ストレスマネジメントとは、ストレスに対して適切に対処して心身の健康を維持していく方法です。
労働政策研究・研修機構が2012年に実施した「職場におけるメンタルヘルス対策に関する調査」によると、事業所の約6割にメンタルヘルスの問題を抱える社員がおり、その比率は増加傾向であるという結果が出ています。
メンタルヘルスの主な原因として考えられるのは、職場での人間関係、仕事の過大な負荷、長時間労働などによるストレスの蓄積です。
処理しなければならない情報量の拡大や求められる対応スピードの向上などによってもストレスが溜まりやすい現在、組織が従業員のストレスマネジメントを支援することは必須となっています。
記事では、ストレスマネジメントの手法や企業がストレスマネジメントでどのような取り組みをできるかを紹介します。
<目次>
ストレスマネジメント
冒頭でメンタルヘルスの問題を抱えている従業員の比率が6割と紹介した通り、職場でストレスを感じている従業員の比率は非常に高いものとなっています。
メンタルヘルス等の問題を引き起こさないためには、ストレスと適切に付き合うストレスマネジメントが必須です。本章では、ストレスマネジメントとは何か、その効果や必要性を確認します。
ストレスマネジメントとは?
ストレスマネジメントとは、ストレスに対して適切に対処して心身の健康を維持していく方法です。
私たちの日常生活、またビジネスにおいて、ストレスは避けられないものです。
そして、強いストレスを受け続ける、ストレスをため込んでしまうと、前述した通り、身体的・心理的にネガティブな影響が生じてきます。
重度になってくればメンタルヘルスの問題を生じて休職等に陥ってしまうこともあるでしょう。また、苛立ち等から人間関係を壊してしまうこともありますし、仕事のパフォーマンスも下がってしまいます。
ストレスとのつきあい方を身につけ、対処する方法を知っておくことで、こうしたリスクを避けることができます。
ストレスマネジメントの効果
従業員がストレスマネジメントの技術を身に付けると、自分が受けているストレスを自覚してストレスの要因を把握できるようになります。
また、ストレス要因に対応策を取ることで、心理的な安定が得られパフォーマンスを向上させられます。
組織として考えてみると、ストレスマネジメントを導入していない場合、従業員のメンタルヘルス不調が生じ、休職や離職などが生じるリスクが高まります。
休職や離職が生じれば対応工数や費用も発生しますし、他の従業員にネガティブな影響を与える可能性があります。
また、高いレベルのストレスが溜まった状態の従業員が多くなれば、職場の雰囲気も悪化して、良好なコミュニケーションは期待しにくくなります。
ストレスの蓄積は、個人のパフォーマンス低下はもちろん、組織の生産性も悪化させるのです。
組織は、従業員にストレスマネジメントを身につけさせたり、従業員のストレスマネジメントを支援したりすることで、上記のようなリスクを避け、安定したパフォーマンスを発揮できるようになります。
ストレスマネジメントの必要性
前述の通り、ストレス自体がすべて悪いというわけではなく、適度なストレスはパフォーマンスアップにつながります。
しかし、時代と共に私たちが処理する情報量は10年前と比較にならないほど増大し、求められるスピードも加速しています。
現代のビジネス社会で普通に仕事していると、受けるストレス量は過度なものとなり、パフォーマンスを下げ、悪影響を生じさせる状態になってくることが多いでしょう。
だからこそ、自分が抱えるストレスを適度なものへと軽減し、心身の悪影響を防ぐために、ストレスマネジメントの技術を身に付けることが必要不可欠となっています。
ストレスとは?
本章では、ストレスマネジメントのやり方等に入る前に、ストレスとはそもそも何か、ストレスの原因となるもの、そしてストレスを受けるとどのような影響があるのかを確認します。
ストレスとは?
「ストレス」という言葉は日常でもよく使われますが、定義についてあまり考えることはないかもしれません。
ストレスとは、「外部からの刺激を受けたときに心や体に生じる緊張状態」を指します。日常生活の中で起きる様々な変化や現象がストレスの原因になります。
ストレスの原因となる外部からの刺激を「ストレッサー」といい、ストレッサーに対応して心や体に生じる反応を「ストレス反応」と言います。
ストレッサーとは?
ストレスの原因となるストレッサーは、大きく3つに分類することができます。
- 1.生理的ストレッサー
- Ex)病気による不調、睡眠不足、空腹など
- 2.物理・化学的ストレッサー
- Ex)暑さ、寒さ、湿気、悪臭など
- 3.心理・社会的ストレッサー
- Ex)不安、怒り、悲しみ、憎しみ、恐れ、生活の変化、立場の変化など
仕事する中で生じるストレスは、多くの場合、3つ目の心理・社会的ストレッサーによって引き起こされます。
たとえば、職場での人間関係、目標達成や責任へのプレッシャー、顧客からのクレームなどが、心理・社会的ストレッサーです。
また、人にとっては「変化」自体がストレスとなるため、結婚や昇進といったポジティブなイベントもストレッサーになり得ます。
例えば、マリッジブルーなどは、ポジティブなイベントがストレッサーとなる典型です。
ストレスの効果とリスク
じつは適切なストレスは、集中力を高め、パフォーマンスを高める効果があります。つまり、ストレスそのものが絶対的に悪というわけではありません。
しかし、継続的に強いストレスを受け続けると、下記のようなストレス反応を引き起こすことになります。
<強いストレスによってもたらされる反応>
- 身体的ストレス反応 ex)頭痛、動悸、不眠、湿疹など
- 心理的ストレス反応 ex)不安感、苛立ち、気分の低下など
- 行動ストレス反応 ex)暴飲暴食、ひきこもり、暴力など
上記をみると強いストレスが長期的に継続すれば、メンタルヘルスに悪い影響を与えることがイメージできるでしょう。
ストレスマネジメントとストレスコーピング
本章ではストレスマネジメントの手法であるコーピングについて解説します。
個人がストレスマネジメントする、また、組織で従業員のストレスマネジメントを支援する上で基本的な内容になりますので、ぜひ参考にしてください。
ストレスコーピングとは?
コーピングとは「問題に対処する、対応する」という意味の英単語“cope”からきたメンタルヘルス用語です。
ストレスコーピングは、ストレスとコーピングを組み合わせた単語で「ストレスの悪影響を軽減させる手法」を指します。
現代のビジネス社会でストレスを完全に避けることはできませんが、対処法となるストレスコーピングを身につけておくことで、メンタルヘルスを損なうことなく生活を続けていくことができます。
ストレスコーピングは、ストレスマネジメントの中で中核となる手法といえます。
ストレスコーピングは大きく分けて、「問題焦点型」「情動焦点型」「ストレス解消型」という3つに分類することができます。
問題焦点型のストレスコーピング
問題焦点型のストレスコーピングとは、ストレス要因(ストレッサー)そのものに目を向け、取り除いたり改善したりする手法です。
たとえば、自分の新しい担当業務が自分のスキルでは処理できない場合に、業務を変えてもらったり誰かに手伝ってもらったりする、といったことが問題焦点型のストレスコーピングです。
他にも、人間関係で上手くいかない人がいる時、思い切ってその人と距離を取ってしまう、コミュニケーションの機会を減らすといったことも、問題焦点型のストレスコーピングといえます。
問題焦点型のストレスコーピングによって、ストレッサーを根本的に解消することができれば理想的です。
ただし、現実的には、すべてのストレスを問題焦点型のストレスコーピングで解決することは困難です。そんな時には、次の情動焦点型のストレスコーピングが有効です。
情動焦点型のストレスコーピング
情動焦点型のストレスコーピングとは、ストレッサーそのものにアプローチするのではなく、自分の受け止め方や捉え方を調整してストレスを軽減する手法です。
じつは心理・社会的ストレッサーに対するストレス反応は、その多くが「自分の捉え方」がストレスになっています。
だからこそ、ストレッサーに対する捉え方や見方を変えることがストレスマネジメントにつながるのです。
たとえば、難しい課題に直面した場合に、「これは成長のチャンスだ」と捉えて気持ちを前向きにするようなことが情動焦点型のストレスコーピングです。
他にも、威圧的な態度をとる人に対して不安や苛立ちを感じていたところを、「この人はアンガーマネジメントができない人なんだな…」や「自分個人に怒っているわけではなく、欲しい成果が得られないことに対して苛立っているだけなんだ」と捉え方を変えることでストレスを軽減することも情動焦点型のストレスコーピングです。
情動焦点型のストレスコーピングは、無理やり自分の気持ちを押さえつけるようなことになると危険ですが、現実的にストレスを軽減する上では非常に有効な手法です。
ストレス解消型のコーピング
最後のストレス解消型のコーピングは、スポーツや趣味に没頭することで気分転換したり、ヨガや瞑想で心身をリラックスさせたりしてストレスを解消するやり方です。
ストレス解消型のコーピングは、問題焦点型・情動焦点型のストレスコーピングと違ってストレスの発生自体を解消できるわけではなく、ある意味で対処療法的と言える部分もあります。
ただし、現実のビジネス社会では。問題焦点型・情動焦点型のストレスコーピングですべてのストレスを解消できるわけではありません。
従って、日常的にストレスとうまく付き合う上では、ストレス解消型のコーピングを習慣化することは有効な試みです。
企業が行うストレスマネジメントの支援
企業が従業員のストレスマネジメントを支援する上では、どのような方法があるでしょうか。
上述したストレスコーピングの技法を研修で浸透させたり、メンタルフルネスのトレーニングを実施したりするなどの手法に加えて、下記3つの手法がよく導入されるものになります。
ストレスチェックの導入
2015年12月から、常時50人以上を雇用している事業所では、ストレスチェックを実施することが義務化されています。
ストレスチェックの項目数に規定はありませんが、下記の3領域に関する内容が含まれている必要があります。
- ①仕事のストレス要因
- ②心身のストレス反応
- ③周囲のサポート
厚生労働省では「職業性ストレス簡易調査票」を推奨しており、標準的に使用されています。
58項目版が一般的ですが、簡易版の23項目版や、より詳細に状況を把握できる80項目版も用意されていて、最近では80項目版の利用が増えています。
ストレスチェックを実施することで、自らのストレス状況に気づくことができます。じつはストレスを自覚しないまま、ストレスが溜まっていくというのが一番危ない状況です。
ストレス状況を自覚することで、意識的に問題焦点型や情動焦点型のストレスコーピングに取り組むことも出来ますし、軽いストレスであれば、趣味やスポーツで気分転換したり、家族や友人と話をしたりすることで解消することもできます。
また、上司や専門家に相談するといった行動をとることも出来るでしょう。
ストレスチェックの設問は厚生労働省のページで公開されています。
ストレスチェックの実施義務がない企業でもストレスチェックを定期実施することは、従業員のストレスマネジメントの支援につながるでしょう。
管理者によるストレスマネジメントの支援
前述の通り、ストレスマネジメントの技術がないと、自覚がないうちにストレスが溜まっていることもあります。
そんな場合に備えて、チームリーダーやマネージャーは、日ごろからメンバーの様子をよく見ておくことが大切です。
また、職場におけるストレスマネジメントを実施する上で、問題焦点型や情動焦点型のストレスコーピング等を実践するにも上司や管理職の協力は不可欠です。
組織に1on1などを導入して、メンバーのストレス状況を把握する、また、部下から相談などがしやすい環境を整えることが有効です。
社外の専門家によるストレスマネジメントの支援
セルフチェックや管理者によるマネジメント以外にも、産業医やカウンセラー、保健師や精神科の医師など、社外の専門家からアドバイスをもらえる体制をつくることも選択肢です。
とくにストレスが重度になってきた場合、また、上司がストレス原因になっている場合などは社内での相談・サポートが難しくなってきます。
従って、従業員のメンタルヘルスを維持するためには、企業内だけでなく、専門家や外部組織とも連携しておくことが有効です。
ストレスマネジメントの事例
最後にストレスマネジメントに取組み、成果を上げている企業の事例を紹介します。
ヤフー株式会社
ヤフー株式会社では、上司と部下が週1回の面談を行う「1on1ミーティング」を制度として設けています。
1on1は定期的な面談を続けることで、業務の進捗を確認すると同時に、体調やメンタル面の変化に気づきやすくなるという効果があります。
ヤフーでは、面談をきっかけにメンタルヘルスの不調を早期に発見して対応した事例も増えているそうです。
ヤフーではIT業界はストレスをためやすい職場であることもあり、企業全体でメンタルマネジメントに熱心に取組んでいます。
規模が大きいからこそできる取り組みでもありますが、産業医や保健師などの社内の専門スタッフも充実しており、従業員は気軽に相談できる仕組みができています。
サンデン・ビジネスアソシエイト株式会社
サンデン・ビジネスアソシエイト株式会社は、自動車用のエアコンなどを製造するサンデンのグループ会社であり、サンデングループの各社に対して産業保健サービスを提供しています。
そこでグループの全従業員2,500名に対するストレスチェックを行うと同時に、従業員参加型で職場改善を進めてきた事例は、組織によるストレスマネジメント支援の参考になります。
サンデングループでは、ストレスチェックを単なる義務事項として終わらせるのではなく、ストレスチェックの結果を踏まえて、従業員参加型で話し合ってPDCAサイクルを回しながら職場環境を改善してきました。
研修の実施やマニュアル配布によって従業員のストレスマネジメントに対する知見を高め、その知識を個人で実践してもらうだけでなく、話し合いを通じて職場改善にも活かしています。
株式会社丸井グループ
ファッション関連の小売業やクレジットカード事業を展開している株式会社丸井グループは、グループ全体で5000名近くの従業員を抱える大きな組織です。
丸井グループでは健康保険組合で健康管理の中核を担い、専門スタッフの所属するウェルビーイング推進部で従業員がイキイキと働ける環境づくりに取り組んでいます。
丸井グループでは、2016年からストレスチェックを導入しており、分析結果を基に各部門で改善を考えて実施して検証する仕組みを構築しています。
また、従業員それぞれがメンタルヘルス対策に主体的に取り組むように、全社員を対象にセルフケア研修を実施しています。
サンデングループと類似した取り組みであり、義務化されたストレスチェックをうまく活用しているケースと言えます。
その他にも、丸井グループでは様々なツールの提供や仕組みの構築、社内研修のあり方などに工夫を凝らしています。
例えば、当初“こころとからだのサポートダイヤル”という名称の相談窓口を“HANASOU”という名称に変更することで、利用件数を1.7倍に増やしています。
前章で管理職によるストレスマネジメントの支援なども紹介しましたが、日本では“ストレスが溜まっている”ことを相談するのは自分の弱さを開示するような感覚があるという人も多いでしょう。
上記のように従業員が“相談できる”環境を作る工夫も大切です。
まとめ
うつ病などストレスが原因となる精神疾患の患者は年々増加しており、メンタルヘルスは社会的にも大きな問題になっています。
ストレスはすべてが悪いわけではありませんが、大きすぎるストレスはさまざまな心身の不調を引き起こします。
現在では、処理する情報量の増大や求められる対応スピードの向上などストレス要因となるものは増えており、個人としても、また組織としてもストレスマネジメントに取り組むことが求められています。
組織にストレスマネジメントを導入するには、
- ストレスの仕組みやストレスに対応するストレスコーピングの知識などを従業員に身に付けてもらうストレスマネジメント研修の実施
- 50人以上の企業で義務化されているストレスチェックの活用
- 1on1の導入による早期発見とケア
などがあります。
記事で紹介した内容が、安定したパフォーマンスを発揮できる組織作りに役立てば幸いです。
なお、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、ストレスマネジメント研修なども提供してますので、ご興味あればお気軽にお問い合わせください。