企業が一定以上の規模になると、人材育成や組織理念の浸透、チームビルディング等を目的として、業種や業界を超えてほとんどの企業で“研修”が行なわれます。
人事部や組織開発部門が主体となって実施する社員研修ですが、実際に研修を企画する段階になると、「どのように企画を進めていけばよいか悩む」「効果のある研修を企画するポイントがわからない」などで頭を抱える新任担当者の方も少なくありません。
本記事では研修企画をテーマに、社員研修の必要性も確認したうえで、企業研修を企画する流れと進める際のポイントを紹介します。
<目次>
社員研修の必要性
社員研修は多くの企業で行なわれていますが、中には「社員研修を行なったが期待するような効果が出なかった」などの経験から、研修の効果性に疑問を感じたり、実施に消極的になったりしているケースも伺います。
まずは企業の成長・発展のために社員研修が必要である理由をあらためて確認しておきます。
研修が必要な理由
社員研修の目的とは、社員のスキル・能力向上を通じて組織全体の生産性や企業価値を向上させることです。企業ではさまざまな人材育成の取り組みが行なわれていますが、欠かせない手段となるのが「研修」です。
組織が目標達成するためには、社員一人ひとりの能力向上、生産性UPが欠かせません。入社直後の新入社員研修はもとより、昇進や異動などで期待される役割や成果が変化するタイミング、組織が拡大して再度の理念浸透が求められるときなど、定期的あるいは節目のタイミングで社員研修は行なわれます。
研修を通じて個人の知識やスキルが向上すれば、仕事の幅も広がります。仕事の幅が広がれば、社員一人ひとりが成長を実感でき、今までよりも大きな成果を上げられるようになるでしょう。そして、社員が生み出した成果は、組織の業績に反映されるだけでなく、本人の昇格や昇給につながり、結果として優秀な人材の流出防止にも貢献します。研修を起点とした人材育成の積み重ねが、企業のさらなる成長の原動力になるわけです。
もちろん人材育成の手段は研修だけではありません。ただ、新たな知識やスキルを身に付けたり、仕事から離れて深く考えたりする場として、企業が将来にわたって成長・発展するための人材育成で社員研修の取り組みは不可欠です。
「学習⇒ 実践と体験 ⇒ 振り返り」という成長サイクルの起点となり、深い振り返りの機会となるのが研修という位置づけです。
社員研修は企業の生産性にも影響する
社員研修が企業の生産性に影響していることは、いくつかの調査からも伺えます。内閣府が発表した経済財政報告では、調査データをもとに「社員教育や社会人の学び直しを通じて人的資本投資が1%増加すれば、労働生産性が0.6%上昇する」と発表しています(*1)。
また、厚生労働省の調査でも、能力開発に積極的な企業ほど仕事に対するモチベーションが高い社員が多い」(*2)といったデータが発表されており、調査結果からも社員研修が企業の成長や生産性に大きく貢献するということがわかります。
*1内閣府『企業における人的資本投資の効果』より
*2厚生労働省『企業の能力開発等とメンバーの仕事に対するモチベーションとの関係』より
研修企画の流れ
本章では、企業研修を企画する際の一般的な流れを4つのステップで解説します。
1.「解決すべき課題」「組織のあるべき姿」を明確にする
研修を企画するうえで最初のポイントは、「研修を通じて解決したい自社の課題は何か?」を明確にすることです。当たり前のように聞こえると思いますが、この点が曖昧なまま、目先の問題解決やある種の思い付きで研修を実施しているようなケースもあります。
例えば、「管理職が若手メンバーを指導できていない」という問題があったとします。この問題が起こっている原因に対して、「メンバーを育てる意欲が低いのか?」「適切なほめ方、叱り方がわからないのか?」「メンバーの意識や姿勢に問題があるのか?」など複数の要因が考えられます。
どの原因が主要因なのかによって、どのような研修が適しているかは変わってきますし、場合によっては、管理職向けの研修ではなく、若手向けの研修が適切といった形で研修自体の対象者も変わるかもしれません。
社員研修を企画する際は、「あるべき理想」と「現状」のギャップという観点を頭に入れておくことも重要です。上記の例のように、顕在化している問題の解決が求められる場合のほかに、「今の組織をより良い状態にする」目的で社員研修を企画するケースも多々あります。
後者の状況で研修を考える際は、「あるべき理想の状態とは何か?」を思い描き、明確に言語化することが肝心です。研修の企画担当者や決裁者の頭の中に、組織のあるべき姿・理想の状態がイメージできていないと、目についた問題や声の大きな人の意見が反映された企画になってしまうかもしれません。結果として、本当に解決すべき課題や組織が目指す姿に近づく手段からかけ離れた研修にもなりかねません。
研修を企画する際には、「どのようなグループワークを入れようか?」などの研修内容に関する議論、また「誰を対象にすべきか?」という議論になりがちです。
しかし、解決すべき課題や組織のあるべき理想像が、明確になっていない限り、本当に効果のある研修を企画することはできません。期待する効果を生む研修を企画するためにも、まずは解決すべき課題や組織のあるべき姿を明確にすることが大切です。
2.研修のゴール設定
解決したい課題や目指す理想像がはっきりすると、具体的な研修内容をイメージしやすくなります。次のステップでは、研修実施後に「受講者がどのような状態になるのか?」「どのような行動変容を期待するのか?」という、“「研修のゴール」”を設定します。
研修のゴールが具体的になるほど、研修プログラムの設計は容易になります。また、研修効果を左右する事前アプローチやアフターフォローの取り組みも実施しやすくなるでしょう。「研修テーマ ⇒ 研修プログラムの設計」といくまえで、研修ゴールをしっかりと思考しましょう。
なお、1回の研修で期待する行動変容が起こることはあまり期待できません。理想は複数回にわたって継続的して研修を実施、間に職場で実践するという“タイムスペースラーニング”という学び方です。現実的には実施には制限が生じる場合もあります。
ただ、研修内容やゴールにはよりますが、行動変容を期待するうえでは、一般的に“「一日研修を1回」やるよりは、「3時間研修++1時間のフォロー研修を3回」やるほうが効果は高くなることは頭に入れておきましょう。
なお、複数回に分けて研修を実施する場合、「最終的にはこの状態」「11回目の研修では○○を習得して、22回目の研修までに○○を実践してもらう」といった形で、最終ゴールから分解して実施する研修ごとにゴールを設定することがポイントです。
3.予算の調整
研修企画では、研修の概略やゴールが決まった段階である程度予算の調整を考えておくことも大切です。もちろんある程度の予算が事前に決まっていることもありますが、意外と中小企業においては教育研修費が予算としては曖昧になっているケースもあります。
研修の実施には、ある程度まとまったリソースが必要です。外部の研修企業会社に委託するのであれば、講師費用がかかります。また、対面での実施であれば、社内に会場がない場合は会場費、拠点から人を集める場合には旅費交通費が発生します。
社員が講師として実施する場合、講師費用は発生しませんが、その分、プログラムの設計・運営準備等で余分に工数は必要です。
したがって企画段階で、具体的な研修内容を詰める前に概算費用を算出して、決裁権のある上層部と予算感のすり合わせをしておくと安心です。具体的な研修内容を詰め切ってから、上層部に提案して「予算がとれない」とすべてひっくり返されるケースもたまに見かけます。
HRドクターでは、社員研修の一般的な予算や研修種類ごとの費用相場を分かりやすく解説した記事も用意しています。ご興味あればご覧ください。
4.研修プログラムを検討する
ここから具体的な研修プログラムを検討するステップに入ります。ここまでのステップで明確化した“「解決したい組織課題”」や“「あるべき理想像”」、そして“「ゴール状態”」を踏まえて、実施方法や対象者を検討していきます。
「どのような研修方法が適切なのか?」は、課題や目的によって変わってきます。例として“「営業職の育成”」が課題というケースで考えてみましょう。
商品・サービスの理解や事例等のインプットが目的であればeラーニングや動画でも良いかもしれません。また、顧客事例や提案ノウハウの共有であれば、集合研修をしなくても朝礼や社内会議の場を利用して継続して実施するほう方が良いかもしれません。
一方で、「ヒアリングやプレゼンテーションといった営業スキルを鍛えたい」「新規開拓力を上げるために商談設計をロープレも交えてしっかり学ばせたい」ということであれば、外部からプロの講師を呼んでの集合研修が1番の近道かも知れません。
上記で示したように、「営業職の育成」というテーマでも、目的とゴールに応じて様々な選択肢があります。研修プログラムの詳細は、5W1Hに当てはめて考えると検討しやすくなります。
以下に示した4つのWを最初に具体化し、次にHowを検討、最後にWhenを決定するイメージです。
(Where) どこにいて、どこに向かうか?⇒研修ゴール、理想像と現状のギャップ
(Who) 誰を対象にするか?⇒対象者の選定
(What) 何を伝えるか?⇒具体的な研修内容の検討
(How) どのような方法で実施するか? ⇒集合研修(対面/オンライン)その他……
(When) いつ行なうか?⇒詳細日程の決定
研修企画を進めるとき時に押さえるべき5つのポイント
最後に、研修企画を進めるときに押さえておくと効果的な5つのポイントを紹介します。
1.研修対象者を選定するとき時のポイント
「対象者を誰にするか?」は念入りに検討すべきポイントの1つです。対象者の選定でよくあるのが、人事側で対象者を選定するケースと、希望者を募るケースです。階層別研修や基礎スキルの習得に関しては、人事側で対象者を選定することが基本ですが、新しい分野の勉強会などの場合は、希望者を募って実施してもよいでしょう。
一般的に対象者の属性を絞るほど、より対象者にフィットした研修プログラムを構成して実施できます。例えば営業研修を実施する際、「営業経験10年」の社員と「営業経験11年」の社員が混在していると、プログラムを設計しにくいのはイメージできるでしょう。
一方で、「営業部全体で営業ステップや確度管理を共通言語にしたい」また、「全社員に企業理念や共通言語を浸透させたい」などの目的であれば、対象者を限定してしまうと意味がありませんが、場合によっては敢えて階層を混在させて実施したほうが効果的な場合もあります。
また、アウトプットを生み出すようなワークショップや本格的なアクティブラーニングの場合、参加者の意欲や知識レベルにばらつきが大きいと、学習効果が一気に下がります。研修の目的やゴールに応じて、研修対象者を選定していきましょう。
2.研修のゴール設定を考えるとき時のポイント
研修のゴール設定については、研修企画のステップを紹介した章でも触れました。想定する研修ゴールが、具体性や現実性を欠いていたり曖昧だったりすると、研修効果を高めにくくなります。しっかりと「具体化」することが大切です。
ゴール設定を具体化する際には、目標設定の原則となる「SMARTの法則」が参考になります。SMARTの法則は、効果的な目標・ゴールを定めるうえで重要となる5つの基準を示したもので、以下5つの英単語の頭文字をつなげた言葉です。
<SMARTの法則>
・Specific(具体的である) ⇒具体的にどうなっているのか?
・Measurable(計測できる) ⇒それは外部から見て客観的に判断できる状態か?
・Achievable(達成できる) ⇒現実的に実現できるか、理想論で設定していないか?
・Relevant(上位目標と関連する)⇒研修の目的、課題解決につながるゴールか?
・Time‐bound(期限がある) ⇒いつの時点で実現しているかは明確か?
すべての研修でSMARTな目標が設定できるわけではありませんが、具体的な研修ゴール、研修が終わった時の状態、研修後の行動変容を考える際には、ぜひ参考にしてください。
3.研修の効果性を高めるためのポイント
研修の効果性を高める考え方として、研修の効果(行動変容)に影響を与える要素の比率を表した「4:2:4の法則」があります。
<4:2:4の法則>
・4割:事前学習や準備
・2割:研修内容
・4割:研修後の実践
上記に示したように、研修の効果(行動変容)には、じつは研修そのものの内容よりも研修前の準備(事前説明会や課題などを通じて学ぶ姿勢や前提知識など)や、研修後のアフターフォロー(実務での実践やアウトプットによる記憶の定着など)こそが研修効果に大きく影響を与えます。
従って、研修プログラムを設計する際には、研修内容はもちろん、じつは研修前のアプローチ、そして、研修後のアフターフォローの設計が大切です。
「4:2:4の法則」を踏まえた研修前・研修後の施策具体例としては、
- 主体的なマインドや姿勢で研修に参加してもらうためのアナウンス
- 参加者の上司から学んでほしいことや期待事項を伝えてもらう
- 研修で学んだ汎用的な知識やスキルを自分の実務につなげるブリッジング
- 実務で実践するTo doの設定
- 実践した結果を発表するフォローセッションの実施
などが挙げられます。
4:2:4の法則は、特に後ろの4(アフターフォロー施策)を考えるうえでは、次で説明する学びを定着させるポイントも踏まえて検討するとよいでしょう。
4.研修の学びを定着させるポイント
研修では、学んだ内容をいかに記憶に定着させるかも重要です。学びの定着を考えるうえでポイントとなるのは、エビングハウスの研究で明らかになった「人間は忘れやすい生き物である」という事実です、
エビングハウスの研究は、人間は学習したことを時間の経過とともにどれぐらい忘れていくかを調べたもので、「エビングハウスの忘却曲線」として有名です。
<エビングハウスの忘却曲線>
20分後 :覚えた内容の42%を忘れ、58%を覚えていた
1時間後 :覚えた内容の56%を忘れ、44%を覚えていた
1日後 :覚えた内容の74%を忘れ、26%を覚えていたト
1週間後 :覚えた内容の77%を忘れ、23%を覚えていた
1ヵ月後 :覚えた内容の79%を忘れ、21%を覚えていた
エビングハウスの研修で扱った「学習(覚えた内容)」の内容は、日常生活や仕事と関係がない、さらに脈絡がない内容です。したがって、実務とつながりがあって体系等もある企業研修の内容が、上記の数字で忘れ去られてしまうわけではありません。ただし、人は時間の経過とともにどんどん忘れていく、ということは間違いない事実です。
エビングハウスの研究では、学習内容の定着に関して、「学習に時間をかけると覚えられる情報量が増え、復習を重ねることで忘れにくくなる」ことも明らかになっています。つまり、復習を重ねることで忘れにくくなるということです。また、「一度にたくさんではなく、時間をかけて少しずつ覚えたほうが記憶に定着する」こともわかっています。
エビングハウスの研究を踏まえた学びを定着させるためのポイントとしては、
- 一度に詰め込むよりも、何度かに分けて学習したほうが定着する
⇒ 1回の詰込みではなく、1時間×数回の研修として実施する - 復習を重ねることで、学習は定着する
⇒ 研修後にポイントを振り返るメールを何度かに分けて送信する
⇒ フォロー研修や実践結果のレポートなどを通じて学習内容を思い出す機会を作る
ということです。非常に当たり前ですが、意外と企業研修では実践されていないこともあります。
なお、上記を実践する上では、Webとオンライン研修を上手く活用するとよいでしょう。例えば、メールやLINEグループで振り返りメールを送ったり実践状況を共有したりすれば運営側・参加側の負担は少なくなります。また、オンライン研修を使えば移動時間や参加場所が自由になりますので、時間調整なども実施しやすくなります。
5.研修実施後の効果検証のにおけるポイント
社員教育は、実施してそれで終わりではありません。実施後に効果測定を行ない、期待した効果が確認できなかった場合は、カリキュラムを見直すことも必要です。とはいえ、人材育成の効果はある程度長期的に検証していくことも必要です。
また、例えば仕事の成果や業績は研修以外のさまざまな要因も大きく影響しますので、成果で研修の効果を測ることも困難です。
上記のような難しさがあることも踏まえたうえで、研修後の効果測定として比較的手が掛けやすい「研修アンケート」と「理解度テスト」を紹介します。研修アンケートは、学びや気付きが新鮮なタイミング、すなわち研修終了直後に実施し、その日のうちに受講者から回答してもらうようにします。
質問項目の例としては、「研修の満足度や難易度が適切だったか?」「実務に役立つ内容だったか?」を5段階評価で設けると良いでしょう。他に人事担当者が「受講者に確認したい項目」も追加すると、次回の研修を改善するヒントになります。
なお、研修終了時点のアンケートにおける評価が高かったからといって、必ずしも「効果性が高い」研修とはならない点には注意が必要です。研修から期間を置き、実業務での活用度合いを評価できるタイミングで、あらためて「効果性アンケート」を実施することをお勧めします。
理解度テストでは、「学んだ内容が理解できているか」をテスト形式で確認します。確認テストは知識のインプットを目的とした研修の場合、特に効果的です。他には「自分の仕事でどう実践するか」をレポートで提出させるなども良いでしょう。
また、接遇研修や営業研修など、トレーニングや演習が組み込まれている研修の場合、あらためてロールプレイングなどでチェックしてもらうのも効果的です。研修後に理解度テストを実施する場合は、事前にテストがある旨をアナウンスしておくと、参加者の受講意識が高まります。
まとめ
記事では研修企画をテーマに、社員研修の必要性、および研修企画の流れとポイントについてお伝えしました。
効果のある研修を企画するためには、解決したい課題やあるべき理想の状態を明確にし、研修のゴールを適切に設定することが重要です。また「4:2:4の法則」で触れたように、研修の内容だけでなく、研修前の関わり、研修後のフォローや学びの実践を促す仕組みづくりなども研修効果を高めるためには重要なポイントです。
記事の内容も踏まえて、ぜひ効果的な研修企画を実施してください。なお、研修ステップで紹介したような課題の特定やゴールの設定は、研修企業会社に相談していく中で明確になっていく部分もあります。
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