ブランディングというと、一般的には社外向けに発信するものと捉えられていますが、近年、社員を対象とした社内向けのインナーブランディングの重要性が注目されています。インナーブランディングをしっかりと実践して、社員のエンゲージメント向上につなげている成功事例も多くあります。
本記事では、インナーブランディングとは何か、また、その具体的な施策や成功事例を紹介します。
<目次>
- インナーブランディングの全体像とは
- インナーブランディングのメリット
- インナーブランディングのデメリットと注意点
- インナーブランディングの注意事項
- インナーブランディングの具体的な施策例
- インナーブランディングの成功事例
- まとめ
インナーブランディングの全体像とは
インナーブランディングとはどのようなものか、社外向けに発信するアウターブランディングとの違いなどを確認しましょう。
インナーブランディングとは
インナーブランディングとは、企業が目指す理念や目標、また、価値観や顧客の声などを社内向けに発信し、社員の「企業への理解」を深めて浸透させていく活動を指します。
インナーブランディングを強化させることで、社員それぞれが自社の価値を認識したり、理念を体現するようになり、企業はミッション・ビジョン・バリューなど等に沿ったより高品質のサービスを顧客に提供できるようになります。
また、自分たちがしている仕事の意味を理解し、共に働く仲間や顧客の声に触れ、経営陣の考えや会社が社員に提供してくれているものを知ることで、社員から会社へのエンゲージメントも向上することが期待できます。
アウターブランディングとの違い
ブランディングといえば、一般的に社外に発信するものと考えられています。インナーブランディングと対比させる場合、社外に対するブランディングは、インナーブランディングに対比させた言葉として、アウターブランディング、あるいは、エクスターナルブランディングと言われます。
アウターブランディングは、他社と差別化して自社の、価値を伝える活動です。そして、自社のファンを増やすことで、ロイヤリティの向上、商品・サービスの購入してもらったり、競争力の強化につなげることが目的となります。
これに対してインナーブランディングは、社内に向けて行ない、自社の理念や目指している姿を浸透させ、サービス品質の向上や企業へのエンゲージメントを高めることが狙いです。
ブランディングというと、どうしても顧客に対する直接的なブランディング、アウターブランディングに偏ってしまいがちです。
しかし、「ES(社員満足)はCS(顧客満足)に先立つ」といった言葉もあるとおり、自社の社員が自社の世界観をしっかりと理解・共感して、企業にエンゲージメントしていなければ、継続的で深いアウターブラディングはうまくいきません。
アウターブランディングとインナーブランディング、どちらも大切にしながら活動していくことが大切です。
インナーブランディングが必要とされる背景
インナーブランディングの重要性が注目されるようになったのは、従業員社員の行動や対応が企業イメージに直結することが認識され、また企業へのエンゲージメントが重視されるようになったことが要因です。
インターネットやSNSの普及、加えて、企業の社会的責任も重視されるようになり、顧客接点を担う従業員社員の対応で不手際等があれば、すぐに拡散される時代です。
一方で、産業がサービス化され、社員一人ひとりがサービスの提供に携わる機会も増えています。だからこそ、インナーブランディングを通じて、社員にしっかりと自社の理念や価値観を浸透させることが重要なのです。
日本国内では少子化が進み、かつ転職が一般化するなか中で、優秀な人材の確保が企業にとって大きな課題となっています。社員満足度を高め、働きがいのある職場にすることが、今まで以上に重視されています。
現代では、物質的な欲求よりも精神的な欲求が高まっています。その中で、自分がしている仕事の意味を浸透させ、また“所属するコミュニティ”である企業との精神的なつながりを強くするためにインナーブランディングが大切になっているのです。
インナーブランディングのメリット
インナーブランディングによって得られるメリットを大きく5つに分けて簡単に解説します。
会社に対する理解が深まる
インナーブランディングでは、企業の理念や目標、また、顧客の声や共に働く仲間などを伝えていきます。
目の前の業務だけに集中してきた社員も、その先に企業が実現しようとしている目標を理解して、仲間の存在を感じられるようになると、仕事に取り組む姿勢も変わってくるでしょう。
従業員社員のモチベーション向上
理念や実現したい目標を理解することで、企業に対するイメージが向上し、モチベーションの向上につながります。企業が目指す世界や大切にしている想いに共感し、自分の仕事が価値あることに貢献していると思えることで内発的動機付けがされます。
社員が自ら発信する
企業が実現しようとしている理念やビジョンを社員がしっかりと理解して、かつ、モチベーションも向上すれば、社員自身がそれらを進んで発信していくようになります。
インナーブランディングは、社外向けに発信するアウターブランディングともつながっていますし、リファラル採用などにもプラスの効果をもたらします。
社内に一体感が生まれる
社員に企業の理念や実現しようとしている未来のイメージが浸透し、共感する人が増えることで、社内が一体となってそのために進んでいこうとする機運が生まれてきます。
こうした一体感は、社員のモチベーションに更に良い影響を与えると同時に、チームワークや組織間連携にもプラスの効果をもたらします。
社員の定着率アップ
自社の取り組みが、社会的に価値があるということを実感できれば、そのことに誇りを感じ、企業に対する愛着が生まれます。また、同じような価値観を持った社員が多くいたり、経営陣の考えが理解できたりすると、仲間への精神的なつながりも強化されます。
さらに会社から社員へのメッセージとなる福利厚生や人事制度などについて理解が深まり、働きやすい環境、かつ働きがいのある環境になれば、社員の定着率は向上します。
インナーブランディングのデメリットと注意点
インナーブランディングには大きなメリットがありますが、デメリットや注意点といえる部分もあります。4つの注意点を紹介します。これらを理解したうえで、インナーブランディングに取り組むことが大切です。
時間がかかる
インナーブランディングの効果はすぐには表れません。施策を企画し実行してから社員に浸透するまでには、相当の時間がかかることを知っておく必要があります。
“数年はかかる”と考えて、短期的な効果を求めず、長期的に取り組みをしていくことが大切です。
効果が見えにくい
ブランディングはプロモーションと比べて、効果が見えにくい側面があります。それでも、アウターブランディングは、売上やリピート率、ステップ率などの形で効果が表れる側面があります。
一方で、インナーブランディングは、アウターブランディング以上に効果が見えにくいということは理解しておきましょう。
コストがかかる
インナーブランディングは全社的な取り組みとなり、真剣にやっていこうとするとコストがかかります。Webや冊子を作る外部的な費用が掛かりますし、発信を継続していく場合には、社員の工数などの内部的な費用が必要になります。
合わない人が離脱する
インナーブランディングでは、社員に企業の理念やビジョンの共有を推し進めていく活動です。インナーブランディングを強く推し進めるほど、理念やビジョンに共感できない人があぶり出され、排除される雰囲気になっていきます。
強い組織を作るうえで、理念に合わない人が離脱することは必要なことであるとも考えられますが、あらかじめ覚悟しておくことも必要です。
インナーブランディングの注意事項
実際にインナーブランディングを進めていくには、どのようなことに注意していけばよいでしょううか。いくつかの注意事項を紹介します。
数値でも状況を確認する
インナーブランディングの効果は、売上や利益のようなはっきりとした形では表れ現れません。社員向けのパルスサーベイや組織調査を定期的に実施するなどして、インナーブランディングによる改善が、数字でわかるようにしていくとよいでしょう。
強要しない
インナーブランディングでは、企業が実現しようとする理念を社員に浸透するよう働きかけます。ただし、理念やビジョンは上から押しつけても浸透しません。逆に反発を受けたり、社員が離れてしまったりする恐れがあります。
もちろん、理念やビジョンに向き合う時間を朝礼や会議内のワーク、人材育成の研修などで強制的に確保するといった試みは大切です。
しかし重要なことは、社員が自分自身で考えて理解・納得するように時間をかけてじっくりと取り組むことなのです。
長期的に取り組む
インナーブランディングが社内に浸透して効果が出てくるには、相当の時間がかかるものです。インナーブランディングに取り組む際には、長期で行なうことを想定しておく必要があります。
効果が見えなくても2~3年は取り組む覚悟を持って、また途中で挫折しないように計画を立てて進めるようにしましょう。
インナーブランディングの具体的な施策例
インナーブランディングを実施していく際の具体的な施策に何があるか、主要な5つの施策を紹介します。
社内向けのサイト
インナーブランディングに関する情報やコンテンツを、社内サイトに集約して、全社で共有ようすることは基本的な施策のひとつです。Webであれば、文字や画像だけでなく、動画で見せることも可能です。
また、Webサイトの良い点は、発信したコンテンツが一過性で終わらないことです。コンテンツを蓄積していくことで、個人のタイミングでアクセスしたり、新入社員が合流時に共有したりすることができます。
インナーブランディングに関するアンケートの結果を公開したり、社員の声を集めてコンテンツを作ったりすることもよいでしょう。
社員が興味を持つような情報を、どれだけ掲載できるかによって効果は変わってきますので、反応を見ながら改善を繰り返し、作り上げていきましょう。
社内報
社内のイベントや取り組みをまとめて社内報を制作している会社は多くあります。インナーブランディングも、社内報を通じても行なうことができます。社内報で、企業理念や目標をわかりやすく伝えたり、顧客の声を掲載したりすることで、社員に少しずつ浸透させていくことができます。
これまで社内報を制作してきた企業であれば、その体制のままでインナーブランディングに向けた発信ができるでしょう。
クレドカード
クレドカードとは、「企業の信条・行動指針を簡潔に示した言葉を書いたカード」のことで社員は勤務中、常に携帯し、行動の指針とするものです。
クレドカードは近年多くの企業でも導入されており、企業理念の浸透に役立つといわれています。企業のミッションやビジョン、バリューを浸透させるためには、まず「覚える」こと、そのためにも「触れる頻度を高める」ことが大切です。
携帯できるクレドカードはその点で有効なツールです。ただし、カードを配っただけでは効果はありません。カードを使って企業理念を浸透させる機会を多く作る必要があります。
クレドカードで有名な高級ホテル、ザ・リッツ・カールトンでは、毎日の朝礼でクレドカードを基に自分の仕事を考えるような取り組みが行われています。
研修、ワークショップ
研修やワークショップを通じて、企業の理念や実現したいビジョンを社員に落とし込んだり、チームビルディングを実施したりしているケースも多くあります。
入社時の研修として行なっている企業が多いですが、重要なのはその後の継続です。研修やワークショップ、社内報や社内サイト、また朝礼などを通じて、繰り返し接点を作ることが大切です。
アンケート
社内の状況を把握するうえではアンケート等も有効です。インナーブランディングがどの程度浸透しているのか、進捗の度合いをアンケートの数字を追っていくことで確認することができます。
今までの活動がどのように反映されたのか、またどこに課題があると思うか、といったことも把握できると今後の改善に活かすことができます。
インナーブランディングの成功事例
インナーブランディングの取り組みで有名な企業の事例を5社紹介します。自社の参考になるものがあるか、ぜひ考えながらご覧ください。
スターバックス
スターバックスでは、“職場でも家庭でもない第三の場所”、サードプレイスで自分らしい時間を過ごしていただくという企業理念を実現するために、社員がいきいきと働けるようブランディングしています。
スタッフ(パートナー)の満足度を重視し、行動指針の一つ目には「お互いに尊敬と威厳をもって接し、働きやすい環境をつくる」と掲げています。
また、個々の自主性を重んじる、一方で、新たなスタッフ(パートナー)に対しては、アルバイトであっても、スターバックスの理念や価値観に関する研修をしっかりと実施することで有名です。
ANA
ANAホールディングス株式会社では、グループ行動指針を「ANA’s Way」と称して全社で共有しています。この指針の策定に際しては、経営陣からのトップダウンではなく、プロジェクトチームが立ち上がり、多くの社員がプロジェクトに参加しました。
ANAグループの規模感であっても、インナーブランディングの根幹となる行動指針を社員自らが考えて作り上げることができるというのは、学びになる事例です。
JAL
2010年に経営破綻した日本航空は、事業再生のために「ブランド構築 プロジェクト」を立ち上げ、JALが提供する価値を浸透させていきました。
各部署の代表者でプロジェクトチームを作り、JALブランドを伝えるため動画とテキストを作成し、ツールとセミナーを一緒に作っていく取り組みを継続的に行ないました。
ANAとは異なるアプローチですが、経営破綻という危機的な状況下において、インナーブランディングに着手したことは、有効なものであると考えます。
オリエンタルランド
東京ディズニーランド・ディズニーシーを運営する株式会社オリエンタルランドでは来園者を迎え接客するスタッフを「キャスト」と呼びます。
来園者が楽しみ、満足できるかどうかは、キャストの働きにかかっています。キャストのマニュアルはなく、「ゲストにハピネスを提供する」といった企業理念をしっかりと浸透させ、自主的に行動させるような社内文化が作られています。
仲間同士で讃え合う「スピリットアワード」、上司から部下に贈られる「ファイブスターカード」など、モチベーションを高めたり、社内文化を形成したりするための仕組みがいくつも用意されています。
リッツカールトン
リッツカールトンは、先ほども紹介した通り、クレドカードを使ったインナーブランディングで有名です。リッツカールトンには「ゴールドスタンダード」という6つの企業理念があり、社員はこの理念に沿った行動が常に求められています。
理念の教育に力を入れており、クレドカード「ゴールドスタンダード」をシフトの始まりごとに読み合わせる取り組みや、入社時の徹底した研修などが有名です。
まとめ
ブランディングというと、顧客や社会向けのブランディング(アウターブランディング)が一般的に連想されますが、社員に対するインナーブランディングも非常に大切です。
社内で働く社員に理念や価値観が浸透することで、アウターブランディングにも良い影響を与えます。そしてインナーブランディングは、社員のエンゲージメント向上を考える上でも欠かせない取り組みです。
ただし、インナーブランディングの成果が表れるには長い時間がかかります。腰を据えてじっくりと取り組みましょう。
本記事で紹介した基本的な施策も参考にして、インナーブランディングの取り組みを強化し、さらなる成長を目指しましょう。