まずほめる|デール・カーネギー『人を動かす』

まずほめる|デール・カーネギー『人を動かす』

昭和から平成前半頃までは、職場での部下指導と言えば、「部下は叱って伸ばすもの」という考え方もまだまだ一般的であり、職場で大きな声で叱責するような光景も少なくありませんでした。

 

しかし、昨今ではパワハラなどに関する考え方が厳しくなり、また価値観も変わった中で、「ほめて育てる」マネジメントが主流になっています。

 

幅広い年代のビジネスパーソンを対象にした、職場における『ほめる効果』に関するアンケート*でも、8割の人が「上司からほめられるとやる気が高まる」と回答しています。

 

上司・部下双方において、まず「ほめる」という関わり方は、人材育成の王道といっても過言ではありません。

 
*「20~59 歳の男女を対象にしたインターネット調査 株式会社サーベイリサーチセンター」

 

自己啓発や成功哲学分野のパイオニアとして世界中で広く知られているデール・カーネギーも、相手に何か変わって欲しいと期待するならば、何をおいても相手を「まずほめる」ことが不可欠だと話しています。

 

記事では、デール・カーネギーの「まずほめる」の原則を、書籍『人を動かす』および人を変える9つの原則と共に紹介し、人間関係の中で「まずほめる」を実践するためのポイントを解説します。

<目次>

『人を動かす』とデール・カーネギー

最初に書籍『人を動かす』と著者デール・カーネギーについて簡単に紹介します。

 

デール・カーネギーとは?

『人を動かす』の著者であるデール・カーネギーは、1888年アメリカ・ミズーリ州に生まれました。

 

カーネギーは地元の教育大学を卒業すると、販売職や行商人など、いくつかの職を転々とします。

 

そんなカーネギーにとって人生の転機となったのが、YMCAが設けた夜間学校の「話し方教室」の講師の仕事でした。

 

大学時代に学んだ弁論術の知識も十分に生かしたカーネギーの講義は、受講生からは大人気を博します。

 

この仕事に天職を見出したカーネギーは、後に独立し自分の研究所を立ち上げ、リーダーシップとコミュニケーション、プレゼンテーション分野における教育の大家として名を馳せることになります。

 

そして、カーネギーは提供する講座のなかで培った様々な経験・知見も下敷きにして、コミュニケーションに関する名著『人を動かす』を1936年に出版しました。

 

『人を動かす』の概要

カーネギーの著書『人を動かす』(原題 : How to Win Friends and Influence People)は、日本国内で430万部、世界で1500万部以上の発行部数を誇る大ベストセラーを記録した書籍です。

 

タイトルにある通り、「人を動かす原理原則」をメインテーマに掲げており、ビジネスだけでなく、プライベートのさまざまな人間関係にも適用できる、普遍的で分かりやすい内容が同書の大きな特徴です。

 

私達は『人を動かす』を通じて、良好な人間関係の築き方、人に影響を与える方法、人生で成功を収めるための人との関わり方…などにおける原理原則を得ることができます。

 
『人を動かす』について知りたい人は、以下の記事で内容を要約しているので参考にしてください。

人を変える9原則

書籍『人を動かす』は、「人を動かす3原則」「人に好かれる6原則」「人を説得する12原則」「人を変える9原則」の4パートから構成されており、全部で30の原則が紹介されています。

 

本記事のテーマである「顔をつぶさない」は、「人を変える9原則」のひとつです。

 

「人を変える9原則」では、相手との関係を損ねることなく、相手に自ら変わってもらうために重要な9つの原則が書かれています。

 

「顔をつぶさない」の詳細に入る前に、本章では「人を変える9原則」の一覧を簡単に紹介します。

 

1.まずほめる

誰しも“ダメ出し”されるのは嫌なものです。そして、改善の提案やアドバイスというのは、たとえ善意だったとしても、そこには“ダメ出し”の要素があるものです。
だからこそ、いきなり改善点やアドバイスを伝えれば、相手は自分の行動や思考を否定されたと感じ、機嫌を損ね、あなたの話を聞いてくれなくなってしまうかもしれません。

 

最初に相手をほめてから、コミュニケーションを始めることが重要です。

 

まずほめて相手の自尊心を満たすことで、相手にはこちらの提案、要望に耳を傾ける心の余裕ができるでしょう。

 

「まずほめる」の原則について、次章で詳しく解説します。

 

2.遠まわしに注意を与える

指摘や苦言を相手に伝えるとき、頭ごなしに伝えていないでしょうか。前述の通り、正面切って注意されると、誰しも自分を否定されたような気持ちが生じます。

 

そうなれば、あなたのアドバイスや指摘を聞くどころか、反発心を抱いてしまう可能性すらあります。

 

ストレートに指摘するのではなく、オブラートに包んだ表現で、相手自身に気づいてもらえる伝え方にすると効果的です。

 

3.自分の過ちを話す

客観的にみれば明らかに間違っているように見えても、人はみな自分の言動が正しいと思って行動しています。

 

間違った道に進まないよう、良かれと思って忠告した場合でも、相手はダメ出しされたと感じて、あなたの忠告を素直には受け取ってはくれないでしょう。

 

忠告や指摘が必要な際には、「自分も昔、同じように失敗して…」「判断を誤って、こういう痛い目を見たんだよ…」と自分の失敗談を伝えることで、相手は“上から目線で注意された”と感じず、耳を傾ける余裕ができるでしょう。

 

4.命令をしない

他人から「あれをしろ」「これはやるな」と一方的に命令されると、人は誰しも無意識に反発心を抱くものです(学術的には「心理的リアクタンス」と呼ばれます)。

 

カーネギーは、人を動かしたいと思うのであれば、命令ではなく、質問の形にして意見を求め、相手の自主性に任せることが大切だと話しています。

 

5.顔をつぶさない

たとえどんなに間違った言動をしていても、人前で相手に恥をかかせたり、相手の顔をつぶしたりするようなことは控えるべきです。

 

顔をつぶされれば、誰しも自尊心を損ね、あなたに心を閉ざす、あるいは反発心を抱いてしまうでしょう。

 

注意や指摘をする必要がある時は、1対1の時など場所とタイミングに十分配慮して行うようにしましょう。

 

6.わずかなことでもほめる

カーネギーは「ほめることは、人間に降り注ぐ日光なようなものだ。花咲くことも成長することもできない」として、人の成長にはほめることが不可欠であると強調しています。

 

相手をほめる時は、目に見えるわかりやすい成果よりもむしろ、わずかな成長、ほんの小さな成長を見逃さず惜しみない称賛を送ることが大切です。

 

どんな小さなことでも構いません。ほめられるポイントは逃さずどんどんほめていきましょう。

 

7.期待をかける

人は誰でも他者から期待されることで自尊心と承認欲求が満たされ、その期待に応えようと奮起するものです。

 

期待をかける相手に対しては、いま現在の状態はいったん脇に置き、相手の可能性、潜在能力、強みに焦点をあてて、期待を伝えるようにしましょう。

 

8.激励する

例えば、商談に苦手意識を持っている人に、「お前の商談は本当になってないな!」と伝えるとどうなるでしょうか。

 

相手の自信は失われ、「自分は商談でいつも失敗する人間なんだ」というネガティブなセルフイメージを植え付けてしまうでしょう。

 

それよりも、相手の自己重要感を満たし、ポジティブなセルフイメージを持たせることが肝心です。

 

激励し、こちらが相手の能力を信じていると伝えることで、相手はおのずと“できる自分”になろうと全力で奮起することでしょう。

 

9.喜んで協力させる

人間は誰でも、自尊心が満たされることを心の中で渇望しており、それを満足させてくれそうなら、たいていのことに嬉々として応じるものです。

 

したがって、相手の自尊心を満たしてあげることこそが、他者からの協力を引き出すカギになります。

 

ちっぽけに見える勲章や記念品を始め、人の自尊心を満たせるものは意外なほど多くあるものです。

 

相手が喜びそうな肩書、演出、名誉などを考えて工夫してアプローチしてみましょう。

「まずほめる」の詳細と実践のポイント

本章では、「まずほめる」の原則の詳細、および実際の人間関係の中で活用するポイントを解説します。

 

1.「まず」ほめるとは、どういうことか?

カーネギーは、「ほめる」ということに関して、当記事で解説する「まずほめる」の原則の他に、人に好かれる6原則でも「心からほめる」を記しています。

 

さらに、同じ人を変える9原則のなかには、もうひとつ「わずかなことでもほめる」という原則があります。

 

カーネギーは、それだけ「ほめる」ということを重視しているということです。

 

では、人に好かれる6原則にある「心からほめる」と、人を変える9原則の「まずほめる」「わずかなことでもほめる」はどのように違うのでしょうか?

 

前者の「心からほめる」は、ほめるうえでの基本姿勢を示したものです。

 

心からほめるとは、心の底から賞賛できる相手の事柄を、噓偽りなく、率直に伝えることによって、相手に重要感を与えるということです。

 

ほめることが大切だからといって、心では思ってもいないのに、口先だけでお世辞をいっても、すぐに伝わってしまうものです。

 

だからこそ、「心からほめる」という心構えがほめるうえではまず大切なのです。

 

そして、「心からほめる」を踏まえたうえで、実際に人を影響を与えたいときに重要なやりかたが、「まずほめる」と「わずかなことでもほめる」です。

 

「まずほめる」の原則では、相手に何か変えて欲しいことがあるならば、「まず」ほめて、その後に要望を伝えるということを言っています。

 

「まずほめる」で重要なポイントは、相手に変わって欲しい、改善して欲しい、という目的が最終的にはあるということです。

 

カーネギーは『人を動かす』のなかで、「まず相手をほめておくのは、歯科医がまず局部麻酔をするのによく似ている。もちろん、あとでがりがりとやられるが、麻酔はその痛みを消してくれる」と書いています。

 

相手に変えて欲しい、改善して欲しい、という目的がある以上、最終的には何らかの形で、そのことを相手に認識してもらわなければなりません。

 

しかし、最初からダメ出しをすれば、相手は心を閉ざし、こちらの話を素直に聞いてはくれないでしょう。

 

したがって、カーネギーが麻酔に例えたように、厳しい話を受け入れる心の準備を整えると言う意味で、「まず」ほめるという事が重要になってくるというわけです。

 

そして、「わずかなことでもほめる」は「まずほめる」を実践する上で、相手のどこに着目すべきかという視点にもなります。

 

ほめることができない人は、「ほめることがない」「基準を満たしていないのにほめたりしたら、本人のためにも悪影響だ」などで悩んだりします。

 

それに対して、「わずかなことでもほめる」は、わずかなこと、ほんの小さく芽吹いている相手の可能性、日々の少しの成長、などを見逃さず惜しみなくほめることが、その芽を大きく育てることになると伝えているのです。

 

2.「まずほめる」ことで、何が変わるのか?

カーネギーは『人を動かす』の中で、「まずほめる」を実践したビジネスシーンの具体例を紹介しています。

 

とある建設会社が、請け負ったビルの建設作業を進めていました。

 

ところが、竣工一歩手前のタイミングになって、協力会社から納品が間に合わないと連絡がありました。
建設会社の担当者は、先方の社長と交渉するため、協力会社に赴きました。担当者は社長室に入ると、開口一番に社長の珍しい苗字を話題に話し始めます。

 

社長の珍しい姓は、200年前にオランダから渡ってきた先祖に由来することを聞き、担当者はいたく感心してほめたたえました。

 

それが終わると、今度は先方の工場や機械設備についてほめはじめました。

 

ほめられたり感心されたりが続いてすっかり気を良くした社長は、昼食後、次のように話を切り出したのです。

「さて、いよいよ商売の話に移りましょう。もちろん、あなたがいらっしゃった目的は十分承知しています。あなたとこんなに楽しい話をしようとは予想していませんでした。他の注文は遅らせても、あなたのほうはきっと間に合わせますから、安心してお帰りください」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

大事なタイミングで納品が遅れている状況を考えると、怒り心頭、もしくは、真っ青な状態で、「とにかく何とかしてくれ!約束した納期に間に合わせてくれなければ困る!」とまくし立ててもおかしくないところです。

 

しかし、この担当者は、社長の姓や一族のこと、先方工場の設備や機械を話題にしてほめ称賛しながらも、納期の交渉という本来の要件を自分から切り出すことをしませんでした。

 

「まずほめる」を徹底したことで、結果的に担当者の目的は達せられたのです。

 

本来の要件・目的が何であれ、「まずほめる」ことで、相手はあなたを友好的で信頼できる人物だと感じやすくなります。

 

一度味方だと思ってもらえば、そのあとに要望を切り出したとしても、「この人は自分のことを気にかけて言ってくれているんだ」「こちらのことを分かったうえで、相手にも事情があるのだ」と相手も前向きに、そして、ポジティブに考えてくれることでしょう。

 

3.「まずほめる」を実践するためには?

「まずほめる」が実践できれば、たとえ苦言や厳しい話を伝える場合でも、相手との人間関係を良好に保ちながら望む結果を得ることができるでしょう。

 

ビジネスシーンや普段の人間関係の中で、「まずほめる」を実践するためのコツを2つお伝えします。

 

1つ目は、普段からほめるポイントを具体的に見つける癖をつけるということです。

 

「心からほめる」の原則でも触れていますが、「ほめる」ことと「お世辞を言う」ことは違います。

 

自分が思ってもいないお世辞を表面的に言ったところで、相手には簡単に伝わってしまいます。

 

先ほど例に挙げた建設会社の担当者も、相手の社長が誇りを持っているであろう一族のこと、会社の設備・機械といった具体的な内容、そして、素直に感心したことをほめているからこそ効果があるのです。

 

訪問先の様子、相手の持ち物やアクセサリーなど、普段からさまざまなものへの興味、素直な感性を持つことが大切です。

 

隙あればダメ出しや粗探しをするような評論家的な姿勢では、まずほめる、心からほめるを実践することは難しいでしょう。

 

子供のように、何事にも興味を持ち、素直に感動する姿勢を意識しましょう。

 

2つ目は、「会話のなかで1回は相手をほめる」を日ごろから習慣にするということです。

 

上述した通り、ほめるためには、様々なものや相手の良いところに興味を持ち、素直に感心する感性が重要になります。

 

感性は生まれつきものだけでなく、磨くこともできます。

 

日ごろから、会話の中で「ほめるものを見つける」、そして、「伝える」習慣をつくることで感性を磨きましょう。

 

普段から習慣にすることで、人を動かすための「まずほめる」を実践する際にも、ぎこちない、口先だけのものになることを避けられるでしょう。

まとめ

記事では、デール・カーネギーの『人を動かす』で紹介されている「まずほめる」の原則を解説しました。

 

人に指摘や助言がある時に、いきなり改善点やアドバイスを伝えてしまうと、相手は自分の行動や思考を否定されたと感じ、こちらの話に耳を貸さなくなってしまう可能性は大いにあります。

 

指摘や要望を伝える必要があるならば、最初に相手をほめてから、コミュニケーションを始めることが重要です。

 

「まずほめる」ことで、相手の自尊心は満たされ、相手はあなたを友好的で信頼できる人物だと感じやすくなります。

 

その後から、本来の要件を切り出せば、相手はこちらの要望に耳を傾ける心の余裕ができるでしょう。

 

記事では他に、ビジネスなど実際の人間関係の中で「まずほめる」を実践するポイントもお伝えしました。

 

記事の内容が、好ましい人間関係を維持しながら相手に要望を伝えるためのヒントとして役立てば幸いです。

 

なお、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。
 

「管理職のマネジメント力を高めたい」「営業職の営業力をあげたい」とお考えの人は、以下のデールカーネギー研修、セミナーの情報を参照してください。

著者情報

近藤 浩充

株式会社ジェイック|取締役 兼 常務執行役員

近藤 浩充

大学卒業後、情報システム系の会社を経て入社。
IT戦略事業、全社経営戦略、教育事業、採用・就職支援事業の責任者を経て現職。企業の採用・育成課題を知る立場から、当社の企業向け教育研修を監修するほか、一般企業、金融機関、経営者クラブなどで、若手から管理職層までの社員育成の手法やキャリア形成等についての講演を行っている。
昨今では管理職のリーダーシップやコミュニケーションスキルをテーマに、雑誌『プレジデント』(2023年)、J-CASTニュース(2024年)、ほか人事メディアからの取材も多数実績あり。

著書、登壇セミナー

・社長の右腕 ~上場企業 現役ナンバー2の告白~
・今だからできる!若手採用と組織活性化のヒント
・withコロナ時代における新しい採用力・定着率向上の秘訣
・オンライン研修の「今と未来」、社員育成への上手な取り入れ方
・社長が知っておくべき、業績達成する目標管理と人事評価
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