管理職にとって「組織の目標達成」と並んで「部下育成」は期待される役割の1つです。部下育成は業績向上にはもちろん、中長期的な企業成長のために欠かせない取り組みです。
しかし、『期待どおりに部下が育たない』『一生懸命指導しているのになかなか伝わらない』など部下育成に課題を感じている管理職は少なくありません。少し前のデータになりますが、管理職としてどのような悩みを抱えているか?の調査でも「部下の育成(50.5%)」が最多に挙がっています。
(出典:ラーニングエージェンシー「管理職を対象に実施した意識調査」)
本記事では管理職を悩ませる課題である「部下育成」をテーマにして、課題のパターンや効果的な部下育成の手法をお伝えします。
<目次>
部下育成とは?
部下育成は管理職に期待される重要な役割の1つです。本記事では最初に、部下育成の概略と重要性を確認しておきます。
部下育成の主体は誰か?
組織における部下育成をひと言でいうと、「組織の一員として業務で成果を上げられるよう、部下の成長を支援すること」です。部下育成というと、「仕事のやり方を教える」あるいは「業務の改善点を指摘する」などを思い浮かべる人もいるかもしれません。
たしかに部下が業務をこなせるようになるためには、必要な知識やスキルを管理職の指導で身に着けてもらう必要があります。しかし、部下育成の本質は「管理職が教える」ことではなく、あくまでも「部下の成長を支援する」ことです。
すなわち、部下育成の主体は部下です。この点を取り違えて、「教える」だけことに意識がいってしまうと、部下育成がうまくいかなくなることが多いでしょう。
なぜ部下育成が重要か?
組織にとって部下育成はなぜ重要なのでしょうか?その理由は、部下育成が企業の将来に直結するからです。もし、部下育成に課題のある状態が続けば、企業が持続・成長するうえでのボトルネックにもなってしまうでしょう。逆に、会社の戦略や事業業績に貢献できるメンバーがたくさん育てば、組織全体のパフォーマンスは大きく向上します。
また、少子高齢化の進むなかで、若手や優秀層の獲得は厳しくなっていますし、今後も難易度は上がり続けるでしょう。そのなかで、採用した人材がしっかりと活躍できるように育成する重要性は増しています。部下育成は企業にとって欠かすことのできないテーマであり、その重要性は高まり続けています。
部下育成で押さえるべき7つのポイント
前章では部下育成の課題が生じている際に、管理職がやってしまいがちな行動パターンと対処法を紹介しました。本章では、これらの課題などもを踏まえたうえで、管理職が部下育成に取り組むうえで押さえるべき7つのポイントを解説します。
1.適切な目標設定をする
ポイントの1つ目は、部下の成長につながるよう、適切な目標設定をすることです。
部下の目標設定を考える際は、バランスが肝心です。挑戦しがいのある目標も大切ですが、あまりにも高い目標を設定してしまうと、取り組む前にモチベーションが下がってしまう恐れがあります。実力を考慮して、真剣に取り組めるレベルの目標を設定することがポイントです。
また目標設定の際は、会社から下りてきた目標をそのまま部下に押し付けてしまわないことも重要です。部下が本気で目標達成を目指すためには、「目標を達成することで自分にとってどういう意味があるか?」「自分の成長や待遇、得たいものを得ることにつながるか?」を納得することが大切です。
したがって、管理職は組織の目標を単純にブレイクダウンして部下に渡すのではなく、部下本人のキャリアや今後の期待事項と目の前の目標達成を結び付け、部下が納得できるように協議して決めていくことが大切です。
なお、部下育成の視点で考えると、目標設定する際に人事評価制度上での目標設定とは別で、少し挑戦的な目標や成長テーマにつながる目標を部下と握ることも有効です。
2.ティーチングとコーチングの組み合わせで成長を支援する
部下の抱える悩みをサポートしたり、相談に乗ったりすることも、管理職にとって重要な業務の一つです。しかし、部下の悩みにどう関われば良いのかで苦慮する人も少なくありません。部下の悩みのフォローに当たっては、ティーチングとコーチングを組み合わせた関わり方をすることがポイントです。
部下指導は、「ティーチング」で行われがちです。しかし、部下育成がティーチングだけに偏ると前述の通り、指示・命令型のマネジメントになり、部下の成長を阻害してしまいます。部下の知識や習熟度に合わせて、コーチングによる関わり方を取り入れること、部下のモチベーションや主体性の向上、部会育成に大きな効果を生みます。
ティーチングとコーチングを使い分ける時の基本としては、まずティーチングで必要な知識をインプットしてもらい、ある程度業務に慣れてからは、コーチングを通じて、部下のアイデアや意見を引き出すアプローチです。
HRドクターでは、ティーチングとコーチングの詳細、および具体的なやり方を解説した記事もありますので、ご興味あれば、ぜひご覧ください。
3.適切な叱責やネガティブフィードバックをする
部下の行動や仕事の手順でミスや間違いがあったときは、その場できちんと指摘することが大切です。特に事故や重大なクレームにつながる危険がある場合は、厳し目に叱る必要もあるでしょう。
叱責やネガティブフィードバックは、「部下の修正すべき言動を指摘して、成長につなげる」ためのものであり、部会育成の上でも大切な行為です。しかし、誤った叱り方をしてしまうと、部下のモチベーションを下げたり、主体性が損なわれたりするため、叱り方には十分配慮する必要があります。
NGな叱り方の代表例は、部下の人格や人間性を否定するような叱り方です。たとえば、部下が期限までに成果物を完成できなかったときに、『どうしてお前はこんな簡単なこともできないんだ。やる気あるのか!』と叱るやり方です。
このように人格や人間性を否定するような叱り方は、部下の自己肯定感や尊厳を損なうだけでなく、パワーハラスメントにもなります。是正すべき部下の「言動」にフォーカスして指摘するようにしましょう。行動や言動など「改善できること」に焦点を当てて、過去の失敗ではなく、未来の成長に向けてフィードバックすることが大切です。
4.プロセスの進捗や成長を承認する
部下を評価する際は、結果だけではなく、結果に至ったプロセスにも目を向けることが重要です。プロフェッショナルの仕事としては、目標達成や成果を出すことが求められます。人事評価としても、目標の達成率や成果の絶対値に焦点をあげることが中心となりますし、成果主義としては正しい考え方です。
しかし、部下育成の視点から見ると、プロセスをきちん見て、評価・承認することが大切です。仕事においては、プロセスをきちんとやっても、能力不足や外部環境等によって成果がでないこともあります。ある意味、短期的には成果というのはコントロールできない側面があるわけです。
部下育成の視点で大事なことは、成果を出すために継続すべきプロセスをしっかりと習慣化・強化すること。そして、修正すべきプロセスをしっかりと確認して改善に取り組むことです。そのために、管理職は部下の取り組んだ過程やアクションを承認し評価することが大切です。
プロセスを評価する際のポイントは、
2)以前と比べて成長したプロセス
を積極的に褒めることです。
たとえ、短期的には結果がついてこなくても承認すべきところはしっかりと褒めることで部下のモチベーションが上がりますし、プロセスをしっかりと改善・強化することで必ず成果につながります。
5.定期的にコミュニケーションの機会を設ける
仕事を円滑に進めるためには、部下と定期的にコミュニケーションを取ることが重要です。コミュニケーションを取るというのは、仕事後に食事や飲み会に誘ったり、プライベートで自分の趣味の活動に付き合わせたりすることではありません。もちろん、そういった交流も価値はありますが、相手が楽しんでいなければ一種のハラスメントです。
大切なのは業務時間内に、きちんと部下と向き合ってコミュニケーションすることです。表面的な業務のやり取りだけでなく、部下の価値観や強み、コミュニケーションスタイル、キャリアへの考え方やモチベーションの状況などをきちんと把握することで、よりフィットした関わり方をすることが可能です。
また部下にとっても、自分をしっかりと理解してくれる管理職の前では、心理的安全性をもって伸び伸びと仕事ができるため、成長も早くなるでしょう。
部下とのコミュニケーションを考える際、管理職側は「いつでも声をかけてくれればいい」「気軽に相談して欲しい」と思っていることが多いものです。しかし、基本的に部下は管理職に声をかけるタイミングがよく分からない、気を遣ってしまうことが大半です。
したがって、部下から声がかかるのを待つのではなく、管理職から部下に対して積極的に報連相をする、雑談を仕掛けるようにすると、コミュニケーションは円滑に進むようになるでしょう。
6.時に少し背伸びした仕事を任せる
「部下育成でありがちな4つの失敗事例と処方箋」でも紹介した通り、部下の成熟度に応じて、時には今の実力から少し背伸びした仕事を任せることも大切です。背伸びした目標に挑戦させることは、部下の成長に大きく貢献します。
今の自分の実力に何かプラスアルファが無いと届かない目標に挑戦することで、本人の向上心が高まり、これまで考えなかった工夫も生まれるでしょう。挑戦しがいのある目標を達成できれば、それが本人の大きな成功体験になります。たとえ失敗したとしても、自分のレベルを客観的に捉える機会になるなど、多くのメリットがあります。
任せ方やタイミングは注意が必要ですが、「少し早いかな?」と思う仕事を1~2割ぐらい任せていくことが大切です。
7.管理職自身が学ぶ
部下育成に取り組むうえでは、「その業務について十分な知識がある」だけでは足りません。管理職自身が「教え方」を学ぶことも重要です。「教え方」はスキルであり、知識とトレーニングを通じて向上できます。
「人はどうやって学ぶのか?」「相手の特性に応じて動機づけのやり方は?」「ティーチングとコーチングの使い分け」など、「教え方のスキル」が身に付くと、指導方法のバリエーションが増え、部下の性格や気質に合わせてよりきめ細やかな育成ができるでしょう。また、管理職が普段から学ぶことを習慣にしていれば、部下の学ぶ意欲にも良い影響を及ぼします。
なお、教える側には、スキルだけでなく、人としての「あり方」を磨くことも不可欠です。マネジメントや社員教育の分野では「管理職は部下を理解するのに3年かかるが、部下は管理職を3日で見抜く」という有名な言葉があります。
人に教えるうえでは「教える側も常に見られている」という自覚が大切です。「テクニックで部下を操作、コントロールしてやろう」といった思惑はすぐに部下に見抜かれます。テクニックは部下育成を効果的にしたり、課題を解決したりするうえで大切ですが、同時に人格面を向上させることにも取り組みましょう。
部下育成でよくある3つの課題
本章では、組織の部下育成でよくある3つの課題を紹介します。
1.管理職が多忙で部下育成に割く時間が無い
1つ目の課題は、「管理職の業務が多忙で部下育成に割く時間が取れない」ことです。近年の管理職は、チームや部門の目標達成などの短期成果にくわえ、部下育成などの中長期的な成果も求められています。さらに数人の組織であれば、管理職自身もプレイヤーとして活動するプレイングマネージャーであることも多いでしょう。
管理職が多忙となり、それに対応するだけの生産性向上を実現できなければ、緊急度が低い部下育成は後回しになってしまいがちです。
2.管理職自身に必要なマネジメントスキルが不足している
2つ目の課題は、管理職自身のマネジメントスキルが不足しており、部下育成のことまで考える余裕が無いことです。
この課題は、日本企業の変遷にも関連しています。1990年代後半頃から多くの企業では、組織のフラット化や景気停滞による採用抑制が進み、“若手社員が少なくシニア社員が多い”といういびつな人員構成へと推移しました。
その結果、現場の中堅社員達にとって新人や後輩を指導する経験者がいなかったり、リーダー経験の機会に恵まれなかったりするまま、管理職へ昇格するケースが出てきています。擬似的なマネジメント経験を積むことがないまま、本格的なマネジメントを求められる立場になってしまったのです。
このような背景から、管理職に必要なマネジメントスキル、さらに人材育成の基本的なスキルが身に付かず、管理職に必要なマインドが不足して、管理職昇格後に上手にマネジメントができない状況が多くの職場で顕在化しています。
管理職には、目標達成や部下育成などが求められます。これを実現するためには、まず管理職自身のセルフリーダーシップ、セルフマネジメント、仕事と人のマネジメントスキルの向上が必要不可欠です。
3.部下育成の知識やノウハウが不十分
管理職になる人は多くの場合、担当している組織の業務について理解が深く、自ら実績をあげてきたことも多いでしょう。しかし、業務について理解していることと、人材を育成するスキルがあることはまた別の問題です。
人材育成のスキルや知識が十分でなければ期待どおりに部下は育ちません。人材育成に情熱を強く持っている人でも、部下育成に必要な知識やスキルが不足しているケースも多く見られます。このような状態で部下育成に取り組むと、教える側の経験に基づいた自己流の指導になりがちです。その結果、部下指導の効果も限定的になってしまいます。
たとえば、動機や欲求に関する理論、コミュニケーションスタイル、コーチングなどの知識やスキルがあるないで人材育成の効率はまったく変わります。組織のパフォーマンスを高めるうえでも、管理職に部下育成の知識やスキルを学ぶ機会をつくることが重要です。
部下育成でありがちな4つの失敗事例と処方箋
部下育成が上手くいかない組織では、具体的にどのような事態が生じているでしょうか。本章では、部下育成に課題を抱える管理職がやっている4つの失敗事例をより具体的に行動レベルで紹介すると共に対処方法を解説します。
1.「指示」偏重になってしまう
部下指導の現場で多いのが、管理職がやり方を細かく説明し、その通りに仕事を進めるよう部下に指示するケースです。短期的に成果をあげる、また、経験や能力が足りない部下を一定レベルまで育てる上では、指示・命令型のマネジメントが効果的です。
しかし、管理職の指示に従って仕事を進めているだけでは、自分で考え工夫を凝らす経験を得られず、どこかで部下の成長は滞ってしまいます。
また、指示・命令型のスタイルを中長期的に継続すると、指示待ちの部下が増えていきます。すると管理職側も「それぐらい自分で考えて決めて欲しい」「部下が育たない」「自律して欲しい」というストレスと工数的な負荷を抱えることになります。しかし、じつはストレス状態をつくったのは、指示・命令型をマネジメントに偏り過ぎた上司自身なのです。
部下の成長に合わせて、指示・命令型から「どう進めるのがいいと思う?」「あなたならどうやる?」「どこを押さえる必要があると思う?」と質問を交えたコーチング型のマネジメントを徐々に織り交ぜて、部下に考えさせる・決めさせることが大切です。
2.感情的、高圧的な態度で指導している
管理職も人間ですから、部下が自分の期待するように育たないときなど、つい苛立ったり感情的になったりしてしまうこともあるかもしれません。
しかし、指導の際に感情的な態度を出すことは厳に慎む必要があります。なぜなら、管理職が感情的な態度や表情を見せると、部下は萎縮してしまい相手の顔色をうかがうことで頭がいっぱいになり、自分で考える力が育たなくなってしまいます。さらに、失敗を恐れるあまり管理職への報告・連絡・相談も躊躇しがちになります。
また、最近ではパワーハラスメント等の概念が浸透した中で、とくに若手世代は怒りをマネジメントできない管理職に反発する、低レベルだと見放す傾向もあります。
繰り返しになりますが、管理職も人間です。いらだつ気持ちが生じたり、他のところでストレスが溜まっていたりすることもありますし、不安の裏返しで高圧的な態度や感情が出やすい人もいることでしょう。
ただ、部下育成に取り組むうえでは、アンガーマネジメントをしっかりと学び、もし部下が必要以上に委縮したり、不安がったりする様子を見せたら、意識して表情や態度を変えていくことが大切です。
3.部下に責任ある仕事を割り振らない
部下に仕事を振るとき、簡単な仕事や責任の少ない仕事ばかりを任せる管理職も多くいます。しかし、いつまでも簡単な仕事ばかりを任せていると、部下が成長するチャンスを奪ってしまうことになります。部下の成長に応じて、少しずつ責任ある仕事や挑戦的な仕事を任せることが大切です。
初めての仕事や今までより難しい仕事であれば、失敗してしまうこともあるでしょう。しかし、部下育成に取り組むうえでは、責任のある難易度の高い業務に挑戦させることは避けて通れません。経験がある業務だけをやらせていたら、いつまでも部下は成長しません。
管理職自身のマネジメントスキルを磨き、先行管理レベルを高めることで、少し余裕を持った状態で部下に仕事を任せられるようにしていきましょう。そうすることで、万が一の失敗や進行の遅れもしやすくなります。部下に仕事を任せる上では、「任せる」と決めること、そして、上司のマネジメントスキルを高めることが大切です。
4.思うように育たない部下を諦める、見放す
懇切丁寧に指導に取り組んでも、期待するように部下が育ってくれないケースは多々あります。問題なのは、部下がなかなか育たない状況が続いたときに、管理職が育成を諦めたり、部下への期待を無くしてしまったりすることです。
上記は部下育成への責任感が足りないともいえますが、同時に、人材育成に関する知識や経験不足からくる側面もあります。人材育成に携わってきた経験が長い方ならばご存じの通り、「人が思うように育つ」「計画した通りに育つ」ことはありません。
もちろん、期待通りのペースで成長する人もいますし、一方で、なかなか育たない人もいます。能力面による部分もありますし、一方で、個人個人の強みや弱みもあり、また成長ペースもそれぞれです。一時的に伸び悩んだからといって、絶対的に能力がない、育たないといえるものではありません。
管理職の多くは、自分の業務を抱える中、試行錯誤しながら部下育成に取り組んでいます。だからこそ、思う通りに育たないと感情的に苛立ち、怒りや失望が生じて、それが繰り返されると、諦めになってしまいがちです。
管理職は部下育成に関して、長い目で成長を見守り、ある意味では“良い加減”さを持って、あきらめずに育成に取り組むマインドが重要です。
まとめ
記事では部下育成をテーマに、部下育成の課題や効果的な育成のポイントをお伝えしました。
今この瞬間も、悩みや課題を抱えながら部下育成に取り組んでいる管理職の方が多くいることでしょう。ポイントを押さえて適切なやり方で取り組むことで、部下育成の効果を高めていくことが可能です。そのためには、管理職自身が自ら学び、部下指導のスキルを身に付けていくことが大切です。
紹介した内容が、効果的な部下育成や課題解決に少しでも役立てば嬉しく思います。