人的資本経営は、従業員の能力を企業成長の鍵と捉える経営戦略です。さまざまな視点から今、人的資本経営が注目を浴びるようになってきました。これからの時代に人的資本経営を成功させるためには、Z世代の特性を知ること。そして、若手の育成も鍵になってくるでしょう。
人的資源が注目される背景にはどんな視点があるのか。また、人的資本経営でも大切となるZ世代の育成にはどんなことに気をつければよいか。具体的な事例を踏まえながら、育成のポイントを解説していきます。
*本レポートは2023年4月19日に開催したセミナーを基に作成したものです。予めご了承ください。
<目次>
- 人的資源と人的資本の違い
- 人的資本が注目される背景
- 新入社員からみるZ世代の特徴
- 特徴①一緒に働く社員や社内の雰囲気が大事
- 特徴②ワークライフバランスを保ちながら働きたい
- 特徴③パラレルキャリアで働きたい
- 特徴④キャリア形成への関心は高い
- 特徴⑤社会貢献や、やりがいを求めている
人的資源と人的資本の違い
まずは人的資本の潮流や最新の動向について簡単に確認しておきます。
一般的に人的資源と人的資本の違いですが、人的資源は人材に対する資金を「コスト」と捉えます。採用や人件費、教育研修費など、人を採用して雇用すれば大きなコストがかかります。
いま人的資本と言っているのは、日本の労働人口が非常に減少し、また、ITを遣うことによる生産性向上、DX等のイノベーションが求められるなかで「これまで以上に人が重要」という考え方になりました。
人材の「材」を財産の「財」と書く会社もありますが、人材を投資の対象として捉えるようになりました。人という資産がこれまで以上に大事だからこそ、コストと捉えるのではなく、人に投資をすることによって企業の成長に結びつけていこうというのが人的資本の考え方です。
採用や人件費がコストであることも間違いないですし、今まで人に投資するという感覚が一切なかったわけでもありません。ただ、上述のように、資本として意識することがより重要になったということです。
人的資本が注目される背景
人的資本の考え方が注目される背景は大きく4つあります。組織開発における周辺環境を考えるうえでも確認しておきましょう。4つの背景は「社会的視点」「経済的視点」「戦略的視点」、そして今日のテーマである「世代価値観の視点」です。
「社会的視点」は持続的な社会づくり、世界的なコミットメントです。いわゆるSDGsなどのトレンドです。
また、「経済的視点」でいうと、企業価値の源泉が財務資産から非財務資産に注目を浴びるようになってきました。いわゆる知的財産やブランドなどもそうですし、人的資本、つまり組織と人も非財務資産のひとつです。
さらに「戦略的視点」として、現在はVUCA時代とも言われ、世の中が大きく変化する時代です。特にITによって世界中がつながったことで、海外・異業種の企業がいきなり競合となることも多いですし、国内・海外関係なしで新サービスが世界中に一気に広がる時代です。
また、AI活用というテーマも今後も欠かせません。こうした背景を踏まえて、既存の延長線上にある正解を探すのではなく、未来志向で挑戦する、イノベーションを起こす創造性が重要性を増しています。
そして、こうした未来志向やイノベーションの鍵を担っているのは、次世代です。日本経済の状況、そして、雇用改革の流れがこの10~20年で大きく進んだ結果、いまの若手世代、Z世代やアルファ世代と言われる層は、仕事や会社選びに対して、昭和や平成前期の世代とは異なる感覚を持っています。
ワークライフバランスや愛社精神といった話もそうですし、社会的・倫理的な価値観の強さもひとつの特徴です。
従って、優秀な若手層を採用し定着させようと思うと、社会的、倫理的な価値観をいかに企業の経営に織り込むかはポイントになってきますし、自社の価値観を明確にしておくことも大切です。
次世代の獲得と育成は企業が継続的に成長する上で欠かせません。だからこそ、だからこそ「世代価値観の視点」はすごく注目を集めているわけですが、同時に価値観の隔たりが大きくなっているからこそ、若手世代の育成が企業における悩みの種にもなっています。
新入社員からみるZ世代の特徴
新しい世代をどう育成していくべきかを知るために、新入社員の特徴を見ていきます。
まず、Z世代とはどんな存在なのか?ということを確認します。Z世代の定義は、発信している会社によって異なりますが、おおよそ1997-2012年に生まれた世代です。現在、20代前半~大卒の新入社員にあたる世代です(2023年時点)
一方で、多くの会社で管理職の中心となっている40代は、1971年-82年生まれ、就職氷河期世代と呼ばれる世代です。
当然、就職氷河期世代とZ世代では、生まれ育った時代背景が違い、価値観の傾向が異なります。
何が違うかというと、まず就職氷河期世代は名前の通り、就活に非常に苦労した世代です。1990年代、いわゆるバブル崩壊後の“失われた10年”に就活をしています。新卒の求人倍率は低く、当時はハガキで応募し、やっと面接までこぎつけても圧迫面接が普通に実施されていた時代です。
そして、応募者100人〜200人の中から内定がやっと出ます。「たくさん内定が出て、どこを選ぼうか」という感じではなく、「就職活動に食らいついて何とか1社内定を得る」という状況でした。
そして、入社後も「先輩の背中を見て頑張れ!」という指導で、いまならパワハラに該当することも普通だった中で叩き上げられた方がいまの管理職です。タフで体力もあり、メンタルも強いわけです。その世代からみれば、今のZ世代は「ちょっと頼りない」とか「弱い」「大人しい」と見えがちです。
こうした環境と経験による違いに加えて、職場では「管理職(上司)」と「新入社員・若手(部下)」という関係性が生まれますので、ミスコミュニケーションが非常に起きやすくなります。だからこそ、管理職の方々も非常に悩まれています。
しかし、自分たちが叩き上げや放置気味の中で育ってきた方ほど、「手取り足取り丁寧に教えているつもりだけど、“辞めたい”と言われてしまう」とか「“ハラスメントだ”と言われてしまう」となると、もうどうして良いのかわからなくなり、距離を置く方もいます。
しかし、ご安心ください。価値観のGAPはいつの時代にもあったもので、関わり方を学べば確実に改善できます。わからない中、手探りでやっていると、どうしても「自分が育てられたように人を育てよう」としてしまいがちです。
だからこそ、育成手法のバリエーションを増やすためにも、まずは管理職の方が学んでいくことが大事です。
ではここからは、今どき新入社員の代表的な特徴5つ、各社にヒアリングしてきた結果をご紹介します。
特徴①一緒に働く社員や社内の雰囲気が大事
まず就職活動で、どんな企業に魅力を感じるのかというと、上位に食い込んでくるのが「一緒に働く社員や会社の雰囲気」です。企業の気になるポイントとして、「どんな社員がいるかが」はずっと1位です。
就活を始めたての頃は、どんな業界か、事業内容は、どんな職種か、といったことに関心が高いですが、入社先を決めるタイミングになってくると優先順位は変わります。入社の決め手で急に上がってくるのが「面接してくれた人」です。「誰と働けるのか」ということに興味・関心が高いということです。
コロナ禍を経て、最近はオンラインで面接をスタートして、最終面接に近いところから対面の面接になるケースも多いと思います。そして、その中で、「対面で会った面接官の印象で承諾先を決める」というケースも非常に増えています。人に対する関心がそれだけ高いということです。
さらに、新入社員(23卒)の研修をする中で、22卒とは異なる現象がおきたのですが、それは同期との交流を好むということです。場と機会を与えると、どんどん交流していく傾向がみられました。
最近の新人を見て「消極的」や「大人しい」という印象を持たれる方も多いと思いますが、実は研修の中で1つ工夫をするだけで、とても積極的になります。
工夫のポイントは「同期への関心が高く交流を好む」という傾向を押さえる、つまり、チームになった時に強い行動力を発揮するという特徴を活かすことです。
昭和世代の人たちは、研修内で競争させられたことも多いのではないでしょうか。営業活動でもランキングを競ったり、研修内で競わせることで煽ったりするアプローチが多かったでしょう。
しかし、今のZ若手は共につくり上げる、「共創」で力を発揮するタイプが多くなっています。従って、順位を競わせるのではなくて、「みんなで良いものを作ろう」というアプローチの研修には、すごく積極的だったり、意見を言ったり、協力し合ったりする姿勢が増えていきます。
特徴②ワークライフバランスを保ちながら働きたい
最近は、面接や研修で「残業」や「有給」についてストレートに聞かれるようになったという人事の声もよく耳にします。
いまの若手にとって、年間休日や有給休暇、時間外、結婚後の待遇などは非常に重要な指標になっています。上司に関しても、仕事一辺倒でも猛烈に働く上司よりも、ワークライフバランスを大切にしている上司が人気になっています。
これは昭和世代にとってはまた難しいところです。新卒一括採用の中でがむしゃらに頑張り、成果を評価されて昇進してきた方は、割と“モーレツ社員”が多いでしょう。しかし、新人の研修や懇親会、歓迎会でもこのモーレツ社員の上司が「俺の時はこうだった」と武勇伝みたいに話してしまうと、憧れられないどころか引かれてしまいます。
ジェイックでは、新入社員研修のアンケートで「理想の上司像」を毎年調査しています。調査で、理想の上司に求める要素の第1位は『人間的に尊敬できる』となっており、57%です。
今の管理職層の人に、「理想の上司」に求める要素を聞くと、『仕事ができる』というのは上位に入ってくるのではないでしょうか。仕事ができる上司の下で働いて、成長したい、自分も成果をあげたい、引っ張り上げてもらいたいといったイメージです。
しかし、新人への調査では、実はこの『仕事ができる・成果をあげている』という要素は、この数年最下位あたりを漂っています。
今の若手に『仕事ができる・成果をあげている上司』にどのようなイメージがあるのかを聞いてみると、「猛烈に働いて、人生やプライベートを犠牲にしている」というようなイメージがあります。
では、どうしたら良いかですが、管理職の方も自己開示していくことが大切です。
仕事の話だけをするのではなくて、信頼される上司になるためには、家族やプライベートな話もオープンにして、人生が充実していることを示すことが非常に重要です。
これは新卒だけの話ではありません。コロナ禍によりリモートワークの体験をきっかけに、20代後半から30代の方も働き方を重視した転職が増えています。
ただし、当然「ワークライフバランスだけを重視する」だけではダメです。その結果として、社員の心身が良い状態となり、成果や生産性が上がりイノベーティブになるところまでつなげなければ、単に生産性がおちるだけです。ここは押さえておく必要があります。
特徴③パラレルキャリアで働きたい
次は今どきの新人が持っているキャリアに対する考え方の傾向です。
1つの会社に固執しない「パラレルキャリア」が若手世代の理想です。
最近、各社で「若手があっさり辞めてしまった」「退職の見極めが早くなった」「優秀層が抜けてしまう」という話を聞きますが、そういった課題が多く生じている会社の特徴は「年功序列で50代比率が高い」ことです。
前提として、いまの若手は「1社で新人から定年まで過ごす」という価値観は非常に薄くなっています。だからこそ「いつでも転職という選択肢がある」状態ですし、「いつでも転職できる力をつけたい(キャリア安全性)」という欲求を強く持っています。
そうすると、上記のような会社は「仕事をなかなか任せてもらえない」「力がつかない」などの理由から、「さっさと離職しよう」となるわけです。
働き方に関しても、いまはお金を稼ぐ手段にもいろいろなパターンが増えてきました。学生時代に起業する方もいますし、フリーランスや副業・複業といった働き他方をする人も増えています。その中で「正社員」に対する憧れやこだわりが減っていることも事実です。
一言で言うと、昭和世代は会社を中心に生き方を決めてきた方も多いと思います。会社命令なら転勤も当たり前にするし、全国展開している会社に勤務している男性であれば単身赴任を経験した方も一定の比率いらっしゃるでしょう。
住む場所も時間も、会社・仕事を中心に生きていくことがある意味では当たり前でしたが、いまの若手は「自分の人生が軸で、その中にキャリアがあり、その中に“いまの会社”がある」といった感じです。
会社が中心という生き方ではなくなった中で、ある意味でフラットに、会社に残ることと転職することを天秤にかけてみているような感覚です。
その中で育成のポイントは、自分たちの会社に閉じ込めようとしないことです。社内でキャリアアップして欲しい気持ちはどの会社にもあります。しかし、無理に社内に閉じ込めようとするスタンスを持てば持つほど「古い会社だな」と思われてしまい、逆に外に飛び出していきます。
転職サービスの情報、“隣の青い芝生”の情報に触れることは防ぎようがありません。むしろ、安易に転職サービスへ登録されないように、社外も含めたいろいろなキャリアの視座・視点を会社主導で見せてしまう、そのうえで自社を“残る意味がある職場”にしていくことです。
特徴④キャリア形成への関心は高い
Z世代の特徴として「将来に対して不安を抱いている」と回答する人たちの比率は過去最多になっています。
彼らにとって日本経済は右肩上がりのものではありません。極端な表現をすれば、逆に「右肩下がりの経済」として捉えています。従って、“いま頑張れば未来は明るい”という感覚はないわけです。
しかし、逆に言えば、キャリア自律を促しやすいともいえます。不安が強いからこそ、「会社でも場や環境は与えるけれども、自分自身でもキャリア形成に対して主体的に取り組んでいこう」というアプローチは非常に効果があります。
上司もキャリア形成やキャリア自律を促すように関わることが肝になってきます。関わり方にはポイントがありますが、例えば「昇進・昇格がキャリア形成」というような教え方は今の若手には刺さりません。
全員が昇進できるわけではない現実があり、また、価値観が多様化している中で「キャリアアップだけがキャリア形成」という感覚でモチベートし用としても失敗します。
ただ、前述したように「転職の選択肢が前提にある」「自分の力で生きていかないといけない」と思っているからこそ、成長意欲は高いですし、市場で通じて力を身に付けることには強い興味・関心があります。そこをうまく押さえてモチベートすることが大切です。
特徴⑤社会貢献や、やりがいを求めている
キャリア形成以外の、働く動機はどうなっているかということですが、いまの40-50代の方は「やっぱりお金!昇進・昇格!」という方も多いかもしれません。しかし、今の若手世代は社会貢献、やりがい、SDGsなどへの関心も高くなっています。
もちろん、いま40-50代の方も様々な価値観がありますし、いろいろな経験をする中で「昇進・昇格よりもワークライフバランスを大切にしたい」「ある程度経済的な自律はしたし、意味がある仕事を求めたい」といった方もいるでしょう。
いまの新人や若手世代も同様ですが、お金や昇進・昇格といったことへの欲求が相対的に低くなり、社会的な価値や仕事のやりがいといった精神的な充足を求める人が増えている。昔よりも若いうちから多様化しているといったイメージです。
本記事は、全2部構成でお送りします。Vol.2は下記よりどうぞ。