かされていると思います。
近藤2026年3月期には人事制度の改定を予定されています。改定においては、どのようなことを実現しようと考えているのでしょうか。
加藤将来的に人手不足が予想される中で、あらゆる年代の社員をひきつけられる会社にしないと生き残れない、という危機感があります。社長からも「これから10年、20年使えるような先進的な人事制度にしたい」との要望を受けました。
そこで、以下3つのコンセプトを掲げて検討を進めています。1つ目は「透明性のある制度」。キャリアの選択肢を広げ、マネジメントコースやスペシャリストコースを設けるなど、若手社員がキャリアステップを描きやすいようにしていきたいです。
2つ目は「行動とその成果に応じた公平な処遇を設けた制度」。現状はベテラン層の男性が役員ポストの多くを占めていますが、年齢や性別に関係なく成果を出した優秀な人を抜擢できるようにしたいと考えています。
3つ目は「シンプルでわかりやすい制度」。将来のM&Aにも備え、様々な考えを持つ社員にとってわかりやすいものを作っていきたいです。
近藤最後に、これからの貴社の採用戦略を教えてください。
加藤新卒採用は、毎年一定数を採用していますが、環境は年々厳しくなっています。その中で「ミネベアミツミらしさ」を積極的に伝える採用に切り替えていく必要があると感じ、今年から採用コンセプトを新しく練り直しました。
経営理念や、社会的課題解決に貢献する部品の開発や、環境に配慮した工場作りなど、当社の良さや強みを前面に打ち出しています。
また、採用人数も大事ですが、当社の経営理念に共感してくれる方を呼びこむ採用が益々重要になってきていると考えています。採用活動を通じて、ミネベアミツミブランドをしっかり確立し、会社と社員の関係性を本質的に築いていきます。
クロステックミュージアム(注:冒頭写真の背景)もその一環です。「ミネベアミツミの特性を活かし、世界のものづくりを支える技術」をテーマとした体感型ミュージアムであり、小学5年生以上の幅広い年代の方々が、楽しみながらものづくりへの興味を抱ける多彩な展示で、採用活動にも活用しています。
近藤経営戦略に紐づいた人事戦略を設計したうえで、経営陣や現場の社員を巻き込みながら、一つひとつ着実に実行されている点がすばらしいと思いました。本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました!
理事 人事総務部門副部門長 加藤 素樹氏
近藤 浩充氏