私たちの多くが子供の頃、「相手の身になって考えましょう」と言われたことがあるでしょう。
大人になってからも「お客さまの気持ちになって対応しましょう」「部下の目線でマネジメントすることが大切」など、同じような話をしばしば耳にします。
「相手の身になって考える」というのは、他者との関係の中で生きる私たち人間のあり方として、なくてはならない考えの一つです。
そして、相手の身になって考えることは、人間関係の構築や仕事をするうえでも非常に重要です。
対人関係やリーダーシップの分野で世界的に知られているデール・カーネギーも、人を説得する原則のひとつとして「人の身になる」を挙げています。
本記事では、デール・カーネギーの著書『人を動かす』より、「人を説得する12原則」のひとつとして紹介されている「人の身になる」について解説します。
<目次>
『人を動かす』とデール・カーネギー
最初に、書籍『人を動かす』と著者デール・カーネギーについて簡単に紹介します。
デール・カーネギーとは?
自己啓発、リーダーシップ、人間関係構築分野の数々の功績を通じて世界中で知られているデール・カーネギーは、1888年、ミズーリ州メリービルの農家で生まれました。
教師養成の大学を卒業したカーネギーは、販売職の仕事をしながら、俳優になることを目指していました。
残念ながら俳優として芽が出ることの無かったカーネギーですが、ある時YMCAが主催する話し方教室で登壇するチャンスが訪れます。
カーネギーの話し方教室は好評を博し、カーネギーは天職を見出すことになります。
カーネギーは、人前での効果的なスピーチやプレゼンテーションを教える中で、参加者たちの課題が、表面的な話し方の巧拙ではなく、人間関係の構築や人との関わり方にあることに気づきました。
しかし、人間関係の課題を克服するノウハウや教材は、当時の世の中にほとんど存在しませんでした。
そのため、カーネギーは講座での指導を踏まえて、教材の設計・開発を進めていきます。
YMCAから独立後、カーネギーは自身の研究所を設立し、自己啓発コース、企業研修、パブリックスピーキング等を始めとする、幅広い対人関係のトレーニングプログラムを世に送り出すことになります。
『人を動かす』の概要
カーネギーはYMCAの教室で学生たちに授業をする中で、当時ノウハウが世に無かった、人間関係の構築や人との関わり方を体得するための教材開発にも精力的に取り組んでいきました。
カーネギーは、この取り組みの集大成として、ノウハウや研究結果を1冊の本に体系化し、出版します。
1936年に初めて世に出たこの書籍が、ビジネス史に残るベストセラーとなる『人を動かす』です。
『人を動かす』の原題は「How to Win Friends & Influence People」で、直訳すれば、“友人を獲得して、人に影響力を発揮する方法”です。
本書の内容は、友達作りに限らず、職場や家族といったありとあらゆる人間関係に、絶大なインパクトをもたらすものです。
同書はアメリカのみならず世界中で多くの人たちに支持され、また時代を超えて売れ続け、現在に至るまで全世界で1500万部の売上を記録しています。
『人を動かす』について知りたい人は、以下の記事で内容を要約しているので参考にしてください。
「人を説得する12原則」
書籍『人を動かす』は、「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」の4パートから構成されており、全部で30の原則が紹介されています。
本記事のテーマである「人の身になる」は、上記の中の「人を説得する12原則」のひとつです。
「人の身になる」の詳細に入る前に、本章では「人を説得する12原則」の一覧を紹介します。
1.議論を避ける
他者と議論して相手を打ち負かしても最終的には望む結果は得られないため、議論になることは避けるべきだとする原則です。
たとえ、議論で打ち負かせたとしても、相手のプライドは傷つき、相手はあなたに対して感情的に反発・拒絶する結果になってしまいます。
つまり、議論で勝っても、相手を動かすことにはつながらないのです。
2.誤りを指摘しない
他者から見てどんなに不合理な言動であっても、本人は自分なりに正しいと思って行動しています。
従って、面と向かって手厳しく誤りを指摘することは、相手の自尊心を大きく損なってしまう結果となるでしょう。
「議論を避ける」と同じく、正面から手厳しく誤りを指摘しても、相手を説得して、誤りを正すことにはつながりにくいのです。
3.誤りを認める
私達が人生を過ごす中で、間違いや失敗を避けることはできません。大切なのは、自分の過ちを素直に受け入れ、正直に相手に謝罪するということです。
自分の過ちを素直に素早く認めることで、相手はあなたに対して寛容な気持ちが生まれ、非難や叱責も最小限に抑えることができるでしょう。
4.穏やかに話す
相手に対して感情的な態度、刺々しく配慮のない物言いで接すれば、相手はガードを固めて心を閉ざしてしまうでしょう。
穏やかで落ち着いた態度、話し方を意識して、相手に「私はあなたにとって友好的な人であり、仲間です」というメッセージを送ることが大切です。
5.”イエス”と答えられる問題を選ぶ
一度「ノー」と答えると、人はプライドを保つために、「ノー」という姿勢を一貫して続けようとします。
したがって相手を説得したい場合に、いきなり相手が「ノー」という答えを出すようなテーマを選ぶことは禁物です。
説得したい相手に対しては、まず相手が合意できる話題から入り、繰り返し「イエス」の返事を引き出していくことが効果的です。
6.しゃべらせる
相手を説得したいと思う際、私たちは自分の意見の正しさ、すばらしさを伝える、つまり喋ることで相手を説得しようとしがちです。
しかし、私達は相手の話を聞くよりも、自分の話をすることが大好きです。喋りたいのは相手も同様です。まずは相手に思う存分しゃべってもらいましょう。
自分の意見を挟まず、その代わりに、相槌や質問をして、良い聞き手になることが大切です。
7.思いつかせる
殆どの人は、人からとやかく言われて動くことを好みません。自分の考えで行動したり、自分の意思で決定したりすることを大切にしたいと思っています。
だからこそ相手に動いて欲しい時は、指示やアドバイスで動かそうとするのではなく、ヒントを示して相手に思いつかせる、あるいは、複数の選択肢を示して相手に決めてもらうといったことが効果的です。
8.人の身になる
人の行動には、必ず理由があります。どんなに間違っている、不合理に見える言動であっても、本人は「自分が正しい」と思って行動していることが大半です。
したがって、相手の言動を非難しても何の効果もありません。
相手の立場に身を置いて考え、“なぜその言動に至ったのか?”の背景を探ることから始めましょう。「人の身になる」の原則は、次章で詳しく解説します。
9.同情を寄せる
私達は皆、自分の気持ちや感情を誰かに分かって欲しいと、心の底で望んでいます。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
カーネギーが言うように、どんなに意地悪な人であっても、このように同情・共感の気持ちを伝えることで、相手は少しずつ心を開き、あなたの話を聞いてくれるようになるでしょう。
10.美しい心情に呼びかける
人は誰でも、「自分は立派な人物であり、尊敬される人間である」と思いたいものです。
従って、時には相手が同意しやすい大義や相手の良心や道徳心に訴えかけるような伝え方、また、相手を立派で道徳的な人物として扱うことが相手を説得する上で功を奏するものです。
11.演出を考える
何の変哲もない物やサービスであっても、演出や伝え方の工夫によって、私たちの興味や関心を刺激することは可能です。
誰かに協力して欲しい時も、ショーマンシップを意識してドラマチックに演出すると効果的です。
12.対抗意識を刺激する
「他の人には負けたくない」という対抗意識が芽生えたことで、些細なことにも本気になって取り組んだという経験のある人も多いでしょう。
作業にゲーム性を持たせるなど、相手の対抗意識を刺激する工夫をすることで、高いパフォーマンスを発揮させたり、相手を動かしたりすることが可能です。
「人の身になる」の詳細と実践のポイント
本章では、記事のテーマである「人の身になる」について、実際の人間関係の中で活用するためのポイントを詳しく解説します。
1.なぜ、人の身になって考えることが大切なのか?
私達は、幼少期から今に至るまでの様々なタイミングで、人の身になって考えることの大切さを言われてきています。
なぜ、人の身になって考えることが大切なのでしょうか。
例えば、職場に頻繁に遅刻して出社する若手社員がいたとします。
もちろん、そのままにしておくわけにはいきませんので、きちんと定時前に出社するよう指導することは大切です。
しかし、相手の話を聞かず、頭ごなしに叱っていいものでしょうか。カーネギーは以下のように言っています。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
カーネギーが言うように、どんな人であってもその行動には何かしらの理由が存在します。
もちろん定時前に出勤することは社員としての義務です。
定時前にきちんと出勤するために「もっと早く家を出ればいいのに」「朝が弱いなら近いところに引っ越せばいいのに」といった意見も当然のことです。
それでも、一歩立ち止まり、「なぜ彼/彼女は、朝時間通りに来られなかったのか?どんな理由があるのだろうか?」と考えて探っていくことで、相手の背景、相手の事情も知ることができ、より良い解決策が見つかることもあるでしょう。
若手社員の例でいえば、重い貧血で満員電車を乗り継ぐ体力が心もとなく途中で少し休む必要があるのかもしれません。
あるいは、家族の介護があるため、会社から遠くても実家から引っ越せないといったケースもあるでしょう。
相手の身になって考えた結果、このような事情が判明したのであれば、フレックス制度の導入や検討を考えてもいいかも知れません、また、家から近い支店への配属やリモートワークを考えることもできるようになるでしょう。
若手社員ひとりのためにと思うかもしれませんが、背景を知ることで「今後ほかにも出てくるかもしれない…」といった思考も生まれます。
また、制度的な変更は難しいとしても上記の事情を知ったうえで、若手社員と共に解決策や対応を考えれば、相手の行動も変わりやすいでしょう。
相手の身になって考えるというのは、決して相手の言動をそのまま肯定したり許容したりすることではありません。
そうではなく、相手自身や相手の行動の背景を、より深く理解することで、好ましい人間関係を維持しながらより良い解決策を発見する、まさに「相手を動かす」ための原則なのです。
2.相手の身になって考えるとは、どういうことか?
相手の身になって考えることは、私たちが好ましい人間関係を築く上でも、より良い未来を手にするためにも極めて大切です。
しかし、私達はみな、異なる人生を過ごし、異なる考えや価値観を持っています。その意味では、本当の意味で「相手の身」になって考えることは不可能なことです。
カーネギーがいう「相手の身になる」というのは、「もし自分が相手の立場だったらどう感じるだろうか?」「彼/彼女は、どうしてあのような行動に至ったのだろうか?」と一歩立ち止まって考える、相手を理解しようとする姿勢や行動です。
相手の身になるとは、相手の視点を想像する姿勢や行動であり、意識と心がけ次第で誰にでもできることです。
もちろん、相手の立場、相手の身になって考えて想像しても分からない、考えた結果が事実とは違っていたというケースもあるでしょう。
しかし、それをネガティブに捉える必要はありません。
きちんと確認すれば、相手はこちらが理解しようとしてくれた姿勢、行動を肯定的に捉えてくれるでしょうし、事実と違っていたら改めて認識をすり合わせていけばいいだけのことです。
また、相手の事情を考えてみて「分からない」からこそ、「訊いてみる」という行動も生まれるわけです。
3.実際の人間関係の中で、「相手の身になる」を実践するためには?
最後に実際に「相手の身になる」を実践するポイントと注意点を紹介します。
職場での部下指導を例に見ていきましょう。
職場には、部課長やマネージャーなど部下メンバーの育成も担当している人がいることでしょう。
言うまでもなく、部下を持つ上司にとって、部下を成長させ目標達成できるよう指導することは、とても大切な業務です。
もし、部下が同じ失敗を繰り替えしたり、目標未達が続いたりするようであれば、行動を是正できるようにサポートすることが必要です。
ただ、部下が失敗したり、なかなか目標達成できずにいたりする場合、部下には部下なりの理由や事情があるでしょう。
だからこそ、「相手の身になって考える」ということが重要になってきます。
この時、指導する側の上司が「部下の身になって考える」を実践する上で、やってしまいがちな注意点が2つあります。
1点目は、上司-部下のように、立場や経験、力量の差が大きいケースに起こりがちな注意点です。
管理職というのは、以前のポジションで実績を出してきて能力があるからこそいまのポジションにいるわけです。当然、部下と比べてスキル、能力も経験も上です。
そうすると、部下の立場を想像して考えてみたとき、上司からすると打ち手や対処法はいくらでも思いつくものです。
そのことを忘れてしまい、「お前の立場でも、考えればやれることなんていくらでもあるじゃないか!考える気が無いのか?」ともなってしまいかねません。
部下の身になって考えるうえでは、自分とは能力やスキルのレベルが違うことを前提に、「どのステップに苦手意識を感じるのか?」「どこで失敗してしまうのか?」など部下が上手くいかない理由をきちんと考え、また、聞いてみて指導することが大切です。
2点目は、部下の話が“言い訳”や“弁解”に聞こえたときの対応です。少し古いデータですが、職場の上司と部下の関係性について調査したアンケート*があります。
アンケート結果をみると、部下が「上司との信頼関係が損なわれた」と思うエピソードの第1位は、「部下自身がミスしたことによって、上司との信頼関係が損なわれた」という回答です。
成功も失敗もしてきた上司からすると、「失敗も成長の糧だから」というように、失敗そのものをそこまでネガティブには考えないかもしれません。
しかし、アンケートからも分かるように、部下は上司の想像以上にミスや失敗を恐怖し不安に感じています。
失敗を繰り返してしまった時、目標未達が続いた時、部下の口からは、「それには、これこれこういう事情があったんです」「製造部がバタバタしていたせいで納期に間に合わなかったんです」といった言い訳や弁解が出てくるのは、保身だけでなく、上司が思っている以上に「不安」を感じているから出てくる側面もあるのです。
*調査結果:職場の上司と部下の関係実態調査 2010年 ~上司と部下のよりよい関係づくりに関する調査報告書~(満井就職支援奨学財団・静岡経済研究所 共同調査(2010))
もちろん、カーネギーの原則にもあるように、過ちを認め素直に謝罪する姿勢は大切です。
しかし、だからといって、部下の言い訳を一切許さず、弁解の余地を与えず、「言い訳ばかりして、素直に謝罪も出来ないのか!?」と対応すればどうでしょうか。
部下は上司との信頼関係が無くなったと感じて、精神的に委縮して、パフォーマンスもますます低下してしまうかも知れません。
部下の弁解や言い訳を最終的に許容するかどうかは置いておいて、部下の弁解や言い訳をいったんは受け入れることも大切です。
「相手の身になって考える」ことを突き詰めていくと、時には“物事の道理として正しいかどうか?”とぶつかることも出てきます。
上司にとって難しい判断を迫られるかもしれませんが、お互いの信頼関係と未来の成功を念頭に置いて、判断することが大切です。
まとめ
記事では、デール・カーネギーの『人を動かす』で紹介されている「人の身になる」の原則を解説しました。
お伝えしたように、人は皆、自分のしていることが正しいと思って行動しています。
したがって、どんなに非合理的で愚かに思える行動であっても、一方的に決めつけて改善や変化を促すだけでは、相手を説得することはできないでしょう。
私達はこれまで何度となく、相手の身になって考えることの大切さを教えられてきました。
相手の身になって考える事は、周囲と良い人間関係を築く上でも、ビジネスで成果を上げる上でも不可欠な考え方であると言えます。
子供のしつけや職場の部下指導の際、相手に要望や改善して欲しい行動があるならば、「どうして、彼/彼女はこのように考えているのだろうか?」「自分が相手の立場だったら、どう思うだろうか?」このように、まず相手の立場・気持ちになって考えるということが大切になります。
相手の身になって考えることを通じて、相手の行動の背景を理解し、より良い接し方・関わり方も発見できるでしょう。
なお、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。
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