Z世代や優秀層の離職は、多くの企業様からいただく相談テーマです。大卒のいわゆる“3年3割”という入社後の離職率は、数十年間さほど変わっていません。
しかし、新人や若手の離職の中身をみると、過去とは違う転職が増えていることも感じます。この数十年で、キャリアに対する考え方や価値観が変わってきたことを反映していると感じます。
そんなZ世代や優秀層の引き留めに必須となる施策として最近、注目されているキーワードが「キャリア安全性」という考え方です。記事ではZ世代や優秀層が今どういう価値観を持っているのか、具体例も紹介したうえで、キャリア安全性が確保された企業の特徴を解説していきます。
*本レポートは2024年4月17日に開催したセミナーを基に作成したものです。予めご了承ください。
<目次>
キャリア安全性とは何か?
人事の方であれば、最近「キャリア安全性」という言葉を耳にすることが増えたと感じていらっしゃるかもしれません。キャリア安全性とは、そもそもどういう概念でしょうか?
キャリア安全性は、「自分のキャリアについて長期間安全な状態でいられると認識できるかどうか」という概念です。
例えば、とある会社に在籍しているとして、自分自身のキャリアは5年後も10年後も安全な状態なのか、キャリアを築ける姿がイメージできるかということです。
「キャリア安全性」と似た響きの言葉として「心理的安全性」があります。「心理的安全性」という言葉はすっかり日本の組織開発やマネジメント領域で馴染んだ感覚がありますが、「心理的安全性」を提唱したエドモンドさんが「キャリア安全性」という言葉も提唱しています。
キャリア安全性について、もう少し具体的に解説しましょう。
「キャリア安全性が高い」のはどういう状態かというと、例えば入社してきた新人や若手であれば「上司や先輩のキャリアに憧れる。5年後10年後、自分もああなりたい」とか、「上司や先輩は実力があり、他社でも通用する、転職できるけど、あえてこの会社を選んで働いているのだな」と思える状態です。
そして、上記なども踏まえて「この会社で頑張れば成長できるし活躍できそう。市場価値もしっかりと高まって、いざというときには転職などの選択肢もある」と思える状態がキャリア安全性の高い状態です。
一方で、キャリア安全性が低いのがどういう状態かというと「この会社の上司や先輩のようにはなりたくないな」「疲弊しているし楽しくなさそうに仕事をしている」「このまま仕事していると他社で通用する力がつかない」「頑張りたいけど挑戦ができない」などと思っている場合はキャリア安全性が低いということです。
昭和の時代であれば、転職が一般的ではありませんでしたし、転職に対する心理的ハードルも高く、キャリア安全性が低くても「何とかこの会社で頑張るぞ」と思ってもらえました。
しかし、いまは転職が当たり前となり、少子化の中で若手人材は常に売り手市場といっても良い状態です。つまり、Z世代にとってはキャリア安全性に不安に感じたら転職を考えることが当たり前です。
そういう中でキャリア安全性が低いと、退職してキャリア安全性が高そうな他社で働きたい、となってしまいます。
未来が不透明、日本経済は右肩下がりになるのではないかという懸念もあり、終身雇用もなくなった中で、Z世代は「新卒で会社に入ったらもう安泰だ」という感覚はもっていません。
未来に明るい絵を描きにくいからこそ、Z世代にとってキャリア安全性が高いということは、働く場所を選ぶ上で重要な概念になっています。採用に携わっている方であれば、面接のときにキャリアについての質問や、会社にどんな成長支援・キャリア支援の仕組みがあるのかを聞かれることも増えているのではないでしょうか。
意識調査から見るZ世代×優秀層の価値観
続いて、Z世代や、いまの若手優秀層がどんな感覚を持っているのか、意識調査の結果も見てみましょう。まずはZ世代のキャリア観についてです。
「自分の市場価値を上げる働き方を希望する人」に当てはまるが、75.1%となっています。全体的に非常に高い数字です。
将来に対する不安がある中で「市場価値」という言葉に対して、いまの若手は非常に敏感です。
また、「AIに代わられない仕事やスキルを身に着けたい」も70.3%と高い数字になっています。“人間の仕事がAIに代わられる”というのは、いろいろなメディアでも言われていますし、若手世代ほど大学やプライベートでもAIに馴染んでいる人は多いでしょう。だからこそ、危機感があるという感覚でしょう。
そして、これも裏を返すと、AIに代わられないような仕事をできる、そういう力を身に着けられる会社が選ばれやすいということです。
最後の結果は違和感がある人もいるかもしれませんが、「自分のペースで仕事をしたい」という回答は80.1%となっており、先ほど2つの回答よりも高くなります。
昭和の世代は、「モーレツ」とも呼ばれる働き方をして、プライベートはないがしろになっていた方も多かったのではないでしょうか。就職氷河期の方であれば、「プライベートの充実なんて言っていられない」というような時期もあったかと思います。
しかし、現代は少子化の影響もあって、慢性的な売り手市場となり、仕事に対する価値観も変容している中で、「自分のペースを守りながら力をつけて市場価値を上げたい」という感覚が主流になっています。
先ほどの「自分のペースで仕事をしたい」につながってくるのがワークライフバランスです。
「ワークライフバランスを大切にしたい」はさらに高まって87.9%という結果になっています。「自分のペースで・・・」と同じ傾向で、男女比を見ると女性の方が明らかに高い数値です。
最後は「給与と労働時間が見合っているか確認したい」という価値観です。
最近は、「タイパ(タイムパフォーマンス)」といって投下する時間の生産性を気にする人が増えています。タイパは、私たちが外食したり物を買ったりするときに、“コスパ(コストパフォーマンス)”を気にするのと同じように、時間に対して見合うか?を気にする感覚です。
プライベートでも、YouTubeや映画を2倍速で見る方が増えていると言いますが、Z世代の若者は仕事や職場に対しても“タイパ”を気にします。
そして、仕事や職場における“タイパ”に対する感覚が「給与と労働時間が見合っているか」ということになるわけです。
「ワークライフバランスや給与と労働時間の見合いを気にしながら、市場価値も高めたい」というのは、昔から個人単位では思っていたことでしょう。しかし、昔は仕事優先が当たり前の価値観であり、転職も普通ではなかった中で、言えなかった、心のうちに留めていたかもしれません。
しかし、いまは「市場価値を高めながらも、自分のペースでタイパよく仕事したい」という公言するのが当たり前の感覚であり、「タイパが合わない」「キャリア安全性が低い」と思えば、転職しやすい市場環境になっています。
ワークライフバランスと成長を両立するためには、本人が学びに対して主体的になってないと、両軸の期待を満たすことは難しいでしょう。
ただし、私たち企業や管理職側もこういう要望が強くなっていることを認識した上で、育成に入っていかないと、どちらにとっても望まない結果、LOSE-LOSEな状態になってしまいます。
心理的安全性とキャリア安全性の実態
ここまで「キャリア安全性」の話をしてきましたが、ここで「心理的安全性」についても触れておきたいと思います。
心理的安全性を簡単に説明すると、組織の中で自分の考えや気持ちを役職や経験、年齢、性別関係なく誰に対しても発言できる状態ということです。
組織の目標達成や成果を出すために、自分が感じている不安や懸念、突拍子もない意見やアイディアなどを遠慮なく発言できる状態が心理的安全性の高い状態です。心理的安全性が低いと、イノベーションは起きませんし、働くメンバーのモチベーションも下がりエンゲージメントが低くなります。
心理的安全性という言葉は日本のHR領域においてすっかり馴染んだ言葉になったと感じますが、功罪が生まれています。
上記は「心理的安全性の浸透」を進めてきた結果、起きてしまった失敗について管理職の方77名に聞いた調査結果です。
結果を見ていると、厳しさや張りのないぬるま湯組織になったと感じている管理職の方も一定の割合いることが分かります。
心理的安全性という言葉の普及は、○○ハラスメントという言葉が多く使われるようになってきたタイミングとも一致します。その結果、心理的安全性という言葉が誤解されて、ハラスメント回避の意識とも相まって管理職の方が踏み込んだ指導ができなくなったり、当たり障りないマネジメントになってしまったりすることが増えています。
優しい会社になったけど、よく見たらぬるま湯になっていて、管理職だけ仕事を抱え込んでしまったり、部下に対して要望ができなくなったりしている状態が多くの職場で生まれています。
これは本来の心理的安全性が浸透していないという問題でもあります。
そもそも部下だけが自由に言える状態だけではなく、管理職もきちんと言える状態になっているのかは、見ないといけない点でしょう。
もちろん、現場でモーレツに働いて叩き上げで管理職になった方が非常に厳しく部下を指導するという時代は終わりました。そして、ある意味で、その反動もあったのか「心理的安全性」という概念が注目されましたが、本来の心理的安全性ではなく、「温い職場づくり」になってしまった部分があるわけです。
その結果、一方的に権利を主張する人が増えたり、職場の中で規律が保たれなくなったりすると、結果的に管理職に負荷がいったり、モチベーションが下がってしまう人が出たりします。
“温い職場”になれば、優秀層になるほど「キャリア安全性」が急激に下がっていきます。そうすると、今度は優秀層の離職が生まれるわけです。
若手の活躍のために心理的安全性だけでは不十分?
画像引用元:スキイキ!プロ活らぼ by マイナビ | 企業×外部人材の可能性を学ぶメディア『なぜ「心理的安全性」と「キャリア安全性」のバランスが求められているのか?企業と人材双方が育っていく解決策』
元データ:リクルートワークス研究所|『大手企業における若手育成状況調査報告書』
上の図は「心理的安全性」が高い/低いと「キャリア安全性」が高い/低いという2軸を掛け合わせて、4つに分類したとき、「どのような会社だと辞めたいと思われてしまうのか」を表したデータです。
左側が掛け合わせの4象限を示しています。4象限の左上、1はSecure、キャリア安全性も心理的安全性も高い職場、“キャリアと心理、2つの軸で安全”な職場です。右上の2はHeavy、心理的安全性は低いがキャリア安全性は高い、“大変だけど成長できる”というイメージです。
左下の3はLoose、心理的安全性は高いがキャリア安全性は低い、“居心地は良いけど成長できない”、“温い”とか“ゆるブラック”とも表現される職場ですね。最後の右下4はDangerous、キャリア安全性も心理的安全性も低い、つまり“危険”な職場です。
右側は、左の1~4までの職場における離職意向を示しています。「すぐにでも退職したい」と「少なくとも2-3年は働き続けたい(けど、そのあたりで退職したい)」、それぞれの比率を棒グラフで示したものです。2つの合計が高いほど、若手が退職しやすい職場ということになります。
詳しく見ていくと、右下の4:Dnagerousな職場、この会社では将来のキャリアを描けないと思われているし、さらに自由にものを言えない職場では、当然辞めたい人が多くなります。すぐと2-3年を合計すると55.2%。つまり今いる若手の半分が数年で退職するかもしれないということです。
営業会社や店舗系の会社などで、このような若手離職の悩みをよく聞きます。
たとえば「店長になったら終わりで、先のキャリアが見えない」「店長も幸せそうではないし、アルバイトのシフトと店舗の売上に追われている」「今は営業で頑張るのも良いけど、その先が見えない」、さらに「上司も話を聞いてくれない」「数字のことだけ」となると、辞めたくなってしまいます。
次に注目していただきたいのが、3:Looseの「心理的安全性は高いが、キャリア安全性が低い」です。何でも言い合える職場なので、居心地はよく「すぐ辞めたい」という人は4:Dangerousと比べるとぐっと減少して、23.7%⇒13.4%となります。
しかし、「2-3年は働くけど、そこで辞めたい」という比率を見ると、31.5%⇒30.6%と4:Dangerousとあまり変わりません。つまり、これが「キャリア安全性が低いと今の若手は辞めやすい」ということです。
すぐと2-3年を合計すると44%と、3:Looseの職場も数年で半数弱が退職してしまう形になります。どんなに働きやすくて風通しの良い環境だったとしても、キャリアが見えないと、Z世代の若手は辞めてしまうということです。さらにLooseの職場では、優秀な若手ほど退職する傾向も出てきます。
次に1:Secureと2:Heavyを併せて見てみます。2つの領域はわりと傾向が近く、まず3:Loose、4:Heavyと比べると、ぐっと離職意向が下がります。これがキャリア安全性の高さ、「この職場で働いていれば市場価値が高まる」という意識がもたらすものです。
ただ、その中で2:Heavy、「成長できるけど、自由に発言できない」という職場だと、今すぐの離職意向は1:Secureと比べると高まります。
そして、1:Secureは心理的安全性もキャリア安全性も確保された職場は最も離職意向は低くなりますが、それでも29.5%。Z世代は「キャリア形成の上で転職を当たり前のものとして視野に入れている」と言われますが、いまはどんな良い職場でも3割ぐらいは離職意向を持っているということです。
なお、これは感覚値になりますが、1:Secureな職場では、キャリアアップの実現、独立のために離職したいといった前向きの転職が増える傾向が出てきます。
説明を通じて、改めて押さえておきたい大事なポイントは、どんなに話しやすい空気感の会社であったとしても、キャリアが見えない、市場価値が身に付かないと思ったら、若手は辞めていくということです。
本記事は、全2部構成でお送りします。Vol.2は下記よりどうぞ。