他者から期待の言葉をかけられたり、自分を信頼していると言われたりすれば、誰もが嬉しくなるものです。
皆さんの中にも、そんな相手の期待に応えようと行動したくなった経験をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。
私たち人間には「他者から期待を受けると、その期待に応えようとしたくなる」という心理的な傾向があり、これを「ピグマリオン効果」と呼びます。
教育や人材育成の分野では良く知られた法則のひとつです。
自己啓発や成功哲学分野のパイオニアとして世界中で広く知られているデール・カーネギーも、人を変えるに当たっては「期待をかける」ことが極めて重要であると話しています。
記事では、デール・カーネギーの「期待をかける」の原則について、書籍『人を動かす』の概要、また人を変える9つの原則と共に紹介し、人間関係の中で実践するためのポイントを解説していきます。
<目次>
『人を動かす』とデール・カーネギー
最初に、デール・カーネギーと著書『人を動かす』について簡単に紹介します。
デール・カーネギーの生い立ち
数多くの人に影響を与えた自己啓発の名著『人を動かす』の著者として知られるデール・カーネギーは、1888年にアメリカ・ミズーリ州の貧しい農家に生まれました。
カーネギーは地元の師範学校を卒業後、食品や通信機器などの営業職を転々とします。
ニューヨークに上京して働くことになったカーネギーですが、ある時、YMCAの夜間学校で弁論術の講師として登壇する仕事に巡り会いました。
カーネギーが登壇した授業は、ほどなくして受講者から大評判を博します。
カーネギーにとって、この仕事は人生の天職ともいうべきターニングポイントになりました。
その後、カーネギーは独立して自らの研究所を設立し、講演家、著述家、トレーニングプログラムの開発者として、類を見ない成功を収めることになります。
そして、カーネギーは、講義を実施する過程で得た知見やノウハウ、自らの実体験をまとめ、書籍『人を動かす』として出版したのです。
書籍『人を動かす』
1936年にカーネギーが出版した『人を動かす』は、タイトルにある通り、“いかにして相手を動かすか”という人間関係やコミュニケーションの原則について書かれた書籍です。
『人を動かす』は、世界中で多くの人々に支持され、現在では世界で1500万部、日本でも500万部の売上を記録する大ベストセラーとなっています。
発売から80年以上が経過した現在でも、同書はAmazonのベストセラーにしばしばランクインするなど、時代を超えて数多くの人に読み継がれています。
『人を動かす』は「自分の行動を変えることによって他者の行動を変える」という本質が貫かれており、豊富なエピソードと共に、誰にでも取り入れやすい、あらゆる人間関係で活用できるコミュニケーションの原理原則が紹介されています。
『人を動かす』について知りたい人は、以下の記事で内容を要約しているので参考にしてください。
人を変える9原則
書籍『人を動かす』は、「人を動かす3原則」「人に好かれる6原則」「人を説得する12原則」「人を変える9原則」の4パートから構成されており、全部で30の原則が紹介されています。
本記事のテーマである「期待をかける」は、「人を変える9原則」のひとつです。
「人を変える9原則」では、相手との関係を損ねることなく、相手に自ら変わってもらうために重要な9つの原則が書かれています。
「期待をかける」の詳細に入る前に、本章では「人を変える9原則」の一覧を簡単に紹介します。
1.まずほめる
人は他者から注意・指摘されることを好まない生き物です。したがって、相手に変わって欲しい時、いきなり注意や指摘をすることは禁物です。
まず相手をほめ自己肯定感を高めた後に、指摘や改善点を伝えることが大切です。
このことを、カーネギーは手術前の麻酔に例え、最初に相手を褒めることの大切さを強調しています。
2.遠まわしに注意を与える
先述のように、相手に指摘・改善して欲しいことがあるならば、最初に相手をほめた後で伝える事が肝心です。
しかし、ほめた後に「しかし~」と続けてしまうと、逆効果にもなってしまうでしょう。
なぜなら、「しかし」の後に来るであろう注意や苦言が本音なのだと、相手に見透かされてしまうからです。
どうしても、注意や指摘をする必要がある時は、直接的な表現を避けることが肝心です。
また、「そして、こうすると更に良くなるよ」という風に遠まわしに伝えると相手も受け入れやすくなるでしょう。
3.自分の過ちを話す
人は、他人から上から目線で言動を指摘されると、反発して心を閉ざしてしまうものです。
相手を動かしたいのであれば、“上から目線”と受け取られないよう十分配慮する必要があります。
相手に”上から目線””と感じさせないためには、自分の過去の過ちや失敗を伝えると効果的です。
「自分は多くの失敗をしながら学んできた。あなたには、私がしてしまったような失敗をしてほしくない」と最初に一言添えることで、相手はあなたの話に耳を傾けてくれることでしょう。
4.命令をしない
たとえ自分に非がある場合でも、一方的に命令されれば、私たちは素直に改善しようという気持ちにはなかなかなれません。
心理学では、このように「一方的に命令される=自由を脅かされる」ときに反発する感情が生じる心の働きを心理的リアクタンスと呼んでいます。
だからこそ、人を動かしたいときには「あぁしなさい」「こうやりなさい」と命令する代わりに、「こうしたらどうだろうか?」「こっちのやり方はできないかな?」など、質問の形で問いかけると効果的です。
質問を通じて、相手に気づかせ、自ら意思決定するように促すのです。
5.顔をつぶさない
人は誰でも自尊心を持っています。もし人前で恥をかかせてしまえば、相手のプライドは損なわれ、あなたの話に耳を傾けてはくれないでしょう。
相手の顔をつぶす行為は厳に慎みましょう。反対に、相手の顔を立ててあげれば、相手から信頼を得ることもできるでしょう。
6.わずかなことでもほめる
人は褒められることで、喜びを感じ、成長する生き物です。
相手に良くなって欲しい、成長して欲しいのであれば、小さな変化や成長を見逃さず、しっかり褒めてあげることが大切です。
7.期待をかける
他者から期待をかけられれば、私達は期待に応えようと努力をします。
期待をかけるということは、相手に対する信頼の表れであり、相手を望ましい方向に導いていく上でも非常に大切な行為です。
期待をかけている相手がいるならば、しっかりと期待事項を具体的な言葉にして伝えてあげることが大切です。
「期待をかける」の詳細は、次章で詳しく解説します。
8.激励する
相手に自分の才能を信じさせ、自信を持ってもらうための特効薬は「激励する」ことです。
誰かからの激励・応援があれば、一人では乗り越えられない壁に対しても、立ち向かうことができるようになるでしょう。
励ましや激励で大いに元気づけ、長所や才能・能力を信じていることを伝えてあげましょう。
9.喜んで協力させる
工夫次第で人は自ら喜んで動いてくれるものです。肩書や称号を送ることも、相手に気持ちよく動いてもらうための効果的な方法の一つです。
どうすれば相手は喜んで協力してくれるのか?を考え、アプローチを工夫することが大切です。
「期待をかける」の詳細と実践のポイント
本章では、記事のテーマである「期待をかける」について、実際の人間関係の中で活用するためのポイントを解説します。
1.人はなぜ、期待をかけられると応えたくなるのか?
私達はなぜ、他者から期待をかけられると、嬉しくなり期待に応えたくなるのでしょうか。
その理由は、人間誰もが持っている「他者から認められたい」「重要な存在だと思ってもらいたい」という承認欲求が深く関係しています。
身近な例として、「上司が新人に少しチャレンジングな仕事をまかせる」というケースを考えてみましょう。
「あなたの仕事ぶりはいつも丁寧で堅実だから、安心して任せることができて助かるよ。
今回はいつもより念入りなチェックが必要な仕事だけど、あなたならきっと抜け漏れなくできると思うから、ぜひお願いしたい!」このように伝えれば、きっと新人は期待に応えようと、頑張って仕事に取り組もうとするでしょう。
なぜなら、上司の期待の言葉は「自分の仕事ぶりを認めてくれている、そして、期待している」というメッセージになっているです。
新人にしてみれば、上司の期待の言葉を通じて、自分の仕事ぶりが認められたと実感でき、承認欲求も満たされます。
このように「期待をかける」という行為は、相手の承認欲求を満たし、自信を持たせることにつながります。
さらには、相手の「期待に応えよう」とする自発的な行動を引き出す原動力にもなるのです。
期待をかけられた相手には、どのような変化が生まれるのでしょうか?
カーネギーは、期待の言葉を通じて人が見違えるように変わった具体例を、ジョルジェット・ルブラン女史の回顧録を引用して紹介しています。
あるところに、調理場で皿洗いをしていることから“皿洗いのマリー”と呼ばれている娘がおりました。
マリーはまるで童話に出てくる灰かむりのシンデレラのように、不器量で見るからに貧相な出で立ちをしていました。
そんなマリーに対し、ある日ルブラン女史は、次のような言葉をかけました。『マリー、あなたは自分の中に素晴らしい宝物を持っているのに、気がついていない』。
マリーはルブラン女史の言葉を大きな衝撃を受けます。そこから、マリーは自分を大切にし始め、身なりにも気遣うようになりました。
二カ月後、マリーからコック長の甥と結婚することになったと報告がありました。
ルブラン女史のたった一言の期待の言葉が、まさにマリーの人生を一変させることになったのです。
このエピソードが象徴するように、「期待をかける」という行為は、相手の潜在能力を引き出し、人を見違えるように変える可能性すら持っています。
2.期待の言葉をかけるときは、相手が既に期待通りになっているものとして考える
相手に期待の言葉をかける時は、「相手が既に期待通りになっているもの」として接することがポイントです。
以下に挙げた例を基に、具体的に見ていきましょう。
自分からはなかなか主体的に動こうとしない若手社員に対し、「率先垂範して仕事に取り組んで欲しい」という期待があったとします。
この場合の「率先垂範」はあくまで期待事項であり、現状はまだ発揮されていません。
上司がこの状況を変えたいと思ってストレートに伝えるとしたら、「そんな受け身の姿勢ではダメだ。もっと率先垂範して仕事に取り組む姿勢を見せなさい!」といった表現になるかもしれません。
ただ、上記のようなメッセージでは、それが相他のためを思って言った言葉だとしても、相手の自尊心は傷つけられ、上司の言葉に素直に従おうとはなにづらいものです。
これに対して、カーネギーは次の言葉を残しています。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
もちろん完全に備わっていないのであれば別ですが、相手の中にある美点、強み、能力を発揮してほしいと思うのであれば、相手が既にその美点を備えている、発揮しているものとして扱うことが大切だという事です。
このように、「あなたは既に備えているし、ときに発揮もしている。だからさらに発揮していこう」という形で期待事項を伝えることで、相手を期待通りに導いていくことも可能になるのです。
上記を踏まえた上で、先ほど例に挙げた率先垂範を期待する若手社員に対しては、どのような伝え方をすれば効果的でしょうか?
例えば、「こないだの●●で発言した姿勢は良かった!率先垂範して行動できるリーダーになってもらうことを期待しているよ!」といった形で伝えると良いでしょう。
ただし、自分の中で “嘘” になってしまうと、その気持ちが相手に伝わってしまいますので注意が必要です。
塩梅は難しいものですが、相手が期待通りになっているとして接することで、相手は「期待通りになろう、期待を裏切らないようにしよう」と感じ行動するようになるものです。
3.相手のどこにどんなことを期待しているのか?を明確にして伝える
上記で説明したように、期待を伝える際には、相手が期待通りになっているものと考えて伝えることが大切です。
また、期待を伝えるに当たっては、気を付けるべきポイントがあります。
それは、「相手のどんな部分に、どんな事を期待しているのかを、具体的な言葉で伝える」ということです。
具体例を挙げて説明します。
たとえば、上司が「あなたにはとても期待しているよ。それじゃあこの件よろしくね」といった形で伝えると、部下はどう感じるでしょうか?
この伝え方では、部下は、自分のどんなところにどんな期待をかけられているのか、さっぱり分かりません。
自分の何を認められているのかも釈然としないので、当然、自尊心や承認欲求も満たされません。
それどころか「上司は自分に何を期待しているのか示さないくせに、結果だけは求めてくる…。小手先で自分を操ろうとしているのではないか」と不信感を感じ、モチベーションを下げてしまう結果にもなりかねないのです。
従って、「期待をかける」にあたっては、相手の「どこ」「どんなところ」に期待をかけるのか、認めているのかを明確にして伝えることが重要です。
「〇〇君の提案資料は、数字に説得力があって素晴らしいね。お客さんが納得できるプレゼンになることを期待しているよ!」「●●さんの対応がとても丁寧で良かった、とお客さんが感心していたよ。これからも安心してアフターフォローを任せられるよ!」というように、相手の「どこ」「どんなところ」に期待をかけているのかを具体的な言葉にして伝えるようにしましょう。
また、期待事項があまりにも相手の現状とかけ離れている場合も問題です。
なぜなら期待と現状のギャップが大きく乖離していれば、相手は「期待に応えよう」「応えられるように策を練ろう」と自分でも思えなくなってしまいます。
なお、「具体的に」と書きましたが、相手が新人・若手社員などで、今後の伸びしろや潜在能力を信じている場合であれば、多少抽象的なニュアンスで期待を伝えても良いでしょう。
ただし、いずれにしても、あなたが「信じている」「心から期待している」のか、それとも相手を動かすための ”嘘” なのかは、相手は敏感に感じ取ります。
相手の姿勢、相手のいま、相手の強み、相手の潜在能力、相手の可能性…そういったものに焦点を当てて、言葉も吟味したうえで、心からの言葉として相手に期待事項を伝えましょう。
まとめ
記事では、デール・カーネギーの『人を動かす』で紹介されている「期待をかける」の原則をテーマに解説しました。
人間には「他者から期待を受けると、その期待に応えようとしたくなる」という心理的な傾向(ピグマリオン効果)があります。
このピグマリオン効果を踏まえた上で、相手に期待事項を伝える時の効果的なポイントについて記事の中で紹介しました。
大切なのは、相手の今後の成長・変化の可能性を見据えた上で、“あたかも既に備わっているかのように伝える”という事です。
具体的な言葉で、かつ、時間を掛けて根気よく期待事項を伝えていくことによって、相手は期待に応えるように育っていくことでしょう。
記事では、上司が部下に期待の声掛けをするという事例を紹介しましたが、「期待をかける」ことの大切さは、ビジネスシーンに限らず、子育てや友人関係、夫婦、パートナーの間柄においても同じことが言えます。
記事がマネジメントや人材育成、子育てや人間関係の構築に貢献するヒントになれば幸いです。
なお、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。
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