HRテックの進化にともなって、大手企業を中心に人事分野に「ピープルアナリティクス」を導入する企業が増えています。
ピープルアナリティクスは人に関するデータを収集・分析し、組織が抱える課題を解決に導く手法です。
ピープルアナリティクスを導入するメリットや注意点を紹介します。
<目次>
- ピープルアナリティクスとは
- 分析するデータの種類
- ピープルアナリティクスを導入するメリット
- ピープルアナリティクスを導入する際の注意点
- ピープルアナリティクスの主な活用シーン
- ピープルアナリティクスを効果的に実施する方法
- 企業による活用事例
- まとめ
ピープルアナリティクスとは
ピープルアナリティクスとはどんな手法を指すのでしょうか。まずは、ピープルアナリティクスの概要と誕生の背景を簡単に解説します。
人や組織のデータから課題解決に導く手法
ピープルアナリティクスとは、組織内の「人」に関するデータを収集・解析して、企業の課題解決や成果につなげる手法を指します。“HRアナリティクス”や“タレントアナリティクス”とも呼ばれます。
ピープルアナリティクスで取り扱うデータは、「人」に関するデータです。さまざまな人事の意思決定を根拠のあるデータをもとに判断することで、より公正・精度の高い意思決定ができるようになります。
人事領域意における思決定の精度を上げ、人材育成や組織開発の生産性・精度を高めるのがピープルアナリティクスを導入する大きな目的です。
注目されるようになった背景
人事分野は「人」に関する情報を扱うだけに、情報を定量化することが難しく、採用や評価、人事配置等においても感覚的な意思決定が行われてきました。
感覚による意思決定はすべて悪いわけではありませんが、担当者の経験や勘といった主観が入りやすく、公正かつ正確な意思決定ができているかどうかがわからない問題があります。
また、意思決定やノウハウが属人化しやすいという側面もありました。
また、これまでHR分野ではデータ化やAI導入もさほど進んでいなかったのが実情です。勤怠管理や給与、労務のような分野はデータ化が進んできましたが、採用や配置、評価、マネジメントといった分野は、データ自体の複雑性が高く、定量化が困難でした。
しかし、データを収集する手法の進化、また、AIやビッグデータ解析といったテクノロジーの進化を背景として、データを用いた客観的な意思決定やAI導入など、ピープルアナリティクスの取り組みに企業が注目するようになっています。
分析するデータの種類
ピープルアナリティクスの対象となるデータはいくつかの種類があります。分析の対象となる4つのデータの種類を紹介します。
人材データ
ピープルアナリティクスを実践する上で基本となるデータが人材データです。年齢・性別・住所・給与・職位・所属・部署などの情報です。また、スキル・特性・評価歴・勤怠やパルスサーベイ等のアンケート結果等も分析対象になります。
ピープルアナリティクスの最も基本となるのが人材データです。その他のデータと組み合わせて、適正配置、活躍予測、離職予測、採用基準設定などにつなげていきます。
行動データ
ピープルアナリティクスで使う行動データとは、メンバーが勤務中にどのような行動をとっているのかをデータ化したものです。
現代では、ビジネスにおける多くの行動がデジタル化され、行動データを取ることが容易になっています。
過去は、データ化されているものは「勤怠」記録ぐらいだったかもしれませんが、現在では、メールの送受信数、社内のどんな部門・職種とのやり取りが多いか、電話の発受信記録、また、カレンダーツールに入っているスケジュールデータなどを分析することが可能です。
また、実証実験等を実施する際には、体に装着して使うウェアラブル端末を導入することで、より詳細な行動データを把握することもできます。たとえば、組織開発の分野ではウェアラブル端末を利用することで、メールや電話等だけでなく、社内におけるコミュニケーション頻度や接触相手と生産性やパフォーマンスの関わり等の分析も行われています。
行動データは、人材データと掛け合わせることで、パフォーマンスのキー分析、モチベーションや離職可能性の分析等が実現できます。
デジタルデータ
デジタルデータとは、行動データと重複する部分もありますが、パソコンや電話の利用データです。社内パソコンの利用時間やインターネットの閲覧履歴、メールの送受信履歴などが該当します。
ピープルアナリティクスでデジタルデータを見れば、社内でやりとりしている相手や内容がわかります。これらの情報からメンバーごとの業務効率を把握し、パフォーマンスの改善に役立てることが可能です。
ITの進歩により、デジタルデータの収集は従来に比べ容易になっています。ただし、人材データや行動データと同様にプライバシーの侵害につながる恐れもあるため、取り扱いには注意が必要です。
オフィスデータ
メンバーに関することをオフィスの利用状況から間接的に把握する情報がオフィスデータです。たとえば、会議室・休憩所・コピー機の使用頻度、エレベーターの稼働率といった情報がオフィスデータです。
時間軸で測定したり、季節で分けて分析したり、オフィスデータの分析方法はさまざまです。社内設備がどのように活用されているのかを分析することで、メンバーの行動やコミュニケーションを他の方法とは違う観点から把握できます。ピープルアナリティクスでのオフィスデータは、おもに労働環境の改善に利用されます。
ピープルアナリティクスを導入するメリット
ピープルアナリティクスを活用することはどのようなメリットがあるのでしょうか。企業と個人、それぞれが得られる主なメリットを解説します。
企業が得られるメリット
ピープルアナリティクスを導入すれば、根拠あるデータをもとにさまざまなことを判断できるため、意思決定の確度が上がります。組織開発などの分野ではとくに活用できるでしょう。
また、客観的なデータで絞り込みが行われることで、人事の生産性を向上させることもできます。たとえば、採用活動において、書類選考で合否が明らかな部分はAIでの意思決定を尊重し、グレーゾーンのみ人が書類を確認して決定するといったことを既に実践している企業もあります。
メンバーが得られるメリット
ピープルアナリティクスの導入によってメンバーが得られるメリットは、まず昇進や昇格がより公正に実施されやすくなることでしょう。また、自分の活躍可能性が高いポジションへの配置や異動が実現しやすくなる点もメリットです。個々の適正や能力に合った配属先が、適切なデータ分析を根拠として決定されます。
昇進・昇格や配属先の判断を人が行なっていた従来型のやり方とは違い、ピープルアナリティクスでは高い客観性を伴った意思決定がなされ、個々のタレントや適性を活かせる人事配置や育成がされやすくなります。
ピープルアナリティクスを導入する際の注意点
ピープルアナリティクスを導入する際に注意すべきポイントを紹介します。何も考えずに始めてもうまくいきませんので、押さえておくべき点をチェックしましょう。
データが必要
ピープルアナリティクスの導入にあたって、大前提として分析するデータが必要です。既存データを分析に使える形に編集したり、適切なデータの蓄積から始める必要があったりすることが多いでしょう。
ピープルアナリティクスを活用する上では、データの質を高めるだけでなく、量を集めることも重要です。十分なデータ量がなければ、分析結果の信頼性は低くなってしまいます。その意味では、大手企業や同じ職種の人が多いような企業がピープルアナリティクスに向いているといえます。
分析するデータ量が豊富な企業ほど、ピープルアナリティクスを活用しやすいのです。
個人情報の取り扱い
ピープルアナリティクスでは膨大な量の個人情報を扱います。個人情報が流出してしまうと大きな問題に発展する恐れがあるため、取り扱いには十分に注意しましょう。
また、社外への流出ということに限らず、採用評価、人事評価、給与情報、パルスサーベイ等の結果など、社内でも取り扱いに注意を要する情報も多数あります。
閲覧権限を細かく設定したり、ログイン履歴を記録したりして、データの管理体制を整えておくことが大切です。また、コンサルティング企業にデータを渡す場合は、個人を特定できないようにデータを加工する必要等がある場合もあります。
社員から、ピープルアナリティクスで個人情報を使うことに対する許可を得ておきましょう。社内の情報だからといって個人情報を無条件に利用することは各種法令やガイドラインに抵触する恐れがあるほか、企業倫理・コンプライアンスの問題にもなりかねません。
データを適切に分析できる人材が必要
良質なデータを大量に準備できても、適切な分析ができなければ意思決定の確度は上がりません。
ピープルアナリティクスを導入する際は、データを正しく活用できる人材が必要です。データ分析の担当者がスキルアップできるよう、企業としても積極的にサポートを行ない、場合によっては研修への派遣等も必要です。
高いデータ分析スキルを持つ人材を新たに採用するのも一つの方法です。データサイエンティストやデータアナリストと呼ばれるデータ分析専門の人材なら、ピープルアナリティクスを任せられるでしょう。
説明責任
近年のトレンドとして、企業がAIを活用する際は意思決定の説明責任があるとされています。ピープルアナリティクスを大規模に活用する場合は、説明責任への風潮にも気を配らなければなりません。
たとえば、工場で生産される製品の品質向上に関しては、問題品がきちんと検知されていることを示すだけで十分です。一方でHR分野・採用・配属・昇進昇格などの意思決定は、結果として求職者やメンバーに大きな影響が生じるため、企業側に一定の説明責任が生じます。
従来型のAIはブラックAIとも呼ばれ、意思決定のプロセスが不明瞭でブラックボックスになっています。上記の風潮を受けるなかで、HR分野では、AIの意思決定プロセスを見える化するホワイトAIという概念も登場しています。
ピープルアナリティクスの主な活用シーン
ピープルアナリティクスは具体的にどのような効果をもたらしてくれるのでしょうか。主な活用シーンを三つ紹介します。
採用
まずピープルアナリティクスは採用のシーンで活用できます。メンバーデータを分析して自社独自の採用基準を作成し、求職者の選定や面接に生かします。たとえば、自社で現在活躍しているメンバーの人材データを分析することで、自社での活躍可能性が高い人材を選びやすくなります。
他にも、自社で活躍できそうな人材の条件をAIに学習させ、転職サービス内の求職者のなかから応募条件にマッチする人材を抽出するようなことで、採用活動の効率化や求人コストの削減を図ることも可能です。
適切な人材配置や育成
社内の人材配置を検討する際もピープルアナリティクスの活用が可能です。メンバーが持つスキルや性格などのデータと実際の成果データを分析すれば、活躍可能性が高い場所への配置や異動を行ないやすくなるでしょう。誰と誰を組ませたらチームの能力が最大化するかといったような、チーム編成の最適化を実現することも可能です。
人材育成に活用できる点もポイントです。メンバーごとのスキルや性格を分析し、足りないスキルや伸ばしたいスキル、また活躍パターン等を踏まえて、適切かつ効果的な教育が実施できます。
人材の流出防止
ピープルアナリティクスは人材の流出防止にも高い効果を期待できます。退職者の過去データ等を分析して退職リスクが高いメンバーを特定し、適切なケアを施すのです。人材データと行動データ等を掛け合わせることで、モチベーションが落ちている人材、離職しやすいタイミングと待遇の掛け合わせなどを特定できます。
退職者の分析データは採用時にも活用できます。退職する可能性が高い人材を選考時に除外することで、採用精度の向上につなげることができます。
ピープルアナリティクスを効果的に実施する方法
本章ではピープルアナリティクスを効果的に行なうための大まかな手順を解説します。データの収集や分析以外にも重要なプロセスがあることを押さえておきましょう。
ピープルアナリティクスを行なう手順
ピープルアナリティクスを行なうためには、最初に課題を発見する必要があります。課題が見つかったら、問題の原因や解決策を考えるために適切な仮説を設定することが重要です。
次に、仮説を実証するためのデータを収集・整理します。必要なデータがそろったら分析を行ない、分析結果をもとにした施策を実行します。
ピープルアナリティクスの目的はデータの分析ではなく、分析データを用いた施策を実行してPDCAを回すことです。施策を実行したら効果検証を行ない、仮説や施策に問題がある場合は改善しながら実施手順を繰り返す必要があります。
企業による活用事例
実際の企業におけるピープルアナリティクスの取り組みを紹介します。活用事例を知り、自社でどのように生かせるのかをイメージしてみましょう。
Googleは世界に先駆けてピープルアナリティクスを導入したとされている企業です。メンバーの採用・育成・定着で、Googleではさまざまなデータの分析結果を活用しています。
高い業績を上げているメンバーが辞めた際や新たなプロジェクトのリーダーを決める際、Googleでは直感やエピソードをもとにした議論を行ないません。事実やサイエンスを根拠とした分析的アプローチを採用し、公正また再現性のある意思決定を導き出そうとします。
Googleが世界に広めた『心理的安全性』も、ピープルアナリティクスにより効果を認められた概念です。大規模にデータを収集・分析した結果として、心理的安全性の高さが、チームのパフォーマンスに最も大きな影響を与えることを検証したのです。
日立製作所
日立製作所は、日本のおけるピープルアナリティクスの導入企業として有名です。たとえば、社内のハイパフォーマーや過去の採用プロセスを分析し、得られた定量的な情報をもとに採用ポートフォリオを構築しています。
筑波大学と連携した取り組みを行なっていることも特徴です。AIを活用したピープルアナリティクスを実行し、分析結果を人材の適正な配置に活用しています。
また、ウェアラブル端末を用いた行動データの分析では、メンバーのパフォーマンスを高めるために幸福度を測る取り組み等も実施しています。
ソフトバンク
ソフトバンクでは、採用活動にピープルアナリティクスを導入しています。ソフトバンクの新卒採用選考では、2017年からエントリーシートの選考にAIを利用しています。統一された評価軸による公平な選考を目指す取り組みです。
選考にAIを導入したことで、エントリーシートの確認業務も大幅に負担が削減され、創出された時間を求職者とのコミュニケーションの充実に充てています。
2020年からは動画面接の評価にもAIが活用されています。精度を高めるため、現在は、AIの判定で不合格となったケースもエラーや不公平さがなかったか担当者がチェックを行なっているようです。
まとめ
ピープルアナリティクスは、人に関するデータを分析して問題解決を目指す手法です。人材データ・行動データ・オフィスデータなどを収集、分析します。
ピープルアナリティクスは、人材の採用、配置、育成などに活用され、意思決定の精度を向上させたり、業務の生産性を高めたりします。
ピープルアナリティクスを行なうためには、まず適切なデータをしっかりと収集・蓄積することが必要です。また、データを適切に分析できる人材も必要です。効果的な進め方も理解したうえで導入を検討するとよいでしょう。