120年余の長い歴史をもつ伝統的日本型企業であったカゴメは、12年前からグローバル企業への変革を進めてきました。採用改革、生き方改革、グローバル・ジョブグレード制度といった新施策や新制度を次々と導入し、社員も「会社が変わった」と実感しています。
変革の中心となるのは「人として当たり前の権利が認められる会社」を目指すという考え方。カゴメ株式会社 CHO 常務執行役員の有沢正人氏は、取り組みを振り返ってきて、「透明性を限りなく高め、トップが覚悟を決める」ことが改革のカギとなると言います。
今回は、企業の人材開発やキャリア自律を支援する株式会社Kakedas/株式会社ジェイック 取締役 東宮 美樹氏が、カゴメの有沢氏に実施してきた数々の施策の背景や想いを伺いました。(以下敬称略)
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<目次>
- 会社が個人のキャリアを決める時代は終わった
- 最初に手を付けたのは採用改革
- 「当たり前のことが当たり前の権利として認められる会社」に
- 経営&人事としての「現場」主義
- 働き方に留まらない「生き方改革」
- カゴメが魅力的であれば辞めない。副業解禁で心理的安全性を
- 役員のKPIを全社公開するところから始めたジョブ型人事
- 透明性、客観性、心理的安全性がキャリア自律を育む
- 人事に不可欠なトップとの信頼関係
会社が個人のキャリアを決める時代は終わった
東宮120年以上の長い歴史をもつカゴメ様ですが、この10年ほどで先進的な人事変革を進めていらっしゃいます。変革の中でも、キャリア自律の促進を中心としてきた背景をお伺いできますか。
有沢ベースは、「キャリアを決める権利は個人にある、個人の自由だ」ということです。会社視点としては、社内でキャリアアップしてもらえればベストです。ただ、個人が社内でのキャリアップを目指すという選択をしない時、会社に個人を縛りつけたり、強制したりする権利はない。「会社が個人のキャリアを決める時代は終わった」と思っています。
会社には、個人のキャリアをサポートする義務があると思います。そして、会社のサポートを使うかどうかは、あくまで個人の自由です。
私はりそな銀行、HOYA、AIG損保を経て、12年前にカゴメに来ました。当時、外部労働環境の市場が変わってきているなかで、カゴメも変わっていかなければならないと思いました。
最初に手を付けたのは採用改革
東宮人事改革の中で女性活躍といったテーマもありますが、有沢さんがカゴメにいらした12年前は、どのような状況でしたか?
有沢当時は、カゴメにはプロパーの女性管理職はゼロという状況でした。前職のAIGではHRBP(Human Resource Business Partner)は女性であることが圧倒的に多かったですし、私の上司も、部下の課長も女性でした。その前のりそな銀行でも、女性管理職の登用を進めてきました。
ところがカゴメでは、私が入社した当時は課長274人のうち女性はわずか4人、部長92人のうち女性は2人。いずれも中途入社の方だけでした。また、執行役員、取締役は社外取締役を含めて女性はゼロ。こんな会社は見たことがありませんでした。
東宮私も新卒で入社したのが食品メーカーで、入社したときに総合職の女性は私一人でしたので、その感じはよくわかります。入社してみて、外から見えていたのと違いが大きくて愕然としました。
有沢カゴメの商品を買ってくださるエンドユーザーは6割以上が女性です。だったら、カゴメの社員や管理職も6割以上が女性じゃないとおかしいのでは、というのが私の考えです。だからといって、女性に「下駄をはかせる」のはアウトです。
同じ土俵で勝負してもらって優秀な人を上げていく、という当たり前のことをフェアに取り組んだ結果、プロパー入社の女性が課長になることも増えてきました。
東宮採用も変えたのですか。
有沢私がカゴメで最初に手掛けたのは新卒採用です。12年前は、営業職24人のうち女性は4人でした。今年の新入社員は、営業職23人のうち女性が18人です。
東宮すごい変化ですね。
有沢カゴメは比較的、女性に人気のあることもあり、女性の応募者は多い会社です。だからこそ、優秀な人から採用していけば自然と女性が多くなります。以前がそうでなかったのは、アンコンシャスバイアスですね。合理的な理由は無いのに、男性を優先して採用していた。その壁を破ってフェアな採用にしてきました。
いまカゴメのイノベーションを担っている研究開発職も、女性の修士・博士が大勢います。みなさんものすごく優秀なんですよ。
「当たり前のことが当たり前の権利として認められる会社」に
東宮転勤を伴う人事異動などの制度も改革されたと伺っています。従来までの大手企業では、総合職であれば全国転勤がつきもので、キャリア構築といっても、自分で考えるというより何も言わずにただ会社の指示に従う、ということが多かったように思います。
有沢転居を前提として採用する、ということも時代とズレてきているように思います。そう考えるきっかけとなったのは、海外のある現地法人に訪問して現地のCEOやVPとの夕食のときでした。
私が「日本では転勤があって、多くの父親や母親は子供の教育を優先して単身赴任する」と話したら、相手は「それは何かの罰なのか?会社に家族を引き離す権利は無いし、そんなことを強いる会社はやめるべきだ」と言われたことです。
その時は「そうは言っても日本では・・・」と反論しました。ですがその後、「私の方が、間違っていたのではないか。確かに家族が一緒に暮らすことが人間としてあるべき姿かもしれない」と考え直して作ったのが、「地域カード」施策です。
今の勤務地に留まる、あるいは希望の勤務地へ行くことを意思表示できるもので、1回の行使で3年間有効。2回使える仕組みになっています。
東宮「地域カード」施策は、大手企業としては非常に画期的で驚きました。社内で承認を得るのが大変ではなかったですか。
有沢当然、最初は大反対でした。「そんなことをしたら、東京・名古屋・大阪などに希望者が集まる」「会社運営が成り立たないのではないか」と。
ところが押し切って実施してみると、社員は全国から来ているので、「両親がいるから子育ての支援をしてもらえる」と北海道や仙台、九州などに異動希望する人もいて、東京・名古屋・大阪に集中するといったことはありませんでした。
もちろん組織のニーズなどで「どうしてもどこそこに赴任して欲しい」ということは今でもあります。ただ、大事なのはそもそもの原則をどこにおくかということです。単身赴任は会社・社員の両方にとってコストですから極力削減した方がいいですし、私は人間らしく生きる権利が、当たり前にある会社にしたかったのです。
経営&人事としての「現場」主義
東宮人事施策の改革を進められて、従業員のエンゲージメントに変化はありましたか。
有沢本社機能や営業部門では従業員のエンゲージメントは目に見えて向上しました。難しいのは工場です。工場でも、工場だけ利用できる時間休制度、生産性向上報酬制度、また、技能職の定年延長など、さまざまなことに取り組んでいます。一方で、本社機能や営業部門と比べると、まだ向上に差があります。
工場は実際に飲料・食品を作っている現場になりますので、例えば4勤2休のようなシフト勤務がありますし、リモート勤務も難しいといった事情があります。リモートワークのあたりは、コロナ禍の3年間を経てとくに顕著になってきました。
ただ、工場は飲料・食品メーカーにとっての最も大切な現場の一つです。いま賃金格差の是正などにも取り組んで、より良い状況にしていこうとしています。
東宮製造業における製造現場の問題は本当に難しいところですね。
有沢また数字には出てこないところでは海外ですね。カゴメはグローバル化を推進していますので海外赴任・出向者も多くいます。
東宮海外では、どのような課題があるのですか。
有沢私は、海外出張する時は駐在員の自宅を訪問するときがあります。たとえば、今度アメリカ出張がありますが、行ってまず2日間で駐在員の自宅を6か所回ります。それをやってから現地法人のCEOなどとの打ち合わせをしていきます。
アメリカだと生活環境もまだ整っていますが、アフリカ進出の拠点としているセネガルの首都ダカールに行ったら、日本食などどこにもありません。日本人にとっては非常に厳しい環境です。こういうことは現地、現場に行ってみないとわかりません。
これを見て、現地の駐在員には、パリかドバイへの飛行機チケット代と宿泊代を出すので3か月に一度、1週間の休暇に出かけて息抜きをするようにと、制度を決めました。
東宮施策は即決なんですか。
有沢極端に言えばそうです。こういうことは役員として、その場で決めます。とくに健康やメンタルに関わることは時間の猶予はない。現場で気持ち良く仕事をしてもらえる、安全な環境を整えるのは、経営として当たり前。現場が全てですからね。人事は現場の痛みがわからないとダメなんです。
働き方に留まらない「生き方改革」
東宮今、働き方改革を推進している会社は数多くありますが、カゴメ様は「生き方改革」と名付けていらっしゃいます。なぜ「生き方」なのでしょうか?
有沢「働き方改革」はある種会社からの視点で、労働生産性の向上が主目的になると思っています。インプットは時間、アウトプットはパフォーマンスで、より少ない時間でより大きなパフォーマンスを目指すということです。もちろん必要です。
ただ、個人から見たとき、大切なことは、たとえば、家族全員が一緒に安心安全に生活することです。これが「暮らし方改革」。カゴメでは「働き方改革」と「暮らし方改革」の両方を大事にしたいので、合わせて「生き方改革」と呼んでいます。
東宮会社と個人の両方の視点を踏まえての「生き方改革」という考え方は素晴らしいですね。
有沢働き方改革によって作り出した時間をどう使うかは、個人の自由です。その時間で自己研鑽しなさいと言ったら、業務命令になってしまいます。カゴメではスケジューラと勤怠システムを連動させて労働時間を可視化しています。
スケジューラは社内公開しているので、私のスケジューラも社員は見ることができます。だから私が退勤後に野球の試合観戦や、好きなバンドのコンサートに行っていることも、みんな知っています(笑)
東宮有沢さんご自身が「生き方改革」を実践されることで、部下や社員にも施策の意図が伝わりますね。
カゴメが魅力的であれば辞めない。副業解禁で心理的安全性を
東宮いろんな企業様でよく議論になるのが、キャリア自律や副業を促進すると優秀な人から退職してしまうのではないかという点です。有沢様ではどんな風にお考えでしょうか?
有沢その議論はもちろんあります。カゴメでは5年前に副業を解禁したのですが、大反対された理由は「そんな制度を入れたらいい人から辞めるじゃないか」でした。
私の答えは「いい人が辞めるのは、魅力がないからです。カゴメが魅力ある会社であれば辞めません。リテンションよりも大切なのはアトラクトです。カゴメが魅力ある会社であれば、むしろ、社員が副業を通じて出会った人をカゴメに連れてきます」と。さきほど申し上げたように、会社は個人を縛る権利はありません。いろいろなことを社員が経験できるようにすることは、会社の義務だと思います。
東宮「辞めるのは、会社の魅力がないから。魅力ある会社であれば辞めない」というのは凄くシンプルな真理ですね。副業制度を開始されて、今、副業されている方はどんな状況ですか?
有沢会社には健康管理義務がありますから、カゴメの副業制度は、年間労働時間が1900時間以内の人に限定で、その条件を満たせば誰でも副業が可能です。今では役員や多くの社員が制度を活用して副業しています。
カゴメの副業制度で特徴的なのは、カゴメの社員でありながら他社と雇用契約を結べる点です。その中で、たとえば、優秀な若手は自分でDXの会社を作って社長になりました。あまりにも優秀なので、カゴメは社員との雇用契約とは別で、その会社と業務委託契約を結びました。他にも、社労士資格を持って社会保険事務所を作った人などもいます。
東宮社員にとっては、キャリアの視野が大きく広がりますね。副業制度を運用されてきて、組織運営のなかでどんなメリット、またデメリットがあると感じられていますか?
有沢メリットは、カゴメではキャリアに関することは何をやっても大丈夫だという心理的安全性をもたらしていること。デメリットと感じることはありませんね。
副業制度を使うか使わないかは個人の自由です。副業制度があれば、本業をやりながら、自分のキャリアやチャンスを切り開くことも可能になる。会社がその機会を奪ってはいけないということです。カゴメの退職率は1.6%で非常に少ないですが、副業解禁後も変化はありません。
役員のKPIを全社公開するところから始めたジョブ型人事
東宮有沢さんがいらした12年前は、カゴメ様は良くも悪くも伝統的な日本の会社だったということですが、さまざまな施策を実行されてきて、会社が変わったと実感されたことがありますでしょうか。
有沢あります。最初にそれを感じたのは、役員評価制度をいれたときです。当時、カゴメに役員の評価制度はありませんでした。
社長、副社長、会長の3役と何十回も話し合って取締役会にかけたとき、当時の社長がこうおっしゃいました。「今から有沢さんがする話は、我々3役が熟考したものだ。もし役員評価制度が否決されるのであれば、我々を解任してくれ」と。その発言を聞いた瞬間、「会社が変わる!」と思いました。
トップが変わると、会社は変わります。そして、トップの意識を変える。それを支援することがCHOの大切な仕事のひとつだと思います。
東宮社長の覚悟で会社が変わるのですね。役員の評価はどのように行うのでしょうか。
有沢カゴメではジョブグレード制度(いわゆる“ジョブ型人事制度”)の導入に際して、詳細なジョブ・ディスクリプションは作成していません。評価はKPIの達成度合いで測ります。
役員含めた全社員がミッション、アカウンタビリティー、目標係数を自身で作成し、KPIシートにそれをどうやっていつまでにやるのかを書く。そして、導入に際しては役員全員がKPIシートを作成し、全社員に公開するところから始めました。
東宮役員のKPIシートを全社員に公開したのですか?
有沢そうです。カゴメは企業理念に「公正・透明な企業活動につとめ、開かれた企業を目指します」と書いてありますよね。だったらやりましょうよ、と。
今では役員がまず目標をたてて公開し、役員と部長が集まって漏れなく重なりのある目標を部長が作って公開する。次に部長と課長が集まって同様に目標をつくって公開し、さらにその下の担当も目標を作って公開する。結果的に全社員のKPIが全社に公開されています。これは、他社ではあまり見られないと思います。
透明性、客観性、心理的安全性がキャリア自律を育む
東宮ジョブグレード制度の導入とKPIの公開をされたことで、社員の皆様の意識に変化はありましたか。
有沢従来の日本企業では、Xという仕事を50代の男性、40代の女性、30代の男性がやっていると、50代の男性が最も高い給料をもらい、次が30代の男性で、40代の女性が一番少ないということも多かった。そのように、やる人に金額をつけるのではなく、年齢、性別、国籍に一切関係なく、仕事に金額をつけて支払う。これがカゴメのジョブグレード制度です。
KPIシートが公開されているので、例えば人事部長は何をやっているか、よくわかる。だからジョブ・ディスクリプションが無くても、他の人のKPIシートを見て「この仕事のこのグレードの仕事をしてみたい」と思えば、年に1回の自己申告などを通じて希望を出せばいい。これが社内におけるキャリア自律です。
透明性がありオープンで、客観性を持たせ、心理的安全性を確保する。それさえできれば、キャリア自律の仕組みはそんなに難しいことではありません。
東宮逆に難しい点は何でしょうか。
有沢KPIシートを本当に公開する覚悟です。カゴメでも最初はみんな、嫌がりました。ジョブグレード制度を導入する時は、まず役員に導入して、翌年に部長クラス、その翌年に課長クラスと、1年ずつ上から下へ対象範囲を広げていく形で実施してきました。一般社員はジョブグレード制度の対象でありませんが、KPIシートは作成します。
制度の実施とKPI公開は上から行い、不利益変更にならないようフェアに行ってきましたので、今ではジョブグレード制やKPIを公開することに不平を言う人はいません。
人事に不可欠なトップとの信頼関係
東宮カゴメ様では社長の報酬も公開されたそうですね。
有沢カゴメ通信という社内報に役員全員の報酬制度の改革と社長の年収の固定報酬と変動報酬の実額を掲載しました。当時、それを見た本部長の数人が私のところに来て、「有沢さん、カゴメ、変わりましたね」と。この瞬間「勝ったな!」と思いました。
東宮お話を伺ってきて、トップと有沢さんの信頼関係の強さがすごいと感じます。トップとのコミュニケーションで、最も心がけていることは何でしょうか。
有沢トップが何を目指しているのか、何をしたいのか。そして私が何をやりたいのかを共有するコミュニケーションをものすごく密にとっています。
「こういうことはどうですか?」と提案してみる。それが刺さらなかったら、「考えを変えたのですが、こういうのはどうでしょうか?」と、何度もお互いの意見を統合して、時にはトップの意識を変えていく。だから社長のところには絶えず足を運んでいます。そして、何をやってどう変わったのかを、きちんとお見せすることです。それがCHOの仕事です。
東宮人事の施策やキャリア自律について、難しく考えすぎて施策が複雑になり、社員が自律的になれていないと悩んでいる会社様も多いです。シンプルに考えればいい。ただし、上が覚悟を決めて、上からやってみせることが実行の肝ということが良くわかりました。これを実行できる会社が強いのだと改めて感じました。本日は、大変貴重なお話をいただきありがとうございました。
常務執行役員CHO(最高人事責任者) 有沢 正人 氏
取締役 東宮 美樹 氏
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