この10年、多くの企業で働き方改革が進められてきました。働き方改革は日本企業にとって不可欠なものです。
しかし、“働き方改革=残業規制”となり、組織に問題が生じていることも少なくありません。
今回の記事では、働き方改革が提唱された目的と本来得られるはずのメリットも踏まえたうえで、現実に多くの企業や従業員が直面している問題点(デメリット)、また問題を解決するための指針・考え方を紹介します。
<目次>
働き方改革の目的
日本の少子高齢化が急激に進み、生産年齢人口・労働力の減少は歯止めがかからない状況になっています。
このままでは日本経済は確実に衰退してしまうでしょう。これは各企業にとっても同様です。
働き方改革はこうした状況に歯止めをかけ、日本経済を活性化させるために推進されることになりました。
働き方改革の推進においては、次の3つが柱として挙げられています。
長時間労働の是正
労働力不足により1人にかかる仕事の負荷も増大する傾向にあり、「長時間労働」と「過労死」の問題もクローズアップされています。
長時間労働の解消・防止策として、「時間外労働の上限の設定」「有給休暇の取得の義務化」「客観的な労働時間の把握」「月60時間超の時間外労働に対する賃金の見直し」等が掲げられています。
正規非正規の格差解消
日本においてこの数十年で非正規雇用が進んだ中で、正規雇用の従業員と非正規雇用の従業員の間には賃金格差が生じています。
とくに任されている仕事は同じなのに、正規雇用の従業員方が高賃金であるというケースを是正するため、働き方改革関連法では「非正規労働者の正社員化」「同一労働同一賃金制」の2つが盛り込まれました。
多様な働き方の実現
日本全体の生産年齢人口が減少する中で、育児や介護、定年など様々な事情により働きたくても働けない人が、自由に働けるよう社会全体が柔軟な働き方へシフトする必要があります。
具体的には「テレワークやフレックスタイム制の導入促進」「副業・兼業の促進」「高齢従業員の継続雇用」「定年退職年齢の延長」などがあげられています。
働き方改革がもたらすはずのメリット
働き方改革が企業側と従業員側のそれぞれにもたらすはずのメリットとしては、例えば、下記のようなものがあります。
企業側のメリット
まず長時間労働が是正されて、時間当たりの生産性向上が実現すれば、企業の収益性は大きく改善していきます。
当然、残業時間が減少することで無駄な人件費も削減できるでしょう。
また、在宅勤務やフレックスタイム制の導入など柔軟な勤務制度を取り入れることは、育児・介護などで退職を余儀なくされていた社員の離職防止にもつながります。
彼ら彼女らが離職せず、働き続けてくれることも企業の生産性を向上させます。
また、リモートワークやフレックスタイム制などの働きやすい職場環境を整備することは採用のうえでも有利に働きます。
上記のように育児や介護などの事情を抱えた人材、また地方の人材などを採用ターゲットになりますし、優秀な人材も集まりやすくなるでしょう。
そして「同一労働同一賃金」を実施することで、正当な評価を受けた社員のモチベーションが上がり、生産性の向上が図れます。
このように働き方改革を推進することで、企業は大きな恩恵を受けることができます。
従業員側のメリット
残業時間が削減されればプライベートの時間が確保しやすくなり、ワークライフバランスが改善されます。
適切な休暇や心身をリフレッシュする時間を取れるようになれば、より健康的な状態で仕事に臨むことができるでしょう。
また、フレックスタイム制やテレワークの導入により、時間や場所の制約を受けない柔軟な働き方が実現できます。
多くのビジネスパーソンを悩ませる通勤ラッシュ問題が回避できれば、心身の負担もかなり軽減されるでしょう。
さらに「同一労働同一賃金」が適用されれば、非正規雇用者の労働意欲向上につながります。
非正規雇用者にとっては柔軟な働き方を実現しつつ、労働力に見合う報酬を得ることが可能になるわけです。
働き方改革で企業が直面している問題点とは
以上のように働き方改革には多くのメリットがある反面、改革を推進するプロセスでは多くの企業が、下記に挙げるような様々な問題も発生しています。
①ツール導入や人件費などのコスト増加
たとえば、年次有給休暇取得の義務化によって有給休暇の取得日数が増えた中で業務を回そうとすれば、休みで圧迫された業務は他の人に回り、その人に残業が発生、残業代などで人件費が膨らむことになります。
さらに同一労働同一賃金の義務化により、今まで賃金差があった仕事を同一賃金にする必要があるため、雇用人数×上昇賃金分の人件費が増加します。
また、時間不足や効率化を人力ではなくシステムの力で解決しようと、クラウドサービス等の導入を検討する企業も多くなっています。
IT活用はもちろん大切です。しかし、クラウドサービスは初期費用が安くても運用費が積み重なると高額になってくるため、思い通りに生産性を向上できないと、資金力のない企業にとっては重い負担となってきます。
②生産性と売上の低下
日本では冒頭で紹介した通り、「働き方改革=残業規制」となりがちです。
労働生産性が上がらないまま勤務時間の圧縮が行われれば、社員一人当たりの業務量やアウトプット量は低下し、社員1人当たりの売上・粗利などが減少することになります。
生産性や売上が低下すれば、待遇の改善、また、生産性向上を実現するための投資などもできなくなり、離職率の上昇や赤字化、倒産といった不幸な事態にもなりかねません。
③隠れ残業の発生
表面上の勤怠管理だけを実施することで生じるのが、隠れ残業などの問題です。
今までは組織もある程度把握して残業が生じていたものが、残業規制だけをしたことで組織側でも実態を捉えられない「隠れ残業」が発生したり、組織的に残業隠しをするような動きが生じたりする恐れがあります。
そして、対策としてシステム的な管理・統制を強めようとすると、今後はツール導入費用などが発生するといった悪循環にもつながってきます。
④管理職の残業増加
勤怠管理を強化した結果、一般社員の残業は抑えられる反面、残業規制のない管理職の負担が増えている企業も多く見られます。
一般社員に仕事を切り上げさせた分、管理職が残業して業務をカバーしているわけです。
こうした状況が続くと管理職のワークライフバランスが崩れ、負担の大きい管理職が退職するような事態も生じます。
また、大変そうな管理職を見て、従業員の昇格意欲が醸成されなくなるという、長期的に組織運営の根幹を揺るがしかねない問題も生じます。
⑤人材育成やコミュニケーションの不足
時間管理を厳しく実施する結果、新人や若手社員に少しチャレンジングな仕事をさせたり、雑談の中で仕事を教えたり、若手にロールプレイングの時間を確保したりするといった、非公式な側面の人材育成機能が低下する傾向もあります。
また、同じように雑談などの中で生じていた上司と部下、また職種間、部署間などのコミュニケーションが低下し、悪影響が生じるケースも増えています。
働き方改革で従業員が直面する問題や課題、デメリットとは?
働き方改革の推進によって、従業員が下記のような問題や課題に直面することも有ります。
①生産性の向上が求められている
働き方改革によって物理的な業務量が減るわけではなく、個々の社員は時間生産性の向上、効率性を求められることになり、当然仕事のやり方などを変えていく必要もあります。
組織単位でみれば、強制的に残業規制がされることで生産性が向上すれば良いことですし、従業員にとってもワークライフバランスの向上につながります。
ただし、個々の社員からすれば、「仕事のやり方を変える」ことが求められるわけでは、負担や反発も生じます。
組織から求められる成果が変わらない以上、時間内に終わらなかった仕事を持ち帰ったり、忖度でサービス残業をしたりすることになるのでは…といった不安の声、実際にそうなってしまっているという声も聞かれます。
②残業規制による収入の減少
長時間労働が是正されることで、人によっては残業が減って残業代が少なくなり、収入が減る場合もあります。
そのことで不満を抱いたり、モチベーションが下がったりする従業員も出てくる可能性があるので注意が必要です。
従業員の中には逆に業務効率が落ちたり、退職を検討したりするケースも出てくるでしょう。
③ストレスの増加
生産性の向上が求められることで、心の余裕がなくなる、常に時間に追われる感覚があるといった精神的なストレスを感じる人も増えています。
生産性をあげる取り組みを、従業員個人の取り組みだけに任せると、従業員にストレスがかかりがちです。
④業務負荷の偏り
働く時間に制約が出来るなかで、うまく適応して業務を効率化、生産性を向上させる社員もいれば、生産性を変えられない社員も生じます。
この時、生産性を向上させた社員に仕事が偏るケースが多くの組織で見られます。
特定の人だけ業務負担が増えれば、従業員間で不公平感が生まれやすくなりますし、優秀な社員が離職することにも繋がります。
パフォーマンスをきちんと評価に反映できれば問題ないのですが、現実はそう簡単にはいきません。
現場で就労する従業員の声に耳を傾けることなく、現状を理解しないまま上層部だけで働き方改革を推進すると、こうした弊害が発生しやすくなります。
⑤テレワーク導入により部下の管理や育成が難しくなる
働き方改革の一環、またコロナ禍の影響でリモートワークを導入した企業は多いですが、管理職にとっては部下の顔が見えづらく、プロジェクトの進捗管理やフォローが難しくなる可能性もあるでしょう。
さらに、残業が難しい中で部下指導などに時間を割きづらくなり、各組織内の関係構築や部下育成がうまくいかなくなるケースも生じます。
働き方改革の問題点・デメリットを解決する方法
働き方改革におけるこうした問題点はどのように解決していけばいいでしょうか。参考になる方策や考え方を紹介します。
①課題の整理と現状の分析
本当の意味での働き方改革を行うには、自社の課題をしっかりと分析して、組織として手を打っていくことが大切です。
そのためには現場の実情を調査したり、課題を洗い出したりすることが必要となります。
部署や組織ごとに現状の生産性を把握するのも効果的です。
分析結果から判明した問題を細分化し、自社の顕在的・潜在的な課題を明らかにして、組織全体の課題として取り組んでいきましょう。
②時間対効果の向上
働き方改革を進めるためには「時間対効果」「生産性」「効果性」の考え方が非常に大切です。
時間対効果や(時間)生産性は、費やした時間に対してどの程度の成果が得られるかを示すものです。
業務ひとつひとつを時間帯効果、生産性の観点で見直していきましょう。
例えば、無駄なレポートの作成や書類のファイリング、発言者が少ないミーティングなどを廃止すれば、生産性を向上させることができるでしょう。
また、業務量の偏り等の問題を考える上では、従業員毎の生産性をしっかりと意識しておくことも大切です。
なお、時間対効果や生産性と並んで「効果性」の概念を持っておくことも重要です。
時間帯効果や生産性の向上は、どちらかというと“短期的な効率”に着目しがちです。
ただし、人材育成やイノベーションなどは“中長期的な効率”や“必要性”を見ておくことも大切です。
効果性は、“望む成果をいまも未来も継続的に得続ける”という考え方で、短期的な効率主義だけに陥らないようにするうえで大切な概念です。
③業務プロセスの見直し
生産性の向上に取り組む上では、仕事の段取りや手順の見直しを行うことも非常に大切です。
そもそも必要のない仕事やシステムで置き換えられる仕事、外注できる仕事、まとめれば手間が減る仕事などを見つけて対処しましょう。
「この仕事は本当に必要なのか」「どの程度の利益や付加価値を生み出しているのか」「もっと生産性を上げるためにはどうすればいいか」を考えて取り組む必要があります。
ひとりひとりの従業員に意識を持ってもらうことも大切ですが、業務プロセスの見直しはある程度の権限が必要であり、各組織でトップダウンに見直しの機運を作ることが大切です。
④業務効率改善ツールの導入
クラウドサービスや勤怠管理システム、RPAなど、業務効率改善ツールを導入することも生産性を向上させる上で効果的な方法です。
ITで自動化、効率化できる範囲はどんどん広がっていますので、使わない手はありません。
ただし、前述の通り、クラウドサービスは初期費用こそ安いですが、運用費用を積み上げると意外と大きな金額となってきます。
「このツールを利用することで従業員の生産性がどれだけ向上しているのか?」という視点をきちんと持って、効果検証しながら活用、時には廃棄することも大切です。
⑤トップダウンによる統率
現場の声を聴きながら進めることは非常に大切ですが、生産性の向上は現場に丸投げして実施するのではなく、トップダウンで進めることも大切です。
人は変化を嫌う側面がありますし、前述の通り、業務プロセスの改善などは、改善するのに決済も必要だし、例えば簡略することによるリスクが生じることもあるでしょう。
各組織でトップがしっかりと生産性向上にコミットして進めることが必要です。
⑥中長期的に生産性向上に取り組む
働き方改革はすぐに実現するものではありません。これまで述べてきた通り、短期的には分かりやすい「残業制限」になりがちです。
ただ、本質的は中長期的に業務プロセス、ビジネスモデルなどを改善・改革して生産性を向上させていくことが企業にとって不可欠です。
生産性を向上させていかなければ、企業の維持・発展、また、従業員の待遇改善などもできません。粘り強く改革を推進していくことが大切です。
まとめ
「働き方改革」はうまく進めることができれば、企業の生産性向上だけでなく、従業員のエンゲージメント向上などにもつながるものです。
しかし、短期的には、「働き方改革=残業規制」となりがちであり、それに伴って労働生産性の低下、業務の偏り、適応できない社員からの反発、、また、管理職の負担増大や導入した各種ツールの費用負担といった問題も生じます。
働き方改革を成功させるためには、個々の従業員に任せるだけではなく、各組織のリーダーがしっかりと働き方改革、生産性向上にコミットして、現場を巻き込みながら、課題の洗い出し、業務プロセスの改革、ツールの導入と活用などに取り組んでいく必要があるでしょう。
短期的に実現するものではなく、働き方改革を成功させるために、管理職のリーダーシップや変化への挑戦を楽しんで取り組むような組織風土の醸成も必要となるでしょう。