管理職や上司にとって新人教育や部下指導、また親であれば子供のしつけなどは欠かすことはできないものです。
しかし、教える側、しつけをする側にしても、いつも出来ている、あるいは初めから出来ていたわけではありません。
だからこそ、「自分はできている」「正しいやり方を教えてあげよう」という“上から目線”で指導してしまうと、言われた相手が反発してしまい、指導が上手くいかないことも多いでしょう。
コミュニケーションや自己啓発や分野のパイオニアとして広く知られているデール・カーネギーは、相手に注意や指摘をする際には「自分も同じような間違いをしたことがある」など、自分の過ちを伝えることが有効だと話しています。
自分の過ちをオープンに伝えることによって、“上から目線”にならず、相手も指摘や批判を受け入れやすくなるのです。
記事では、デール・カーネギーの「自分の過ちを話す」をテーマに、書籍『人を動かす』および人を変える9つの原則を紹介するとともに、「自分の過ちを話す」の詳細や実践するためのポイントを紹介します。
<目次>
『人を動かす』とデール・カーネギー
最初に書籍『人を動かす』と著者デール・カーネギーについて簡単に紹介します。
デール・カーネギーとは?
デール・カーネギーは、対人トレーニングプログラムの開発者、講演者、そして、書籍『人を動かす』の著者として知られる人物です。
アメリカ、ミズーリ州の農家に生まれたカーネギーは、地元の大学に進学するとスピーチコンテストで優勝するなどで注目を集めます。
大学卒業後、カーネギーは学生時代に培ったコミュニケーションスキルを武器に、販売職や営業職の仕事に就きます。
ある時、カーネギーはYMCAが主催する話し方教室の講師として登壇し、受講生から大変な人気を博すことになります。カーネギーが天職を見つけた瞬間です。
カーネギーが大学時代に学んだ弁論術やスピーチのノウハウに加えて、登壇する中で蓄積していった事例は、後に書籍『人を動かす』の原型となります。
後にカーネギーはYMCAから独立し、自分の研究所を設立。コミュニケーションやリーダーシップ、プレゼンテーション分野の大家として成功します。
『人を動かす』の概要
1936年、カーネギーが満を持して世に送り出した書籍が『人を動かす(原題:How to Win Friends and Influence People)』です。
同書には、歴代の偉人たちのエピソードやカーネギーが講座で伝えてきたノウハウがふんだんに盛り込まれており、ビジネスやプライベート等のさまざまな人間関係を成功に導くための原則が記されています。
『人を動かす』は『道は開ける』とともに、カーネギーの名を世界中に知らしめた自己啓発書の古典的名著であり、日本国内で430万部、世界で1500万部以上の発行部数を誇るベストセラーとなっています。
発売から80年以上が経過した今も、amazonのベストセラーランキングに入り続ける同書は、時代を超える本質的な内容がまとめられているといえるでしょう。
『人を動かす』について知りたい人は、以下の記事で内容を要約しているので参考にしてください。
人を変える9原則
書籍『人を動かす』は、「人を動かす3原則」「人に好かれる6原則」「人を説得する12原則」「人を変える9原則」の4パートから構成されており、全部で30の原則が紹介されています。本記事のテーマである「自分の過ちを話す」は、「人を変える9原則」のひとつです。
「人を変える9原則」では、相手の感情を損ねることなく、相手に自ら変わってもらうために重要な9つの原則が書かれています。
「自分の過ちを話す」の詳細に入る前に、本章では「人を変える9原則」の一覧を簡単に紹介します。
1.まずほめる
人は他者から注意や苦言を言われると、それがどんなに正当だとしても、どこか自分自身を否定されたように感じてしまうものです。
そうすると、相手は“自らを守ろう”と身を固めてしまい、こちらの話は相手に入っていきません。
相手に何かを改善してほしいと思うときほど、まずほめることです。
相手の自己重要感を満たし、自分への注意や苦言を聞ける心の余裕を相手に作ることが有効です。
2.遠まわしに注意を与える
前述の通り、ストレートに注意されれば、大半の人は自分を否定されたと感じ、場合によっては感情的な反発心を持ってしまいます。
従って、注意する時は、相手が自ら気づくような遠回しな表現で伝えることが有効だとカーネギーは話しています。
なお、ひとつめの「まずほめる」と組み合わせる時、「あなたは***が素晴らしいね、でも、**は変えた方がいいな」などと伝えることは、避けた方がよいでしょう。
「しかし」ではなく、「さらに、~~もできたらもっといい結果になるね」というように、「そして」「さらに」などの言葉を挟んで伝えることで、相手に話を受け入れようとする気持ちが生まれやすくなります。
3.自分の過ちを話す
人はみな、自分の言動が正しいと思いたいものです。
だからこそ、相手の“間違い”を正そうと忠告や助言をしても、聞き入れてもらえない状況が起こりやすいのです。
この時「自分も過去に過ちや失敗をしたのだ」と最初に伝えることです。
指摘する側が、自分の過ちを認めることで、相手も自分の失敗を素直に認めやすくなります。「自分の過ちを話す」の詳細は次章で解説します。
4.命令をしない
たとえ相手が間違っていて、こちらが正しい場合でも、「あれをしろ」「これはするな」と命令すると、相手の自尊心を損ない、反発心を生んでしまいます。
命令の代わりに、提案や質問の形にして伝え、相手が「自分で決めた」「自分で気付いた」形にすると、相手の自主性を引き出すことができるでしょう。
5.顔をつぶさない
私たちの誰もが自尊心を持っています。
カーネギーは『人を動かす』の中で、「相手の人間としての尊厳を傷つけるのは犯罪なのだ」というサンテグジュペリの言葉を紹介しています。
自尊心は、それぞれの人にとってそれだけ重要なものなのです。
従って、相手の顔をつぶしてしまうようなことをすれば、相手は反発し、あなたの言うことは聞こうとはしないでしょう。
6.わずかなことでもほめる
子供のしつけでも部下指導でも、ほめることは人材育成の王道です。ほめられた相手は、自己効力感を高め、いっそう進歩向上するでしょう。
どんな小さなことでもいいので、相手の成長や進歩をしっかり認めて心の底からほめてあげましょう。
7.期待をかける
相手に何か期待事項があるならば、相手がそれを既に備えているものとして接するとよいでしょう。
「相手に良い期待をかけることで相手がその通りに成長する」というピグマリオン効果を知っている方も多いでしょう。
期待する、そして、それを相手に伝えることで、相手は承認欲求や自尊心が満たされ、期待を現実のものとするために自ら努力してくれることでしょう。
8.激励する
とにかく相手を信じて大いに元気づけてあげることが大切です。
激励されることによって、人は自分の可能性を示そうと奮闘し努力することができるようになるものです。
9.喜んで協力させる
人に喜んで協力してもらうためには、ちょっとした肩書や役割を与えてあげることも効果的です。
正式なもので無くてもかまいません。肩書や地位を与えることで、意外と相手に喜んで協力してもらえる状況を作り出すことはできるものです。
肩書や地位はたとえの一つです。「相手を動かそう」とするのではなく、「相手が喜んで協力したくなる」ためにはどうしたら良いかを考えてみましょう。
「自分の過ちを話す」の詳細と実践のポイント
本章では、記事のテーマである「自分の過ちを話す」について、詳細と実際の人間関係の中で活用するためのポイントを詳しく解説します。
1.自分の過ちを話すとはどういうことなのか?
人を変える9原則の1つである、「自分の過ちを話す」とはどういうことでしょうか。
カーネギーは書籍『人を動かす』の中で、具体例として以下のエピソードを挙げています。
あるときカーネギーは、姪のジョセフィーンを秘書として雇いはじめました。
ところがジョセフィーンは、秘書の仕事はおろか社会人として働いた経験もほとんどなく、仕事でミスや失敗ばかりしてしまいます。
さすがのカーネギーも堪忍袋の緒が切れ、彼女に小言を言いそうになりましたが、ふと思いとどまりました。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
寸前で冷静になったカーネギーは、ジョセフィーンに次のように伝えました。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
カーネギーは頭ごなしに叱責する代わりに、かつての自分自身の失敗談を話したのです。
たとえば、学生時代にアルバイトとして働き始めた当初、新入社員として仕事した時のことを思い出してみてください。
右も左も分からない中で、皆さんも失敗した経験が多くあるのではないでしょうか。
誰かがミスをした時、相手を注意することは、成果のためにも相手の成長のためにも大切です。
その時、注意するあなた自身も昔は同じように失敗したことを伝えるとどうなるでしょうか。
相手も頭ごなしに言われた感覚は受けないでしょうし、素直にこちらの話を聞こうという気持ちにもなりやすいでしょう。
このように、最初に自身の過ちを伝えることによって、相手はあなたの注意や指摘を素直に受け入れる心の準備ができるようになるのです。
2.「自分の過ちを話す」原則を人材育成に活用する
「自分の過ちを話す」という原則は、人材育成で大いに活用することができます。
書籍『人を動かす』では、自分自身の過ちを引き合いにして、相手に改善を促したエピソードが紹介されています。
技師のディリストン氏は、秘書のタイプミスの多さにほとほと手を焼いていました。
本来であれば、綴りの難しい単語は単語帳で確認すべきなのですが、秘書にそのように指導してもなかなか改善されません。
ある日、秘書がタイプした手紙を見ると、例のごとく単語のミスが見つかりました。そこでディリストン氏は、次のように秘書に話しました。
(デール・カーネギー『人を動かす』より引用)
「自分自身も間違えるから、間違わないよう単語帳を調べているのだよ」とディリストン氏は伝えたわけです。
“上から目線”で叱るのではなく、ディリストン氏のように自分自身の過ちを引き合いにして「自分も間違えるから、これこれこのようにしているのだ」という伝え方は、相手に改善を促す効果的な方法のひとつです。
3.人材育成で「自分の過ちを話す」を実践する時のポイント
記事の最後では、マネジメントや部下指導で「自分の過ちを話す」を実践する時のポイントを3つお伝えします。
1つ目のポイントは、相手に改善を促したいときほど、成功事例ではなく、失敗事例を話すのが大切だと言うことです。
繰り返しになりますが、人は自分が正しいと思いたい性質を持っていますし、自分の過ちを認めることは自尊心を傷つけることにもつながります。
そんな性質を持った人間に、成功事例を話して、「だから、お前もこうしなさい。今のやり方を変えなさい」と伝えるとどうなるでしょうか。
本気で相手のことを思ってのアドバイスだとしても、相手にとっては自慢話を聞かされ、さらに自分の自尊心の傷口に塩を塗り込まれるような思いをするでしょう。
相手が失敗した時、相手の自尊心がへこみそうなときほど、横に寄り添う姿勢で失敗談を伝えることが有効です。
2つ目は、上司の失敗談は挑戦を促す、という事です。新人・若手社員にしてみると、全体的には上司は「すごい人」に見えるものです。
“すごい人”として尊敬されることはもちろん喜ばしいことですが、一方で、相手に「自分は課長のようにはできない」というプレッシャーを与えたり、挑戦を躊躇させたりする要因にもなりえます。
指導する側がオープンに自分の失敗体験を伝えることは、「課長でも失敗は付きものなんだし、よしやってみよう!」と新人・若手社員のチャレンジを促したり、「上司も昔は失敗が多かったんだ。それなら自分も上司のようになれるかもしれない」と意欲を与えたりすることにつながります。
3つ目は、失敗体験を伝えることで、不安を払拭できるということです。そもそも失敗体験が無ければ失敗がどんなものかは想像できません。
そして人は想像できない事には過剰に不安を抱くものです。特に下の世代になればなるほど、失敗を恐れる傾向があります。
そのためにも、当事者として上司側が失敗事例をオープンにすることが大切です。
「失敗しても大丈夫」ということが分かると、部下・メンバーは安心します。
「失敗するとどうなるのか」「ミスした時はどう行動すれば良いか」を伝えることで、失敗に対処するイメージも具体的になるでしょう。
そして、「失敗した時はしっかりフォローする」と話しておくことで、新人・若手は一層安心して仕事に取り組めるようになるでしょう。
まとめ
記事では、デール・カーネギーの書籍『人を動かす』で紹介されている「自分の過ちを話す」の原則を解説しました。
子育てや人材育成など、誰かを指導・教育する際、私たちは「自分はできている」「正しいやり方を教えてあげよう」など“上から目線”の指導になってしまうことが意外と多いものです。
しかし、教える側が一方的に指導すれば、相手はカチンと来て素直に話を受け入れてくれない状況が起こってしまいます。
改善や要望を相手に受け入れてもらうためには、まず教える側が「自分も過去に過ちや失敗をしたのだ」と、自分の過ちを伝えることが大切です。
こちらから最初に、自身の過ちや失敗を伝えることによって、相手には、あなたの注意や指摘を素直に受け入れる心の準備が整います。
助言や正しいやり方を伝える場合も同様です。
自分自身の過ちを引き合いにして、「自分も間違えるから、間違えないようにこうするんだよ」と話すことで、助言を受け入れる気持ちになることでしょう。
「自分の過ちを話す」原則は、ビジネスでのマネジメントや部下指導でも有効です。
記事では、職場での実践のコツについてもお伝えしました。記事の内容が、職場での人材育成などに少しでも役立てば幸いです。
なお、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、米国デールカーネギー・アソシエイツ社と提携して、日本でデール・カーネギー研修を提供しています。
「管理職のマネジメント力を高めたい」「営業職の営業力をあげたい」とお考えの人は、以下のデールカーネギー研修、セミナーの情報を参照してください。