新卒でも中途でも採用した人材に対して、研修期間を設けて業務に必要な知識や技術を学ばせる企業が殆どです。
では、「研修期間」中に採用した人材が期待通りでなかった時に解雇することは可能なのでしょうか?
記事では、研修期間の位置づけや、解雇することのリスク、研修期間中の解雇が正当なものと認められるための留意点などを解説します。
中小企業の場合、採用に携わっている方が労務に詳しくないケースも多くあります。大きなトラブルを引き起こさないために、ぜひご確認ください。
<目次>
研修期間とは?
人材を採用した後、研修期間を経て本格的に配属、また、業務に入ってもらうことはよくあるケースです。
そもそも「研修期間」とは法的にどのような位置づけとなるものでしょうか。
研修期間とは?
研修期間とは、採用した従業員に対して業務に必要なスキルを身につけさせるための期間を指します。
期間の定めはなく、企業によって、また職種や必要とされる専門知識などによって、大きく異なっています。
新入社員であれば、研修期間は1~3か月程度のケースが多く、それに加えて職場でのOJTが実施されるケースが大半です。
なお、研修期間といった場合、Off-JT期間だけを指す場合もあれば、配属後のOJTなども含めて1人前になるまでの期間を指している場合もあり、その意味でも、明確な定義がない言葉です。
研修期間の法的な位置づけ
定義はあいまいと書いた通り、研修期間は法的に定められているものではありません。
日本における一般的な採用の流れは、採用選考 ⇒ 労働契約(雇用契約)の締結 ⇒ 試用期間(1~3か月程度)⇒ 本採用という流れをとることが大半です。
このうち、試用期間~本採用の初期が実質的な研修期間となることが多いでしょう。
研修期間は法的な定めがあるものではなく、基本的に労働契約が成立している状態で実施されます。
そのため、社会保険等などは法律で定められている通りにすべて加入する必要があります。
研修期間と試用期間の違い
稀に「研修期間」と「試用期間」を区別せずに使っているケースがあります。
両社は明確に異なるものであり、解雇を考える場合には大きく変わってきますので、念のために違いを確認しておきましょう。
期間の目的
試用期間は、その間に労働者の人物、能力、勤務態度等 を評価して、本採用するか否かを決定するための期間です。
本採用と対比される形となっていて、法的にもある程度解釈が定まったものです。
これに対して、研修期間は前述の通り、業務に必要なスキルや知識を学ぶ期間ですが、法的に定め等があるものではありません。
上述の通り、実質としては試用期間~本採用の初期にかかるケースが多いでしょう。
期間中の解雇に対する考え方
試用期間は、企業として採用選考を実施した内定を出した責任はありますが、同時に本採用前の「試みの使用期間」として解約(解雇)する権利を留保している状態であり、法的には「解約権留保付労働契約」であると解釈されています。
したがって、解雇に対するハードルも本採用後と比べると若干低い部分があります。
一方で、研修期間は試用期間と重複している場合は試用期間と同じ扱いとなりますが、本採用の後であれば本採用後の解雇と同様ということになります。
研修期間中というのは、会社内での事情であり、法的には、試用期間なのか本採用後なのかで判断されるウェイトが大きくなります。
期間の長さ
試用期間・研修期間ともに期間の定めはありません。試用期間は、従業員の見極めに十分、かつ妥当性がある期間として、一般には2~3か月間程度が多いでしょう。
必要以上に長すぎる試用期間は無効であるといった判例も出ています。
一方で、研修期間は会社や仕事内容に応じて変わってきます。また言葉の定義によっても変わります。
OJTに入るまでのOff-JT期間を指す場合は2週間~1,2か月であることが多いでしょうし、商社や製造業などの場合、商品知識を覚えるために物流拠点に半年~1年程度配属されるといったことも珍しくはありません。
この場合、業務はしていますが、社内では「(商品知識を覚えるための)研修期間」と呼ばれることも多いでしょう。
研修期間に解雇するのは難しい?
まず日本の雇用法制として、企業が一方的に従業員を解雇することは難しいのが実情です。理由と背景を確認しておきましょう。
なぜ解雇が難しいのか?
日本では、企業による一方的な解雇は労働者に大きな不利益を与えることから、厳しく制限されており、「不当解雇」として訴訟になった場合には企業側に厳しい判決が下されるケースが多くなっています。
とくに研修期間は、適性があると判断して採用した労働者を教育するための期間であり、その間の解雇は通常よりもきびしく審理される可能性も高くなります。
さらに、試用期間が終わって本採用した後の研修期間中に解雇することは、解雇が妥当であるとみられる個別の事情がないと、不当解雇をみなされるリスクはかなり大きくなります。
解雇に必要な要件
日本では、解雇はよほどの事情がないと認められていません。
労働法上は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が要件とされており、これらの要件は個別の事案に応じて判断されるものとなります。
基本的には解雇が認められるのは「解雇しなければ会社自体の存続が危うい」、もしくは「対象となる従業員の勤務状況などに明らかな問題があり、指摘や指導を繰り返しても是正されない」、試用期間中であれば「採用した前提が覆るような問題が発覚・発生した」といったケースになります。
解雇に伴う企業側のリスクとは?
従業員を解雇することは、企業側に様々なリスクも伴います。どのようなリスクがあるか確認しておきます。
裁判に発展する可能性
従業員を解雇した場合に、従業員側から裁判を起こされるリスクがあります。
企業側が、正当な解雇であるということを示す十分な証拠を提出することができなければ、裁判では不当解雇と判断され敗訴することが多くなるでしょう。
金銭的なリスク
従業員の解雇を不当であると判断されると、従業員を復職させなければなりません。解雇から復職までの給与相当額を支払う必要があります。
裁判にかかる期間の平均は15カ月程になりますので、数百万から、場合によっては1千万の支払いになることも考えられます。
労力や精神的な負担
裁判では、正当な解雇であることを証明するための証拠集めや弁護士との打合せといった労力がかかり、裁判での証言をする必要があるなど、精神的にも大きな負担がかかります。
通常の企業経営に加えて、裁判対応を行うことはかなり大変な負担となります。
社会的な信用の喪失
裁判の結果、敗訴となれば社会的な信用を失う可能性があります。取引先や金融機関などとの関係に影響があるかもしれません。
また、現代はSNSでの発信などが大きく広がる傾向もありますので、風評被害などが生じる可能性もあります。
従業員との信頼関係の崩壊
不当解雇と判断されるようなことがあれば、他の従業員と企業との信頼関係が揺らぐ可能性があります。
解雇した従業員が復職することになれば、そのことで社内の人間関係に影響することも考えられるでしょう。
研修期間中の解雇が妥当だと認められるポイントは?
従業員の解雇にはリスクが伴い、正当な解雇と認められるのは簡単ではありません。
ただし、状況によっては正当な解雇と認められるケースもあります。正当な解雇と認められるためのポイントはどこにあるのかを解説します。
従業員に要因がある解雇理由とは?
会社側の事情である「解雇しなければ会社自体の存続が危うい」、また、主に試用期間中の解雇理由となる「採用した前提が覆るような問題が発覚・発生した」ということを除いて、従業員個人の状況によって解雇となりえるのは「その従業員の勤務状況に明らかな問題があり、指摘や指導を繰り返しても是正されない」場合です。
具体的には
- ①勤務態度
- ②勤怠不良
- ③他従業員とのトラブル
- ④協調性の欠如
- ⑤能力不足
といった要素です。
解雇が認められるポイント① 就業規則に定める解雇事由に該当する
前提として、就業規則に解雇に関する規定がなければ、基本的に解雇はできないと考えたほうがいいでしょう。
ただし、就業規則は策定するだけでは不十分です。策定した就業規則を所轄の労基署に届けることと、従業員にしっかり周知することをしておく必要があります。
特に従業員に対する周知は重要で、裁判の判例では、周知されていない就業規則に効力はないと考えられています。
解雇が認められポイント② 就業規則の規定内容が合理的である
就業規則は、基本的に会社の裁量で自由に作成できますが、「客観的合理性」がなければ認められません。
就業規則の規定の合理性は、会社の業種・規模等によっても異なるため、一概に論ずることは困難です。
また、法令に反するような就業規則は当然無効となりますので、この点でも注意が必要です。
解雇が認められるポイント③ 解雇が相当であること
ポイント①②はあくまで大前提であり、解雇が正当だと認められるために、「社会通念上の相当性」がなければなりません。
社会通念上の相当性というのは、法律用語ですが、「第三者が社会常識に照らし合わせて考えて妥当だと思われる」ということです。
個別に判断されるので、一概にどういった場合に該当するかを示すことは難しく、過去の事案等とも勘案して判断されるものになります。
ただし、解雇というのは会社側が下す処置としては最も重いものとなりますので、「他社員と数回トラブルを起こした」「遅刻が多い」「会社側で設定した目標を達成できなかった」といった程度で認められるものではありません。
少し極端な形でいうと、事情を知らない人が聞いても、『会社側としてそこまで指導などをしたのに直らない。それは明らかに本人に問題があり、解雇されてもしょうがない』と思うような事情、また証明が必要ということです。
不当解雇と判断されないための留意点
先述したように、解雇の実施は企業側にも大きなリスクがあります。不当解雇とならないために、企業側が留意すべき点としてどのようなことがあるでしょうか。
記録を残す
上述の通り、会社として問題のある従業員に対して改善のための指導・教育を行ってきたということを証明する必要があります。
「指導・教育の具体的内容」「指導・教育を実施した後の経過」などを記録に残しておくことが重要です。
いきなり解雇しない
問題がある従業員に対して、いきなり解雇とすることは、企業側が改善のためにやるべきことをやらなかったと判断されてしまいます。
教育・指導していきながら段階的に進めることが重要です。
具体的には、
- ①現状を把握する
- ②注意や指導を行う
- ③懲戒処分を行う
- ④退職勧奨を行う
- ⑤解雇を行う
といったステップになります。これらのステップについても、きちんと記録をとっておきましょう。
正しい手続きをとること
従業員にとって解雇は非常に厳しい措置となることから、手続きは正確でなければなりません。
もしも手続きに瑕疵があった場合には、解雇自体の正当性が疑われることになりかねません。
専門家に相談する
従業員を解雇することは、一歩間違えると訴訟などの大きなトラブルに発展しかねません。
もし訴訟に発展した場合には、先述したような様々なリスクがあり、企業にも重大なダメージとなる可能性が考えられます。
顧問弁護士や社労士など、専門家と相談しながら進めることが重要です。
まとめ
研修期間は、採用した人材に業務を行うために必要な知識やスキルを学ばせるための期間です。
研修期間が試用期間中であるケース、本採用後にもかかるケース、どちらもあるでしょう。
試用期間中のほうが若干解雇の許容範囲は緩くなりますが、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を基準にしてかなり厳しい水準をクリアしないと、日本で従業員の解雇が正当だと判断されることは難しいでしょう。
万が一、訴訟などを起こされれば企業側にはかなりの工数や負担が生じますし、不当解雇だと判断されれば、金銭的な補償やその後の対応などでも大きな損害を被ります。
解雇を考えたくなるような問題社員がいる場合、面談や指導などのプロセスをきちんと記録しながら段階的に対応する、また、労働問題に強い弁護士や社労士などの専門家にも確認しながら、対応をエスカレーションさせていくことが大切です。