日本企業で一般的に取り入れられている目標管理と人事評価の仕組みがMBOです。
MBOを導入することで、従業員の貢献を組織の目標達成へと方向づけることが出来ます。
MBOの本質を理解することで、より適切な運用を進められるようになりますので、MBOで効果を上げるためのポイントや目標設定のコツを解説します。
<目次>
MBO(目標による管理)とは?
MBOとはどのようなものなのか、まずはMBOの概要や本質を確認しておきましょう。OKRとの共通点や違いも解説します。
目標管理による人事評価制度
MBOとは、目標管理制度のことを指します。部門や個人で目標を設定し、目標の達成度合いを人事評価にも生かす仕組みです。
MBOの概念は、マネジメント理論の提唱者であるピーター・ドラッカーにより1954年に生み出されました。日本の企業で本格的にMBOが導入されるようになったのは1990年代からです。
近年では多くの企業で、『MBO=目標を管理する手法』という認識が持たれています。
しかし、MBOを単なる目標管理や人事評価のツールとしてだけ捉えるのは、MBOの本質から外れてしまうとも言えます。
提唱者であるドラッカーがMBOに込めた意図を、次章で解説します。
MBOの本質とドラッカーの理念
MBOは『Management by Objectives』の省略として広く認知されていますが、ドラッカーは正確には『Management by Objectives and Self Control』と述べています。
この『Self Control』の部分こそが、MBOを運用するうえで抜け落ちてしまいがちな重要な概念です。
ドラッカーが提唱したMBOには二つの本質があります。
- 従業員の主体性を引き出し、セルフマネジメントを促進する
- 目標によって個人の力を組織のゴールに集約する
一つめの本質は、個々のゴールを明確にすることで、従業員が主体性を発揮して動ける組織にしていくことです。
二つめの本質は、組織の経営方針や事業計画の実現から逆算して、部門・チーム・個人の目標に落とし込むことで、メンバー一人ひとりが発揮する力を組織の目標達成のために集約していくことを意味しています。
MBOが『目標管理』や『人事評価』だけを行なうためのツールになり、メンバーの主体性を奪っている状況なら、MBOの本質とは真逆のマネジメントをしてしまっていることになります。
MBOとOKRの共通点と違い
MBOと似た概念にOKR(Objectives and Key Results)があります。
OKRとは、目標を達成するためのプロセスを可視化しチームで共有するフレームワークです。日本語では『目標と成果指標』あるいは『目標と主要な結果』と表されます。
OKRはGoogleやFacebook等のシリコンバレー発の成長企業が多く導入していることで一躍有名となり、日本でもベンチャー企業を中心に多く取り入れられるようになりました。
MBOとOKRは、どちらも組織の計画・目標を達成させるためのフレームワークであり、目標によってマネジメントを加速させたり従業員を自走させたりする思想は共通です。
一方で、運用や目標設定のやり方に異なるプロセスや考え方があります。
一般的に、MBOは業績・人事評価と連動して使われます。これに対して、OKRは評価プロセスとは連動させず、メンバーのモチベーションを高めて貢献する方向性を揃えることにフォーカスしています。
具体的には、OKRは人事評価からは切り離すからこそ、野心的な目標、普通に努力しては60%程度の達成率になるような難易度、その代わり、達成することにワクワクするような目標を設定します。
また、定量的な目標だけではなく、いわゆる「ビジョン」に近い定性的な目標を掲げることに目標設定の特徴があります。
MBOの3要素
MBOは、目標設定・個人の動機付け・人事評価の3要素で成り立つ仕組みです。それぞれの具体的な内容とMBO導入時の考え方について解説します。
目標設定
MBOの重要な要素が、『組織の目標を達成するために個人の目標を設定する』という考え方です。具体的には、組織目標を部門やチーム単位に分け、さらに個人目標へと落とし込んでいきます。
この仕組みを逆に見ると、個人目標が達成されれば部門やチームの目標が達成され、最終的に組織の目標も達成されるという流れになります。
ドラッカーは『個人の目標は上位部門の目標を前提として設定しなければならない』と述べています。目標の連鎖性が必要であることを説いているのです。
個人の動機付け
個人の目標は組織の目標を分担する形で設定します。しかし、目標は会社や上司が一方的に決めるのではなく、個人を巻き込んで設定させなければなりません。
組織の目標を分担した個人目標、例えば、「部門の売上目標が5000万円で、メンバーが10人いるので、あなたの個人目標は500万円です」という設定は、個人にとって意味や価値がある目標とはなりづらくなります。
従って、MBOを運用する上では、目標設定のプロセスに個人を巻き込む、また、各個人が目標達成に動機づけや意味づけを行うことが大切になります。しっかりとプロセスへの参加と動機づけを行うことで、目標達成への意欲が湧き、主体的に行動できるようになります。
人事評価
MBOには人事評価の要素があることもポイントです。個人が設定した目標の達成度を測定し、あらかじめ設定した基準をもとに人事評価へ反映させます。
目標達成度を適切に人事評価へ反映させるためには、SMARTの原則に従って目標が設定されていなければなりません。詳しくは後述しますが、SMARTの原則とは、適切な目標設定をするために基本思想です。
SMARTの原則に沿って目標設定を行なえば、測定可能かつ難易度が調整された目標を設定できます。目標によってマネジメントを行なうMBOでは、SMARTによる目標設定が不可欠です。
導入すべきMBOの考え方
組織におけるMBOは、上記三つの要素を全て踏まえて設計・運用する必要があります。各要素のポイントを以下で確認し、導入すべきMBOの考え方をしっかりと覚えておきましょう。
- 組織目標を達成するために組織目標を分担する形で、部門やチーム・個人の目標が成立している
- 各個人が目標達成に動機づけされるように設定段階で個人をきちんと巻き込む、また設定された目標に意味づけする
- 人事評価に反映できるようにSMARTの原則を守った表現で設定され、難易度がきちんと調整されている
MBOを導入するメリット
MBOにはメリットとデメリット・注意点があり、導入時にはどちらも理解しておく必要があります。まずはMBOを導入するメリットを見ていきましょう。
組織の目標を達成しやすくなる
MBOが持つ最大のメリットは、目標設定により組織の理念・ビジョンから個人の計画まで一貫性が生まれ、各個人のパワーが組織のゴールに集約されることです。
MBOでは組織目標を分担して個人目標にまで落とし込むため、部門やチーム・個人と組織の方向性が統一されます。そのため、『各個人が目標を達成すれば組織の計画が達成される』という環境が構築されるのです。
従業員のモチベーション(内発的動機)が高まる
従業員のモチベーションを高められることも、MBOを導入するメリットの一つです。MBOでは個人が目標の設定に主体的に関わっていくため、個人の内発的動機が高まりやすくなります。
明確な目標は、それ自体が人の持っている「達成したい」という欲求を刺激します。
また、組織目標と紐づく個人目標を合意するからこそ、プロセスの自由を提供できます。プロセスの自由、すなわち、自己決定権が得られることでも、人のモチベーションは高まります。
なお、内発的動機とは、充実感・達成感・自己成長感など、個人の内側から湧き上がる動機のことで、給料・ペナルティ・強制などによりもたらされる外発的動機と区別されます。
評価基準が明確になる
MBOでは個人の目標を決める際に達成基準も設定されるため、評価基準が明確になります。業績評価・人事評価などの評価プロセスと連動させられるのもMBOのメリットです。
「この目標を達成すれば評価される」と、何をすれば評価されるのかが明確になることで、業績評価や人事評価に対する従業員の納得感が高まります。
また、個人の間で評価についての不公平感が起こりづらくなる点もポイントです。
従業員の育成につながる
MBOで個人目標を設定する際は、現実的にチャレンジ可能で、頑張れば達成できる程度にレベルを設定するのが一般的です。
少し背伸びした目標に向けて、計画・実行・振り返りという、PDCAのサイクルを回すことが従業員の育成につながります。
MBOをしっかりと運用すれば、『ゴールから逆算する』『ゴールにフォーカスする』といった意識、目標達成志向や目標達成能力の向上を期待できるでしょう。
MBOのデメリット(運用の注意点)
MBOを運用する際は、以下に挙げるデメリットやリスクも意識する必要があります。適切な運用を実現するために主な注意点を押さえておきましょう。
チームワーク意識の低下
MBOでは各従業員が個別の目標を設定するため、自分の成果のみを追求してしまう恐れがあります。個人主義が助長されてチームワーク意識が低下すると、部門やチームの組織力も下がりかねません。
MBOが持つ本来の目的は、各個人が目標達成に向けて努力することによる組織力の強化です。
従業員が自らの成果のみにフォーカスすることで、組織の連携や協力が失われないように、チームとしての目標やマネジメントにおける目標もきちんと設定したり、風土形成に気を配る必要があります。
管理職の負担増
MBOにおける目標設定や評価は、書く従業員に任せきりにするわけではなく、上司である管理職が責任者として運用していくことになります。目標設定、そして、評価の工数が管理職に生じることになります。
満足な評価を得られなかった従業員が不満をためやすい点もポイントです。従業員のやる気を左右することになる評価者が、精神的なプレッシャーを感じる部分もあります。
もちろん、放任状態よりも良い成果に向かうことは間違いありませんが、管理職への運用負荷が、運用サイクルとなる四半期や半期の頭に発生することは注意が必要です。
MBOの運用手順
MBOの大まかな運用手順について解説します。どのタイミングで何を行なえばよいのかをしっかりと理解しておきましょう。
組織と個人の目標を決める
MBOの運用で最初に行なう作業は目標設定です。まずは組織目標を設定し、組織目標を分担して部門やチームの目標を設定した後、最後に個人目標へと落とし込みます。
組織と個人の目標は連鎖していなければなりません。個人目標は企業側が一方的に設定するのではなく、上司がサポートしながら個々の従業員を巻き込んで設定する必要があります。
目標設定の段階で、SMARTな目標設定、個人への動機付けをしっかりと実施することがMBO運用を成功させるうえで最大のポイントです。
計画を立案して実行に移す
各従業員の個人目標が定まったら、次に具体的な行動プランを立案しなければなりません。上司のサポートを得ながらゴールにたどり着くまでの計画を策定して、実行していきます。
計画を実行に移してから評価までの期間を、従業員任せにしてはいけません。日報や週報を提出してもらったり定期的な面談を実施したりして、従業員の進捗状況を確認・サポート。場合によっては、行動計画や目標の見直しを必要とするケースもあるでしょう。
評価と振り返りを行なう
評価時期を迎えたら、評価基準に従って従業員の目標達成度を評価します。評価の手順は、最初に従業員が自己評価を行ない、続いて評価者が客観的な評価を下すという流れが一般的です。
従業員に自己評価をしてもらうことで、評価への自己認識をしてもらう、また、最終評価とズレが生じる場合にはフィードバックするポイントが分かります。
最終評価の前後で、評価者と従業員の間で評価面談を実施しましょう。評価面談は、評価者が一方的に問題点を指摘するのではなく、従業員自身の振り返り、成功や失敗、成長課題を確認します。
その上で、評価者からフィードバックを実施して、評価への納得感を醸成すると共に、新たな目標と行動プラン、成長テーマの設定へとつなげていきます。
MBOを成功させるためのポイント
MBOを適切に運用していくためには、どのようなことに気をつければよいのでしょうか。MBOを運用するうえでの重要なポイントを紹介します。
組織目標や部門目標を個人目標に先行して設定する
MBOは組織目標の達成に向けて個人の力を集約する仕組みです。最初に組織目標や事業計画が定まらなければ、適切な部門目標や個人目標は決められません。
MBOの導入にあたっては、初めに最も大きな目標を設定し、より小さな単位の目標設定へと進んでいく流れが大切です。
ドラッカーは「1年間のうち、最後の3カ月は9カ月の振り返りと翌年の計画に使いなさい」と述べています。
最後の3カ月は年度末の目標達成に向けてドライブをかける期間でもありますが、同時に翌年度に向けてしっかりと振り返り、考え抜いて大きなところから計画を作ることが重要です。
従業員を巻き込んで適切な難易度の目標を設定する
個人目標の設定は企業側が一方的に行なうのではなく、従業員を巻き込んで行なわなければなりません。企業側が設定すると強制の意味合いが強くなり、内発的動機が高まりにくくなってしまいます。
個人目標を定める際は、少し努力すれば達成できるレベルにすることが大切です。
レベルが低すぎると従業員の育成や評価をしにくくなりますし、一方で、達成できると思えない難易度になってしまうと、内発的動機が生まれづらくなります。
SMARTの法則に則って目標を設定する
MBOを運用するうえで最大のポイントは、目標設定を適切に実施することで。目標設定においては、SMARTの原則を適用すると、適切な目標を設定しやすくなります。SMARTは、適切な目標に不可欠な5つの要素の頭文字を並べたものです。
- Specific(具体的):理解しやすい明確な表現
- Measurable(測定可能):達成度を客観的に測定・共有できる目標
- Achievable(達成可能):現実的に挑戦できる適切な水準
- Relevant (上位目標と関連):上位目標の達成に貢献する目標
- Time-bound(明確な期限):いつまでに達成するかの明確性
目標に対する意味づけを実施する
個人目標を設定する際は、目標に対して意味づけを実施しましょう。適切な意味づけを行なうことで、従業員自身が成長イメージを抱けるようになり、業務に対する『やりがい』が芽生えます。
意味づけを行なわずに目標を設定してしまうと、仕事に対する意欲や積極性が弱くなるでしょう。ゴールに向けて努力することのメリットを従業員が意識できるように導くことがポイントです。
管理職やチームリーダーに研修を実施する
MBOの適切な運用を目指したいなら、目標設定の責任者&評価者となる管理職やリーダー層に研修を実施することもおすすめです。MBOに特化した外部研修を実施すれば、導入後もうまく機能しやすくなるでしょう。
MBO研修は、管理職やチームリーダーを対象に行なわなければなりません。部下の目標達成をサポートする立場のマネジメント層が、MBOの意義や目的を正しく理解することで、適切な目標設定、フィードバックの実施等ができるようになります。
とくに管理職やチームリーダーがSMARTな目標設定をできなかったり、難易度の設定が人によってバラバラになったりすると、人事評価を実施する段階で、主観的な評価となり、また、従業員からの大きな不満要因となりますので注意が必要です。
業績だけでなくプロセス目標や成長目標を設定する
MBOで業績のみを目標の対象にしてしまうと、チームワークが低下したり、中長期的な時間軸の活動が実施されづらくなったりします。目標を設定する際は、業績だけでなくプロセス目標や成長目標も設定するようにしましょう。
業績目標の達成には、個人の努力だけではなく、外部環境の変動や担当顧客や商材等の要素も影響します。業績評価をすることは前提としたうえで、下の職位ほどプロセス目標や成長目標による評価比重を高める、上の職位ほど業績評価の比重を高めるのが一般的です。
PDCAを回して継続的な改善を促す
MBOでは、PDCAを回しながら従業員に継続的な改善を促すことも重要です。MBOにおけるPDCAは以下のようなサイクルとなります。
- Plan(計画):目標達成のための計画立案
- Do(実行):ゴールに向けた実際の行動
- Check(点検・確認):期中の進捗確認
- Action(行動):①達成に向けた期中での改善、②評価期間が終わった後での振り返りと次の計画への反映
PDCAサイクルにおけるActionフェーズでは、上司からのアドバイスも実施しながら、従業員自身にも主体的な問題解決や改善策立案を行ってもらうことで、人材育成に繋げましょう。
まとめ
MBOは単なる『目標管理制度』ではなく、『従業員のセルフマネジメントを促進し、目標によって個人の力を組織のゴールに集約する』というマネジメントの概念です。
本質を捉えた運用ができれば、組織の理念やビジョンから個人の計画まで一貫性がもたらされ、個人の目標が最終的に経営目標の達成に貢献するものとなります。同時に、納得感のある人事評価の運用にもつながります。
MBOにおける目標設定と運用のポイントに注意し、適切にMBOを運用することで、従業員一人ひとりが主体性を持って組織の目標達成に貢献するような環境を実現させていきましょう。