会社が繁栄し長期的に発展するためには、商品やサービスを通じて顧客に満足してもらい評価される必要があります。商品やサービスを提供するのは、会社でいえば従業員、すなわち「人」です。したがって、社員一人ひとりの「能力や資質の向上」、つまり人材育成は、会社の将来的な発展・繁栄のために不可欠な取り組みです。
では、人材育成の効果を最大限にするには、何が大切になるでしょうか? また、近年いわれる「人財」の考え方を、従来からの人材育成に活かすにはどうすればよいのでしょうか?
当記事では、企業における人財育成/人材育成をテーマに、人財と人材の考え方、育成の目的、および階層別の育成ポイントを解説します。
<目次>
人材育成・人財育成とは?
人材育成は「個々の能力や資質の成長」を期待する取り組みです。事業・会社で活躍する「人材」を育成します。そして「会社全体の将来的な発展・繁栄」のための「人財」の土台となっていきます。最初に、「人材」と「人財」言葉の違いを説明し、および人材育成をベースに人財育成とは何かを定義します。
「人材」と「人財」の違い
従来用いられてきた「人材」に対して、近年では「人財」という言葉を掲げる企業も多くなりました。それぞれの用語の違いを以下で説明します。
【人材】
人材は英語で表すと「human resource」となり、会社の業務を行ううえで必要となるスキルや能力を備えている人、個人あるいは集団を指します。言葉の通り「人材」は、個々に能力や資質をもっています。会社が業績を上げるためにはなくてはならない人的資源であり、存在です。
【人財】
あえて「人財」という文字をあてるときは、多くの場合、企業からの視点で、従業員を替えが効かない存在であり、富を生み出していくかけがえのない宝であるととらえているというメッセージが込められています。人財は、英語で言うところの「human capital(人的資本)」にあたります。
人的資本は、Capital(資本)という言葉の通り、コストや時間をかけることでより大きな存在に成長し、富となって貯えられ、活かされていく可能性や期待を込めて、人事戦略を策定する際にも多く用いられます。
上記で説明した通り、「人材」と「人財」は、企業がどのように社員のことを捉えているか、その捉え方の違いで使い分けるケースが多いと言えます。「人材」を「人財」と言葉を置き換えている会社も少なくありません。
しかし、これまで、能力や資質の向上を主眼におく場合、個人として、集団として、働く人間の側にも、企業の側にも「人材育成」という言葉が定着してきました。
そこで本記事では、能力や資質の面からの育成である「人材育成」の基礎知識をベースとしてふまえつつ、特に、企業の視点から見てのかけがえのない、替えのきかない資本であることや、長期視点で大きくふくらみ、活かされるものという意味合いが強いときに「人財育成」の用語を用います。
特にどちらかに意味を限定しない場合は、人材育成、または、「人材育成/人財育成」と併記するものとします。
人材育成/人財育成とは?
企業組織には能力や資質をもった複数の人材が集まっており、企業にとっての人財となるべく大きく成長していくことが期待されています。
しかしどんな人も、最初から確かなスキル・能力を備えているわけではありません。新卒・中途に関わらず、会社に採用された段階で、いきなり業務で十分なパフォーマンスを発揮できる人はほとんどいないでしょう。
じっくりと時間をかけて人材としての育成(人材育成)を行い、それぞれの人材が持つ潜在能力を引き出していくことで、より高い成果を上げられるようになるのです。すなわち人材育成とは、事業の成長と発展に貢献できる能力や資質を磨き、人材を育てることを目的とした、一連の活動・取り組みといえます。
そのうえで、各社は、今後の事業活動に求められるスキルや人材モデル、中期経営計画などをふまえつつも、さらに大局的に、企業理念や会社の将来のビジョン、ありたい姿なども描きながら、戦略的・継続的に長期的視野で「人財育成」を行う必要があります。
例えば、「5年後に拠点を10か所増やすためには、10人の拠点長と拠点長を支える30人のチームリーダーを新たに育成する必要がある」「10年先の事業成長を考えれば、いまの社員の中から幹部候補や新規事業のリーダーを輩出することが必要だ」と、中期経営計画に基づいて戦術的に必要な人員を計算する場合もあります。
また、「2030年のSDGsの達成に向けて、わが社では働きがいも経済成長も推進できるよう(目標8)、ジェンダー平等を実現できるよう(目標5)、そのための人づくりや事業づくりができるよう、将来の人財となる人物が必要だ」というように定性的な戦略に基づいて人を育てていく場合もあります。
人材育成・人財育成とは、企業の将来を作るための活動でもあるのです。
企業における人材育成・人財育成の目的
本章では、企業における人材育成・人財育成の目的を4つに絞って解説します。
(1)事業計画の遂行(人材育成/人財育成)
中期経営計画に基づく戦術的な計画と、SDGsの達成のような定性的・戦略的な計画があることは、上記で述べた通りです。そして、既存事業など短期の事業計画であれば、人材育成の色が濃くなり、新規事業や長期の事業計画であれば、人財育成の色が濃くなるでしょう。
(2)事業の生産性の向上(人材育成)
人材育成の目的の2つめは、生産性向上です。社員一人ひとりの生産性は、企業全体の生産性に直結します。もし生産性の向上によって業務が効率化すれば、戦略や企画立案、新商品・新サービスの開発といった、事業のコアバリューを磨くための活動に、より注力できるようになります。
2019年から施行された働き方改革関連法の動きを受けて、既に多くの企業が生産性を高める取り組みを模索しています。それぞれの事業に適した人材が配置されたあと、より高い成果を引き出すことを目的として、個々の能力や資質を磨くための人材育成は欠かせません。
一人ひとりの生産性を向上させていくためのアプローチや研修を続けていると、物の見え方や考え方が広がり、新市場獲得につながる新たな視座を獲得できたり、隣接領域への展望が開けたりする場合もあります。
既存事業にとらわれない新しい価値を生み出すことはどの企業にも共通する課題です。また、その価値創出の機会から「人財」が生まれ、育っていく可能性もあります。
(3)優秀人材の流出防止
人材育成の目的の3つめは、優秀人材の流出防止、および従業員の定着率の向上です。現在はどこの職場でも優秀人材の不足が深刻化し、スキル・経験を持つ人材の獲得は困難を極めています。
しかし、苦労して優秀人材を獲得できたとしても、「成長機会が十分に得られない」と本人が感じれば、「この企業に属する必要があるのか」と考えて退職してしまう可能性は十分あります。実際に、ある程度のスキルを身につけた後に従業員が転職してしまうケースも珍しくありません。
まず、離職リスクを回避しましょう。社員の退職は、蓄積したノウハウの流出、新たな人材採用に割くコスト・人的リソースの増加、さらにはいちから育成を始める必要が生じるなど、企業経営に大きな痛手となります。そこで、仕事の充実や職場環境の向上に加えて、人材育成を通じて個々の成長機会や成長実感への気づきをタイミングよく実施することが離職防止になります。
不満に思っている問題を客観化して建設的に話し合っていくスキルの取得、これまで積み重ねた業務スキルを棚卸しして、その価値に気づくことも効果的です。さらに、そのうえで、どのように活躍の場をつくっていくか、モチベーション向上や成長実感をどうフォローするかなど、離職防止の観点からも、従業員を「人財」として扱っていく人財育成には重要な役割があります。
なお企業において業績貢献は欠かせない評価軸ですが、優秀さを短期的な業績一辺倒で評価してしまうと、多様な人財育成、中長期的な人財育成には悪影響を及ぼすことも有ります。
組織文化や企業全体としての文化をどのように醸成していくか、また、少し時間軸が長い「価値の創出」を意識してもらうことも必要です。それらの視点が、リーダーの大局観醸成につながります。
(4)将来を担うリーダーの育成
人材育成の目的、4つめは将来のリーダー育成です。事業を今以上に成長させるためには強い連携が取れたチームが不可欠です。そして各チームが高いパフォーマンスを発揮できるかどうかは、リーダーの存在にかかっています。
リーダーに求められるスキルや能力としては、主に以下のようなものがあります。
- 目標設定力
- 計画力
- コミュニケーション力
- 問題発見・解決能力
- プロジェクト管理力
- ファシリテーション力
- 人材育成力
上記のスキルは、業務で経験を積む中で自然と身につくこともあるでしょう。
しかし、リーダーを育成する機会を企業が設けることによって、より体系的・計画的なリーダー育成が可能になります。そして、リーダーが「業務」と「人間」の両方に精通して、広い視野や長期的視点を獲得していけるようにすることが、人財育成として求められるところです。
企業における人材育成と人財育成についてまとめると、まず、スキル的な教育研修による人材育成。さらにタイミングを押さえた成長機会や成長実感による離職防止、そして、中長期的な視点で組織文化の醸成や次世代リーダー・幹部となる人財育成がポイントになります。
効果的な人材育成・人財育成のポイントを階層別に解説
ある程度以上の規模の企業であれば、新入社員やベテラン社員など、社員の年次や階層も様々です。社員の年次や階層によって仕事の内容や期待される成果、求められるスキルのレベルは異なります。
それぞれの階層に合わせた育成計画を策定して取り組むことで、計画的に人材育成・人財育成を進めることが可能になります。記事の最後では、社員の階層に応じた育成の効果的なポイントを解説します。
新入社員の育成ポイント
入社して日の浅い新入社員の育成では、最初に社会人としての意識を持たせること、また自社の経営理念や事業の基本方針を理解させることがポイントです。そのうえで、ビジネスマナーや仕事の基本スキルを身につけさせるとよいでしょう。
新入社員の育成は、組織に馴染み戦力化することが主目的ですが、同時に、中長期的な成長に向けて仕事の「型」、仕事への姿勢や考え方の「型」を身に付けさせることも非常に大切です。「鉄は熱いうちに打て」ということわざもあります。最も吸収力がある新入社員、若手のうちに、仕事への姿勢や考え方などを身に付けさせることがポイントです。
新入社員の育成方法としては、主に以下が挙げられます。
ビジネスマナー講座や新入社員研修など、実務から離れての研修です。新入社員の初期研修はOff-JTが中心となることが多いでしょう。
実際の業務に携わりながら学んでもらいます。優しい繰り返し業務から徐々に難易度を上げていくことが一般的です。
質問がしやすい環境づくりも大切ですが、新人のうちは、質問するスキルにも個人差があります。定期的に声をかけてマインド面をケアする担当(ブラザー・シスター)を決めておくことも有効です。
経験の浅い新入社員は物事を俯瞰的に見たり、内製したりするスキルも浅いです。1人で悩みを抱え込んでしまいがちですので、OJTに移行した後も人事等による個別面談を実施すると定着促進に効果的です。
新入社員のうちは「出来ないこと」だらけです。未知の業務に取り組むわけですから当然のことです。しかし、出来ないことばかりにぶつかると心が折れてしまいがちです。成長実感を獲得したり、新たな目標設定したりしてモチベーションUPを図るフォローアップ研修をOJT開始3か月、入社1年など、節目のタイミングで実施するのがおススメです。
また、経営コンサルティング会社の識学が提供するメディア「識学総研」によると、新入社員には、明確な基準を設定し、それをクリアした人には、その基準の人ができることを「やってもいい」という権限を与える必要があると記載されています。
少しずつ、新入社員に権限譲渡していくことで、「できる」「頼りされている」と感じてもらい、モチベーション向上にも繋がるでしょう。
若手~中堅社員の育成ポイント
担当業務の経験もある程度身につけて、仕事を任されているのが若手・中堅社員です。若手・中堅社員の人材育成では、今以上に生産性を上げる仕事力や専門性を身につけ、主体的に課題解決を図れるようにすることを目標にするとよいでしょう。
能力や考え方のレベルアップと、仕事の質を高めたり幅を拡げたりすることに取り組ませながら、より高度な業務への挑戦機会を与えられるようにしていきましょう。
また若手・中堅社員の人材育成では、後輩指導を任せたり、リーダー体験をさせたりすることも重要です。若手・中堅社員の育成には、次のようなテーマや切り口があります。
- レベルアップに必要な能力や考え方、専門性の研修
- MBO運用やPDCAを通じた基礎スキルの向上(目標設定、計画力、時間管理、タスク管理、報連相などのスキルUP)
- OJT担当や後輩指導などを通じたマネジメント、育成経験
- 1on1やキャリア面談によるキャリア設計やメンタルフォロー
- マンネリ化を防ぎ、殻を破らせるリフレクション(振り返り)研修
こうした育成を、業務と連動しながら実施していくことになりますので、偏りが生じないよう、複数の視点から育成の状態を見ていくことが肝要です。
「業務と連動」と書いた通り、優秀層をリーダー・管理職へ引き上げていくための権限移譲や難易度が高い仕事への抜擢による育成も大切です。また、自社内だけでなく、積極的に選抜人材を外部研修に参加してもらうことも成長への刺激としては有効です。
リーダー・管理職の育成ポイント
自分の力で個人の目標を達成すれば良かった若手・中堅社員と異なり、リーダー・管理職層はチームや部門の成果を上げることが求められます。人を動かしてチームや部門の成果を上げられる人材作りこそが、リーダー・管理職層の人材育成です。
リーダーや管理職が組織の目標を達成するには、部下・メンバーの協力が欠かせません。従って、人間関係・信頼関係を築くスキルである「ヒューマンスキル」を身につけることが非常に重要となります。
ヒューマンスキルはどの階層・職種でも大切ですが、自分でパフォーマンスするプレイヤーから、人にパフォーマンスしてもらう管理職へ切り替わるタイミングでは、とりわけヒューマンスキルの獲得が重要となります。人格形成や信頼関係の構築スキル、叱り方や褒め方、コーチングやファシリテーションなどの研修がポイントです。
その他、リーダーや管理職の主な育成テーマとしては下記のようなものが挙げられます。
- プレイヤーから管理職への変化を支援する新任管理者研修
- 目標設定、計画立案、KPI管理などのマネジメントスキル向上
- 成長意欲や危機感を醸成する360度評価やリフレクション、他流試合
リーダー・管理職の育成は、会社規模によっては対象人数が少なくなりますので、外部研修を活用した視点も大切です。
また、最近のリーダー・管理職は「プレイングマネージャー」として多忙なことも多く、育成が後回しになりがちな側面もあります。だからこそ、リーダー・管理職の育成には経営層がきちんと興味関心を持って取り組むことが大切です。
リーダー・管理職が習得すべきスキルは、現場で成果を上げるための能力です。そのためにも、リーダー・管理職の育成は1回の「研修」で終了するのではなく、「学んだことを実務で実践して振り返る」学習サイクルを構築して回しつづけることが大事になります。
幹部候補・幹部の育成ポイント
経営幹部は、部門全体の業績の責任を担う存在です。現在のようにビジネス環境が猛スピードで変化する状況では、経営トップが全ての部門を指揮するには限界があります。そのため経営幹部は、経営者とマネジメントチームを組んで、「部門の経営者」として事業や組織をけん引し、企業の将来の成長・発展につなげていくことが期待されます。
幹部・幹部候補には、マーケティングやアカウンティング、事業戦略の知識、全社的・中期的な視座の高さや視野の広さなど、多岐にわたる知識とスキルが求められます。これらの知識やスキルを座学や研修で学ぶことは、幹部候補や幹部の育成では必要です。
そして、学んだ知識やスキルを、業務を通して人や組織を活かす形で実践する機会があってこそ、学んだ意味があります。幹部・幹部候補の育成では、学んだ知識・スキルを実際の事業で生きたものとして活用できるかどうかがポイントです。従って、「事業を動かす経験」をどのように設けるかも、幹部育成では重要です。
また、幹部層はリーダー・管理職以上に、使命感や責任感などの心構え、ビジョン創造といったコンセプチュアルなスキルも求められます。
幹部候補・幹部になると、それぞれの強みや得意領域も確立されてきており、持っている経験もそれぞれです。従って、幹部層の育成は、研修による知識のインプットや現状の振り返り、人事配置を通じた現場経験をある程度オーダーメイドで考えていくことになります。
まとめ
記事では「人材育成/人財育成」をテーマに、「人材」と「人財」の言葉の違いや人材育成/人財育成の目的、および階層別の育成のポイントを解説しました。
冒頭でお伝えしたように、社員の能力やスキルは企業全体の業績に直結します。人材育成を通じて、社員一人ひとりの能力・スキルが成長することで、業績や生産性の向上、優秀な人材の定着といった、会社の将来に大きく影響する様々な恩恵が生まれます。
その結果、企業としての競争力が増して、将来にわたって長期的に成長していくことが可能になります。また、過程で、企業・組織の文化が醸成され、輝く「人財」に満ちた場ができてくると、新たな「人材」や「人財」が外部から集まってくる好循環もできてくるでしょう。
記事内容が、今後の人材育成/人財育成をより良いものにするヒントとして、少しでもお役立ちできれば嬉しく思います。