遠まわしに注意を与える|デール・カーネギー『人を動かす』

遠まわしに注意を与える|デール・カーネギー『人を動かす』

私たちが生きる中では、職場での部下育成や子育てなど、さまざまな場面で相手に注意しなければならない状況があります。

 

ただ、そもそも何のために注意するのでしょうか。相手に指摘していると意外と見失ってしまうことがあるのですが、注意すること自体は目的ではありません。

 

注意する目的は、「相手に何かを変えてもらう」ことであり、注意しても相手が変わってくれなければ何の意味もないのです。

 

したがって、注意をする時は、相手に変わってもらえるように、注意の仕方や伝え方を十分に工夫することが大切です。

 

リーダーシップとコミュニケーション教育の大家であるデール・カーネギーは、著書『人を動かす』の中で、「人の気持ちや態度を変えようとする場合、ほんのひとことのちがいが、成功と失敗の分かれ目になることがある」と伝えています。

 

選ぶ言葉や言い回しのほんのちょっとした違いが成功と失敗を左右するのです。

 

そして、カーネギーは相手を変えるためには「遠回しに注意を与える」ことが原則だと言います。

 

記事では、デール・カーネギーの「遠回しに注意を与える」の詳細を、書籍『人を動かす』における人を変える9つの原則の一覧と共に紹介し、また、日常生活の中で実践するポイントを解説します。

<目次>

『人を動かす』とデール・カーネギー

最初に、書籍『人を動かす』と著者デール・カーネギーについて簡単に紹介します。

 

デール・カーネギーとは?

デール・カーネギーは、アメリカの著作家、講演者、自己啓発プログラムの開発者として、広く知られる人物です。

 

1888年にアメリカ・ミズーリ州の貧しい農家で生まれたカーネギーは、大学を卒業後、雑誌記者や通信機器の販売職など様々な仕事を経験します。

 

そんな中、カーネギーはYMCAが設けた話し方教室の講師職に就く機会に恵まれました。

 

大学時代に熱を入れて学んだ弁論術のスキルを駆使して授業に臨んだ結果、カーネギーの教室は瞬く間に盛況を博しました。

 

人気講師として評判を得たカーネギーは、その後独立して自身の研究所を設立します。

 

ここでもカーネギーは精力的に研究に打ち込み、スピーチやセールストレーニング、プレゼンテーションといった分野の権威として、世界中で名を馳せることになりました。

 

『人を動かす』の概要

YMCAの講師として登壇したカーネギーは、授業と並行しながら、独自の教材開発および、講義経験で得た知見などを体系化し、1冊の本へとまとめ上げました。

 

カーネギーはこの本を『人を動かす』と題し、1936年に出版します。

 

『人を動かす』には、好ましい間関係を築き、人に影響を与え、人生で成功を収めるうえで大切となる、コミュニケーションの仕方、他者との関わり方の原則がまとめられています。

 

時代や文化を超えた原理原則がまとめられた『人を動かす』は、対人関係で悩みや課題を抱える数多くの人々に読まれ、現在までに1500万部以上の売り上げを記録するベストセラーとなりました。

 
『人を動かす』について知りたい人は、以下の記事で内容を要約しているので参考にしてください。

人を変える9原則

書籍『人を動かす』は、「人を動かす3原則」「人に好かれる6原則」「人を説得する12原則」「人を変える9原則」の4パートから構成されており、全部で30の原則が紹介されています。

 

本記事のテーマである「遠回しに注意を与える」は、「人を変える9原則」のひとつです。

 

「人を変える9原則」では、相手との関係を損ねることなく、相手に自ら変わってもらうために重要な9つの原則が書かれています。

 

「遠回しに注意を与える」の詳細に入る前に、本章では「人を変える9原則」の一覧を簡単に紹介します。

 

1.まずほめる

多くの人は、他者から指摘や苦言をされれば不快に感じ、場合によっては心を閉ざしてしまうこともあります。

 

したがって、相手に何か指摘や要望があるときは、いきなり本題を伝えることは禁物です。

 

人は同じ指摘をされても、自尊心が満たされていれば感じる苦痛は小さくなります。

 

相手に要望やアドバイスを聴いて欲しいときは、まず褒めて相手の自尊心を十分に満たした後に注意や指摘を伝えると効果的です。

 

2.遠まわしに注意を与える

私たちは間違いを指摘されると、自分を否定された気持ちになるものです。

 

従って、もし他者から自分の間違いをストレートに言われると、ほとんどの人は不機嫌になり、無意識に反発心を持ってしまうものです。

 

相手の気分を損ねず、注意を伝えるポイントは、遠回しでオブラートに包んだ表現にするということです。

 

「遠回しに注意を与える」の詳細は、次章で詳しく解説します。

 

3.自分の過ちを話す

人に改善や要望を伝えるとき、“上から目線”で一方的に伝えると、相手は心を閉ざし素直にあなたの忠告を受け取ってはくれなくなってしまうでしょう。

 

「自分も同じ失敗をして痛い目を見た経験があるんだ…」といった形で自分の過ちを話すと、“上から目線”になりづらく、相手もあなたの話を理性的に受け止めやすくなります。

 

4.命令をしない

人は他者から命令されると、“意思決定の自由”を奪われたと感じ、無意識に反発するものです。

 

相手に指示する必要があるときは、一方的に命令するよりも、質問の形を取ると良いでしょう。

 

質問を通じて相手自身に自ら気づいてもらう、また、相手自身が意思決定する形にすると、“相手の行動”に結びつきやすいでしょう。

 

5.顔をつぶさない

私たちにとって、自尊心はとても大切なものです。

 

たとえば、大勢の前で相手の意見を全否定するなど、相手の顔をつぶすことは、相手の自尊心を傷つける行為です。

 

相手の怒りや恨みを買えば、あなたの意見を聞いてもらうどころではありません。相手の面子をつぶさない、相手の顔が立つ余地をつくることが大切です。

 

6.わずかなことでもほめる

誠意のこもった言葉は、相手に自分でも気づいていなかったような能力に目覚めさせることもあるのだと、カーネギーは言っています。

 

どんなわずかなことでも相手の進歩や成長、努力を心から褒めてあげましょう。褒められることで、人はさらに成長を遂げることでしょう。

 

7.期待をかける

期待をかけることで、相手はその期待にこたえようと努力します。

 

「徳はなくても、徳あるごとくふるまえ」というシェイクスピアの言葉のように、相手がすでに期待事項を備えているものとして扱うことで、相手は自尊心が満たされ、あなたから承認されたとおりの自分であろうと振る舞うでしょう。

 

8.激励する

人は他者から承認されることで、自信をもって行動できるようになります。

 

今時点で才能があるかないかなど、誰にもわかりません。大切なことは、激励し大いに元気づけて、相手に「自分はやればできるのだ」と思ってもらうことです。

 

9.喜んで協力させる

肩書や勲章が与えられると、人は意外なほど自尊心が満たされるものです。

 

冷静に考えると大した価値のない名誉、表彰、記念品のために頑張ってしまった経験はないでしょうか。

 

相手が望む役割や肩書、名誉や表彰を考え、相手が喜んで協力してくれる、望んで行動するようになるようなアプローチを考えてみましょう。

「遠回しに注意を与える」の詳細と実践のポイント

本章では、記事のテーマである「遠回しに注意を与える」について、実際の人間関係の中で活用するためのポイントを詳しく解説します。

 

1.「遠回しに注意を与える」とはどういうことなのか?

人は、自分の言動に対して他者から指摘されると、機嫌を損ねプライドを傷つけられたと感じてしまうものです。

 

このことから、カーネギーは『人を動かす』の中で、他者の過ちを指摘することは、避けるべきであると話しています。

 

しかし、私達の人生、仕事やプライベートのさまざまな場面で、相手に注意や改善を促すことが必要な局面は多々あります。

 

例えば、自分の子供に対して、あるいは、教育者や部下を持つ管理職として、立場上指摘しなければならないというケースは少なくはないでしょう。

 

そして、決して自分の自己満足のためではなく、相手の成長や幸福、相手のメリットのために伝えるのだということも多いでしょう。

 

このような場合においても、カーネギーは「遠回しに注意を与える」ことが人を変えるための原則だといいます。

 

『人を動かす』の本では、禁煙エリアでタバコを吸う従業員を注意する経営者の事例が紹介されています。

チャールズ・シュワッブがある日の正午に工場を見まわっていると、数人の従業員が煙草を吸っているのに出くわした。彼らの頭上には〝禁煙〟の掲示が出ている。

シュワッブはその掲示を指さして『君たちは、あの字が読めないのか』と言っただろうか? シュワッブはそんなことは絶対に言わない。その男たちのそばへ行って、一人一人に葉巻を与え、「『あ、皆で外へ出て吸ってきたまえ』と言った。

もちろん彼らが禁を破って悪いと自覚しているのを、シュワッブは見抜いていたが、それには一言も触れないで、心尽くしの葉巻まで与え、顔を立ててやったのだから、彼らに心服されるのは当然の話である。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

シュワッブ氏は、頭ごなしに叱責するのではなく、相手に葉巻まで与えたわけです。

 

相手は自分たちが悪いと自覚しているからこそ、シュワッブ氏の言葉に感服し、行動を改めなければ…と痛感します。

 

シュワッブ氏が示したように、相手が「自ら変わろう」「変えないといけない」と思える伝え方こそが、「遠回しに注意を与える」ということなのです。

 

シュワッブ氏は従業員を管轄する経営者ですから、厳しく注意しようと思えばできたことでしょう。

 

しかし、マナー違反だからと言って一方的に指導したのでは、従業員たちはその場は従っても、反発したり、今度は見つからないようにこっそりと喫煙したりするかもしれません。

 

もちろん緊急の場合は、その場で行動を修正する、強制的に修正する必要がある場合もあるでしょう。

 

しかし、相手自身に継続的に行動を変えてもらいたいと思うのであれば、そして、相手自身が薄々自分の行動が悪いと思っているようであれば、頭ごなしに指摘するよりも遠回しに注意を与える方が効果的なのです。

 

2.「遠回しに注意を与える」を実践するうえで大切なポイント

「遠回しに注意を与える」を上手に活用することで、相手の自尊心や人間関係を損ねず、相手に自発的に「変わろう」とする動機を与えることが可能になります。

 

冒頭でも紹介した通り、カーネギーは、書籍『人を動かす』の「遠回しに注意を与える」の章で、「人の気持ちや態度を変えようとする場合、ほんの一言の違いが、成功と失敗の分かれ目になることがある」と注意を促しています。

 

“ほんの一言の違い”とは、具体的にどういうことを指すのでしょう。カーネギーの言葉を続けて見ていきましょう。

人を批判する際、まずほめておいて、次に“しかし”という言葉をはさんで、批判的なことを言いはじめる人が多い。

たとえば、子供に勉強させようとする場合、次のように言う。『ジョニー、お父さんもお母さんも、お前の今学期の成績が上がって、本当に鼻が高いよ。しかし、代数をもっと勉強していたら、成績はもっと上がっていたと思うよ』

この場合、“しかし”という一言が耳に入るまでジョニーは激励されて気をよくしていただろう。ところが、“しかし”という言葉を聞いたとたん、今のほめ言葉が果たして本心だったのかどうか疑いたくなる。結局は批判するための前置きにすぎなかったように思えてくる。信頼感が鈍り、勉強に対するジョニーの態度を変えようとする狙いも失敗に終わる。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

例えば、部下やメンバーにフィードバックする際、以下のような伝え方をしている上司もよくいます。

 

「この提案資料は分かりやすくて良くできてるね。ただ、この表現だと刺さるのは担当者までだな。上役の決裁者が見たときに、メリットが伝わってこないよ」

 

最初に相手を褒めるというのは、大切なことです。カーネギーも、人を変える9原則のなかに「まずほめる」という原則を入れています。

 

しかし、まず褒めて、すぐ後に「しかし」や「ただ」という言葉を入れてしまうと、相手の気持ちは一気にトーンダウンしてしまいます。

 

カーネギーの言う通り、「最初のほめ言葉は、苦言を言うための前置きだったのか…」と思われてしまうでしょう。

 

無意識に、「しかし」 や「ただ」といった逆説の接続詞を途中で入れてしまうと、遠回しに注意を与えたつもりが裏目に出てしまいかねません。

 

一方で、伝える側の心情としては、「まず我慢して、しっかり褒めた…いよいよ言いたかったことを伝えるぞ!」と、無意識のうちに、「しかし」や「ただ」といった接続詞を使ってしまいがちです。

 

こうした無意識のうちに出てくる接続詞ひとつ、言い回しひとつが成功と失敗の分れ目となる“ほんの一言”になるのです。

 

3.「しかし」ではなく「そして」

前節では、「遠回しに注意する」を実践する際、たとえば、褒めた後に「しかし」「ただ」といった逆接の接続詞ひとつで相手の気持ちは一気にトーンダウンしてしまうという注意点をお伝えしました。

 

では、「遠回しに注意を与える」を実践するに当たっては、どのような表現で伝えればよいでしょうか。

 

カーネギーは、前節の事例の続きで、「しかし」を「そして」に伝えることがポイントだと言います。

この失敗は“しかし”を“そして”に変えるとすぐに成功に転じる。『ジョニー、お父さんもお母さんも、お前の今学期の成績が上がって本当に鼻が高いよ。そして、来学期も同じように勉強を続ければ、代数だって他の科目と同じように成績が上がると思うよ。』こういえば誉め言葉の後に批判が続かないので素直に耳を傾けるだろう。変えさせようとした問題点が遠回しに知らされたことになり、彼は期待に応えようと努力するだろう。」
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)

カーネギーの助言に従って、同じように前節で例にあげたフィードバックのセリフを言い直すと、例えば以下のようになるでしょう。

Before

「この提案資料は分かりやすくて良くできてるね。ただ、この表現で刺さるのは担当者までだな。上役の決裁者が見たときに、メリットが伝わってこないよ」

After

「この提案資料は分かりやすくて良くできてるね。そして、数値を入れたグラフを入れて補完してあげると、決裁者の人にも関心を持って検討してもらえるんじゃないかな」

フィードバックを受ける側の立場になって、比較してみると、「そして」を使った表現の方が指摘を素直に受け止める気持ちになると思いませんか。

 

「しかし」を使った表現はダメ出しされたように聞こえます。

 

これに対し、「そして」を使った表現は、認めてくれた上で、さらに良くするための提案のように聞こえます。

 

「遠回しに注意を与える」という原則の言葉だけを見ると、「回りくどい」「ストレートに伝えた方がいい」と思うこともあるでしょう。

 

しかし、誰かに注意するとき、目的は「相手に何かを変えてもらうこと」です。

 

注意をすること自体が目的ではありませんし、注意を与えても相手が変わらなければ意味がありません。

 

そして、目的を考えるなら「相手自身に行動を変えようという気持ちになってもらう」ことが一番大切です。

 

相手に行動を変えようと思ってもらうためには、やはり言葉ひとつが大切です。

 

「相手が気持ちよく行動を改善してくれるには、どんな伝え方がよいか?」を意識して、伝え方を工夫する習慣をつけましょう。

まとめ

記事では、デール・カーネギーの『人を動かす』で紹介されている「遠回しに注意を与える」の原則を解説しました。

 

職場での部下指導や子育てなど、私達には、さまざまな場面で相手に注意しなければならない状況が往々にしてあります。

 

しかし、その時に、注意や指摘をストレートに伝えてしまうと、たいていの人は、機嫌を損ね、あなたの話を素直に受け入れてはくれないものです。

 

注意をする目的は、「相手に何かを変えてもらう」ことであり、そのためには、注意の仕方や伝え方を十分に工夫する必要があります。

 

遠回しに注意を与えるに当たり、カーネギーは「人の気持ちや態度を変えようとする場合、ほんの一言の違いが、成功と失敗の分かれ目になることがある」と注意を促しています。

 

たとえば、最初に相手を褒めた後に「しかし」や「ただ」といった逆説の接続詞を途中で挟むと、相手の気持ちが一気にトーンダウンし、結果が裏目に出てしまう可能性があります。

 

ポイントは、「しかし」ではなく「そして」を使った表現で伝えることです。

 

このような表現にして伝えることで、相手には、自分を認めてくれた上で、さらに良くするためのアドバイスだと受け取り、改善しようとする気持ちが芽生えるでしょう。

 

言葉ひとつ、伝え方ひとつに対する配慮や工夫によって、結果は大きく変わります。今回の内容が職場やプライベートの人間関係に役立てば幸いです。

 

なお、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。

 

デールカーネギー研修、セミナーの詳しい情報やお申込みは以下を参照してください。

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著者情報

近藤 浩充

株式会社ジェイック|取締役 兼 常務執行役員

近藤 浩充

大学卒業後、情報システム系の会社を経て入社。
IT戦略事業、全社経営戦略、教育事業、採用・就職支援事業の責任者を経て現職。企業の採用・育成課題を知る立場から、当社の企業向け教育研修を監修するほか、一般企業、金融機関、経営者クラブなどで、若手から管理職層までの社員育成の手法やキャリア形成等についての講演を行っている。
昨今では管理職のリーダーシップやコミュニケーションスキルをテーマに、雑誌『プレジデント』(2023年)、J-CASTニュース(2024年)、ほか人事メディアからの取材も多数実績あり。

著書、登壇セミナー

・社長の右腕 ~上場企業 現役ナンバー2の告白~
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