逆パワハラとは、部下から上司に対するパワハラ(逆パワハラ)を指します。一般的にパワハラと聞くと、上司から部下への暴力や嫌がらせをイメージする方が多いかもしれません。しかし、実は部下から上司へのパワハラ(逆パワハラ)も深刻な問題となっています。
逆パワハラは、上司の権威や信頼を失墜させたり、組織の業績や雰囲気を悪化させたりするだけでなく、組織としての法的な責任を問われる可能性もあります。
逆パワハラとはどのような行為でしょうか?逆パワハラの原因は何でしょうか?逆パワハラが生じた際にはどう対処すればいいのでしょうか?
記事では、逆パワハラに関する基本的な知識と対策を、具体的な事例や判例も交えて、詳しくご紹介します。
<目次>
逆パワハラ(部下からのパワハラ)の定義
本章では、最初にパワハラおよび逆パワハラの定義に触れながら、逆パワハラを放置することによる組織への悪影響を解説します。
逆パワハラとは
まず、パワハラの定義は以下のとおりです。
- ①優越的な関係を背景とした言動であって、
- ②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、
- ③労働者の就業環境が害されるもの
一般的な①の優越的な関係は、「上司から部下へ」「発注元から発注先へ」といった関係性が想像されやすいでしょう。しかし、ポジションにおける上下や金銭的な関係に縛られるものではなく、“優越的な関係”の実態があれば「部下から上司へ」でもパワハラは適用されます。
当然、上記3つの要件に該当すれば、部下→上司への行為もパワハラと見なされます。部下からのパワハラは一般的に、逆パワハラと呼ばれます。逆パワハラにおける「優越的な関係」とは、たとえば以下のようなものを指します。
- 業務遂行上、上司よりも豊富な知識、スキル、経験を持つ部下による行為
- 部下集団による行為
逆パワハラを放置することによる組織の崩壊
上司が逆パワハラを放置すると、リーダーや管理職などの役割を果たせなくなります。
たとえば、パワハラ加害者である部下に怯えていると、その部下だけに優しく接したり特別な対応をしたりすることになります。その光景を見ているほかの部下は、不公平感を抱き、不満や不公平感から職場内の規律が崩れてしまうでしょう。
また、パワハラをする部下に厳しいことを言えなくなれば、組織としての生産性向上や目標達成も難しくなります。
逆パワハラの現状
逆パワハラの現状を簡単に紹介します。
逆パワハラの現状
逆パワハラは、主に部下から上司や先輩に対して行うパワーハラスメントのことを指します。逆パワハラは通常のパワハラとは異なる形で発生するものであり、役職や立場の上下関係が逆転する形での嫌がらせや不当な扱いです。
逆パワハラでは、「自分が役職や立場としては下である」という認識があることなどから加害者が自身の行為を問題と捉えていないケースも少なくなありません。また、被害者である上司も、「マネジメント能力がないと思われるのではないか」などと考えて相談しにくい状況が生じるため、発生件数は、明らかになっている件数以上に多いと考えられます。
逆パワハラが増える背景
逆パワハラが増加している背景には複数の要因があります。
まず、パワハラが社会問題として認識されるようになり、部下も自身の権利を主張しやすくなったという要因です。上司がパワハラを恐れて部下に対して強く出られなくなったことも、逆パワハラの増加につながっていると考えられます。
また、人口動態や雇用慣習・人事制度に伴って、上司よりも部下の方が年上であったり、部下の方が分野の専門性が高かったりするケースが増えたことも逆パワハラを引き起こす要因として指摘されます。他にも人手不足の加速により、退職を恐れる上司が増えたことも要因になっているでしょう。
部下から上司への逆パワハラの事例と判例
部下から上司への逆パワハラによって精神的な病や離職に至った場合、労災の支給などを求める会社への訴訟、また、相手方に対して損害賠償を求める民事訴訟などが引き起こされる可能性もあります。本章では、逆パワハラの3つの事例と判例を紹介します。
同僚、部下の集団による嫌がらせ行為
(大阪地裁平成22年6月23日判決(労働判例1019号75貢))
Aさんは、ある企業で部下の指導的立場でした。しかし、同僚や部下による以下のような集団嫌がらせによって精神疾患を患い、長期の休職期間の満了後に解雇の辞令を受けることになります。
- 部内勉強会で「あなたが参加して何の意味があるの?」と文句を言われた
- ほかの支社の同僚から悪口を言われたり、嫌がらせを受けたりした
- 女性の同僚・部下の間で、自分に対する陰口のメッセージが行き交った
など
裁判では、Aさんが精神科医から受けた「うつ状態・不安障害」という診断に、業務起因性があると認められました。
部下による中傷ビラの配布
(東京地裁平成21年5月20日判決(判例時報2059号146貢)
パート従業員が処遇に不満を抱き、上司である店長のBさんに関する中傷ビラを作成し、労働組合に持ち込んだ事例です。中傷ビラには、以下のような内容が記載されていました。
- 食券を再利用して社員食堂の売上を着服している
- 食堂の金庫から1万5,000円を盗んだことがある
- 部下の女性社員を口説く・尾行するなどのセクハラ行為を行なっている
など
企業側の調査によって、Bさんの不正は確認されませんでした。しかし、Bさんは店長職の兼務から解かれることになります。その時期から約10年後に調理現場に戻ることができたものの、Bさんは遺書を残して縊死してしまいました。
裁判では、Bさんの縊死における業務起因性を認め、労働基準監督署長が決定した労働者災害補償保険法による遺族補償給付を支給しない旨の処分を取り消しています。
部下から上司に対する暴言
(日本電信電話事件(平成8年7月31日大阪地方裁判所判決、労働判例708号81頁))
上司への逆パワハラによって解雇された部下のKが、自身への懲戒解雇が不当であることを訴えた事例です。Kは、上司であるCさんに対して、大きな声で以下のような暴言を吐いたり因縁をつけたりしていました。
- 「(部長の所在などを)ちゃんと教えろ」と言うたやろ
- あんたのしたことには、家族全員に責任がある
- 妻子を連れてきて、俺の前で土下座をして謝れ
など
こちらは解雇されたKが裁判を起こしたケースですが、裁判所は、Kの執拗な因縁や暴言が職務上の規律や企業の風紀を乱す行為だという理由から、Kを懲戒解雇とした企業側の判断は相当と認めました。
逆パワハラの原因
部下から上司への逆パワハラ被害は、交通事故のように偶然起こるものではありません。多くの逆パワハラの背景には、以下の原因があります。
部下と上司の能力逆転【原因①】
店舗展開などをしている業態の場合、経験の浅い店長(正規雇用)の下に、長い経験を持つパートやアルバイトが複数つくケースが起こりがちです。
また、全国展開しているような企業においても、ジェネラリストとして育成される全国転勤型の管理職の下に、拠点での長い経験と人脈を持ったエリア採用の部下がつくことがあります。
こういったケースでは、上司の経験が浅いうえで、部下側が職場における実質的な人間関係や権限を押さえていることで、逆パワハラが起こりやすくなります。
また、近年では、人材の流動化によって、年功序列制度のなかで働いてきた能力がそう高くない上司の下に、中途などで優秀な人材が部下として突然入ってくるケースも増えています。
このケースでは、権限などは逆転しませんが、上司と部下で能力逆転が生じます。能力の高い部下からすれば、上司の要領の悪さや度重なるミスが目に余り、苛立ちから強いことを言ってしまいます。その指摘や批判がエスカレートすれば、部下から上司への逆パワハラとなる場合もあるでしょう。
マネジメントに対する不満【原因②】
前述の通り、ベテランアルバイトの多い飲食業などの店舗ビジネスでは、特に逆パワハラは起こりやすい構造になります。
たとえば、飲食業の店舗では、20代の若い正社員が、多数のアルバイトを管理することがよくあります。この店舗で、長く働くベテランのアルバイトがいた場合、新しく赴任してきた正社員のマネジメントのやり方が気に入らないなどの理由で逆パワハラが起こりがちです。
能力逆転に加えてマネジメントへの不満から、ベテランがほかのアルバイトを巻き込み、集団による仕事のボイコットなどが起こるケースもあります。
ハラスメントに対する誤解や認識の甘さ【原因③】
ハラスメントを糾弾する価値観が急速に浸透したなかで、「上司→部下はパワハラだが、部下→上司はOK」のような誤認識が生まれているケースもあります。
その結果として、「上司には何を言っても良い」「上司が何か厳しいことを言ってきたら『それパワハラですよ!』と言い返せば良い」といった認識の甘さが逆パワハラを生み出します。
先ほど紹介した逆パワハラの判例などでも、逆パワハラを起こした部下側は「何をすると逆パワハラになるか?」をわかっていない、部下から上司に対して、「向こうが上のポジションで責任もあるわけで、多少やり過ぎても問題にならないだろう」と思っていたケースが多い傾向にあります。
また、上司も役職としての責任感から「これは逆パワハラである」という認識を持てない、持ったとしても亀のごとく耐え続けてしまい、結果として心身が壊れてしまうケースも多いです。
逆パワハラを起こさないための予防策
逆パワハラは、生産性向上や目標達成につながる正当なマネジメントを妨げます。そのため、以下に挙げた方法によって、組織全体で逆パワハラを起こさないための予防策を取ることが大切です。これらの対処方法は、上司から部下への一般的なハラスメントの対策でもありますが、逆パワハラを防ぐうえでも有効です。
予防策① ハラスメントを許さない組織風土の形成
まず、2020年6月1日より施行された改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)では、事業主に対して職場でパワハラを行なってはいけない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発することを義務付けています。
方針の明確化では、パワハラを行なったメンバーへの厳正な対処を就業規則に記載し、その内容を周知することも求められます。ただし、方針を周知しただけでパワハラはなくなりません。方針の明確化・周知のほかに、パワーハラスメントを許さない・起こさない風土や環境づくりも必要となります。
厚生労働省の資料では、パワーハラスメントが起こりやすい職場には、以下のような特徴があるとしています。
- 残業が多い、休みが取りづらい
- 失敗が許されない
- 上司と部下のコミュニケーションが少ない
など
たとえば、残業の多さ・休みの取りづらさ・失敗の許されなさの3つは、組織における他者への許容度や心理的安全性の低さとも大きく関係しています。
心理的安全性とは、上司やメンバーの反応に怯えたりせず、安心して行動・発言ができる状態です。心理的安全性の高い風土を目指せば、パワハラ・逆パワハラも起こりにくくなります。
また、上司と部下、同僚間のコミュニケーション機会を増やし、相互理解を高めることも、パワハラなどの人間関係トラブルを防ぐうえで大切です。
出典:令和2年労働施策総合推進法の改正(パワハラ防止対策義務化)について
出典:職場のパワーハラスメント対策ハンドブック 各社の取組事例を参考に(公益財団法人21世紀職業財団)
予防策② ハラスメントに関する教育や研修
部下から上司へのひどい暴言や無視などは、逆パワハラ行為だと自覚されないまま、エスカレートしていくことが多いです。この問題を防ぐには、教育・研修を通して、全メンバーがハラスメントに対する正しい認識を持てるようにすることが大切です。
なお、厚生労働省の資料では、防止効果を高めるために、パワハラの発生原因や背景に関して労働者の理解を深めることが大切だとしています。
上司がハラスメントを誤解、また、「ハラスメントです!」と言い返されることを恐れて、しっかり指導できないことが逆パワハラを助長しているケースもあります。前述したような逆パワハラが起こりやすい構造がある業態や職場においては、特に管理職層に対するハラスメント研修は重要です。
また、部下側に対しても、ハラスメントの被害者にならないための研修と同時に、逆パワハラの加害者とならないようにきちんと伝えることが大切です。
研修を実施するうえでは、専門知識も必要ですし、第三者によるレクチャーのほうが聞き入れられやすい側面もありますので外部研修の利用もおすすめです。HRドクターを運営する研修会社ジェイックでも、管理職向けに「良いパフォーマンスを引き出す職場環境を作るハラスメント研修」を提供しています。
研修は、ハラスメントの定義を基礎から学ぶとともに、ロールプレイングやケーススタディなどの実践も充実しています。実践を通して身に付けたことは、仕事の現場で部下の指導をする際にも役立つでしょう。
研修のほかには、社内報などでパワハラ・逆パワハラの発生原因などを定期発信するのもおすすめです。
予防策③ 相談窓口の設置
相談窓口の設置も、改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)で定められた事業主の義務です。もちろん、相談窓口の周知も必要になります。
ただし、管理職層には、「逆パワハラで悩んでいるのを相談したら、それはお前の指導力不足だ」と言われる、マイナス評価を受けるといった心理も生じやすい傾向があります。逆パワハラの深刻化を防ぐためには、こういった管理職層の心理に対する配慮も必要です。
相談窓口は設置して終わりではなく、窓口の担当者が、状況に応じて適切な対応ができるようにすることも大切です。担当者に対しては、相談対応の研修を行なう必要があります。
予防策④ パワハラの定義や事例を社内で周知する
パワハラ(パワーハラスメント)とは、職場における優越的な地位の乱用によるハラスメント行為全般を指す言葉です。パワハラには過度な要求、無視、人格の否定などが含まれます。そして、パワハラには、上司から部下だけではなく、部下から上司、アルバイトやパートから社員に対して行われる行為も含まれます。逆パワハラを防ぐためには、まず職場でのパワハラ行為全般の定義と事例を社内で共有することが大切です。
社内での周知活動には、例えばポスターやリーフレットの配布、社内インターネット上での情報提供、定期的なミーティングでの話題提供などが効果的です。従業員がパワハラに対する正しい理解を深め、自分自身や他人がパワハラを受けた場合に適切な対応を取る、また無意識にパワハラを行ってしまわないようにしましょう。
予防策⑤ 上司と部下のコミュニケーションの促進
職場におけるコミュニケーション不足は、誤解や不信感を生み出し、結果として逆パワハラの原因となることがあります。従って、上司と部下の間の信頼関係を築くことは、逆パワハラを防ぐ上でも非常に重要です。
まずは定期的なミーティングの実施、フィードバックや部下の意見や要望を聞く機会の提供などが基本です。また、非公式なコミュニケーションの場を設けることも、リラックスした環境での意見交換を促し、相互理解を深めるのに役立つでしょう。
こうした取り組みが実施されると、部下は自分の考えや感じていることを伝えやすくなるでしょう。自分の意見をきちんと伝えて職場が良くなる体験を積むと、職場の一員としてのエンゲージメントも向上し、逆パワハラも生じない信頼関係が生まれでしょう。
逆パワハラが起きたときの対処法
万が一逆パワハラが発生してしまった時は、どのような対処が適切でしょうか?本章では、組織内で逆パワハラが発生した際の対処法について解説します。
対処法① 相談窓口で対応する
逆パワハラの事案などは、当事者、またその周辺からの訴えで、人事や相談窓口などに伝わってくることが多いでしょう。逆パワハラは、上司側は立場やプライドなどもあり、相談窓口にはなかなか言いにくいケースも多いものです。他のパートや同僚、状況を察した上司の上司などが、相談できるような仕掛けや風土を作っておくことが大切です。
相談を受けた際は、秘密厳守などをきちんと確認して事情聴取を行うこと、まずは発言に対して偏った見方をせず、言い分をきちんと聴ききることが大切です。なお、情報については、本人が見た/聞いたのか、伝聞なのかなどは確認・区別して記録しておきましょう。
対処法② 事実を確認する
ハラスメントは非常にナーバスな問題です。相談窓口に持ち込まれる頃には、人間関係が悪化しており、感情的な対立等が生じていたり、伝聞や憶測・誇張が含まれていたりすることもあります。きちんと事実関係を確認することが大切です。片方の当事者だけの言い分を聞いて判断しないようにすることが大切です。複数の第三者からの事情聴取、また、音声や写真、動画などで客観的な事実を確認することが重要です。
対処法③ 毅然とした態度で指摘、注意する
事実関係を確認したうえで、逆パワハラを行っている相手に対しては、毅然とした態度で臨むことが肝心です。指摘や指導する際には、私見や感情を交えず、事実のみにフォーカスして行う必要があります。ただし、注意の仕方によっては、逆に相手を刺激してしまう可能性もありますので、配慮が必要です。
対処法④ 指導の記録を残す
実施した調査やの記録、また指導内容等に関しては、しっかりと蓄積していきましょう。口頭で注意したにも関わらず状況が改善しないなど、対応をエスカレートしたい場合に、指導の記録が残っていることが重要になります。
事実調査でどのようなことが確認されて、調査を受けて、いつだれにどのような指示・指導を行ったのか、それに対して相手からどのような反応があったのか…といった内容です。もし懲戒や解雇処分などに踏み込む際に記録の存在が重要になります。
まとめ
部下から上司への行為であっても、①優越的な関係を背景にしていて、②業務上必要かつ相当な範囲を超えていて、③労働者の就業環境が害されていれば、逆パワハラに該当します。
逆パワハラは、おもに以下の原因で起こることが多いです。
- 部下と上司の能力逆転
- マネジメントに対する不満
- ハラスメントに対する認識の甘さ
逆パワハラを放置すると、上司は萎縮してしまい、適切な指示や指導ができなくなります。また、パワハラをする部下に特別な対応をすることで、ほかのメンバーに不公平感を与え、組織の規律が崩壊することもあるでしょう。また、上司の心身不調や離職につながる場合もあります。
こうした問題を引き起こす前に、組織全体でハラスメントへの十分な対策を行ないましょう。