少子化に伴う人手不足の傾向が強まる中で、採用だけでなく人材育成において課題を抱える企業も増えています。
組織づくりは、必要とする人材を採用してゴールではなく、一人前の戦力として、そして幹部候補として貢献してくれるように育成、またエンゲージメント向上に取り組む必要があります。
記事では、多くの企業が共通して抱える人材育成の課題や発生原因を解説しながら、人材育成のポイントなども紹介していきますので、ぜひご一読ください。
<目次>
人材育成でよくある5つの課題
企業によって、置かれている経営環境や必要とする人材像は異なります。人材育成で生じる課題も細かく見れば違ってきますが、多くの企業が共通して抱えている課題もあります。人材育成がうまくいかない企業が悩まれている5つの課題を確認しましょう。
人材育成の軽視
人材育成は、企業の将来のためには欠かせないものですが、一方で、投資対効果が見えづらかったり、効果が出るまでに時間がかかる側面もあったりして、経営や実務の中で後回しにされてしまいがちな部分もあります。
そうすると、研修時間や予算などを十分に確保することができず、「研修に派遣してもらえない」「教育を行えない」といった問題が生じてきます。
育成計画の欠如
時間や予算が確保できないことに加え、中長期的な視点に立った育成計画がないことも人材育成がうまくいかない原因です。
人材はすぐに育つというものではなく、必要なスキルや見識を身に付けて事業に貢献できるようになるまでには時間がかかります。そのため、人材育成には長期的な視点や一貫性が必要です。
中長期的な視点がなく、場当たり的に生じた課題に対して研修などを実施していると、研修の効果が出なくなってしまいます。そして、「効果が出ない ⇒ 人材育成の優先順位が下がる ⇒ きちんとした計画がないまま緊急度の高いものだけ実施される ⇒ 効果が出ない…」という悪循環にはまってしまいがちです。
工数不足
人材育成には時間と工数がかかりますが、十分な工数を確保できないというケースも多くあります。
経営陣が人材教育に対して関心が薄かったり、人事や管理職が目の前の業務に追われて時間を割くことができなかったりすると、工数の確保が難しくなりがちです。
人事の場合、兼務業務が多いと、緊急度が高い採用や労務、また人事評価などの業務やオペレーションに工数を取られてしまい、人材育成に対して検討や効果検証する時間がない。結果的に場当たり的な取り組みになったり、惰性的に決まった研修をやるだけになっていたりするケースがあります。
また、人材育成は集合研修などですべてが解決するわけではなく、現場での実務を通じた人材育成も重要です。例えば、挑戦的な業務を任せてみる、1on1によるエンゲージメント向上や悩みの解消、キャリア面談やフィードバックといった取り組みです。管理職がプレイングマネージャーであったり、担当範疇が広くなり過ぎたりすると、こうした人材育成に十分な時間を取れず、とくに個別のケアでできないケースが増えてきます。
育成ノウハウの不足
上述したような優先順位が低い、時間がない、予算がない、計画がないといったことに加えて、ノウハウ不足も人材育成の大きな課題となってきます。
効果的な人材育成を実施するためには、やはり一定のノウハウが必要です。育成計画の作成、研修の実施、現場実践へのブリッジング、現場におけるフィードバックなどの体系、OJTの立案&実施ノウハウといったものです。
こうした育成ノウハウを社内で蓄積して仕組化していかないと、なかなか効果的な人材育成はできません。
育成対象者の成長意欲
育成対象者の成長意欲の低さも、人材育成の課題の一つです。とりわけ最近は「若手の成長意欲の低さを感じる」という人事担当者の悩みを聞くことも多くなっています。
以下に示すのは、平成30年度に実施された「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」の結果で、日本を含む7か国の満13歳から満29歳までの男女を対象にインターネット調査したものです。
まず、若い人が抱いているセルフイメージについて見ていきましょう。
引用)「令和元年版 子供・若者白書」内閣府
https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/r01honpen/s0_1.html
「私は、自分自身に満足している」に対して、「そう思う」と回答したのは、10.4%となっており、自分に対する満足度は低いというのが見て取れます。
また、「うまくいくかわからないことにも意欲的に取り組める」に対して、「そう思う」と回答したのは、10.8%と低い数値です。
「どちらかといえばそう思う」まで含めると50%をわずかに超えるものの、どんな状況下でも積極的に挑戦しようとする人は、10人に1人程度といったところでしょう。
次に、自分の長所に対する認識に関して、諸外国と比較したものはどうでしょうか。
引用)「令和元年版 子供・若者白書」内閣府
https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/r01honpen/s0_1.html
グラフを見て分かる通り、日本の若者の「自分には長所がある」という認識は、諸外国に比べてかなり低くなっています。
自分への自信のなさから積極的なチャレンジに対してブレーキがかかってしまっている若者の姿というのが見て取れます。
上記は、13歳から29歳ということでかなり広範囲に実施したものですが、傾向としてはZ世代の若手社会人などに関しても当てはまる部分があるように思います。
Z世代の若手社会人などは、年功序列の感覚などは完全になくなった中で、人生を安定させるには自分の力を高めるしかないと思っており、「成長意欲」は高いことが多いです。一方で、上記のように「自己肯定感」「自己効力感」が低く、成長はしたいが、一歩踏み出す勇気に欠けているといったケースが多くあります。
こうした部分が人事や管理職の人から見ると「成長意欲の低さ」に映ることも多いようです。若手の育成は、こうした特性も踏まえて設計していく必要があるでしょう。
人材育成の課題にある背景
人材育成の課題に対処するうえで、対症療法的な対応策を取るだけでは解決は難しいでしょう。なぜこうした課題が発生してしまうのかという背景についても理解し、根本から対処することが重要です。人材育成の課題が発生する原因として挙げられるのは、次の5つです。
離職への不安
採用した人材が一人前となって、業績などに貢献できるようになるまでには、多くの先行投資を必要とします。また、その後も管理職、幹部候補としていくためには継続的な投資が必要です。
しかし、年功序列が崩壊して転職もあたりに前になった中で、人材育成に先行投資しても回収できる、十分に貢献してくれる前に辞めてしまうかもしれない危惧を持っている層は、痛い経験をしたことがある中小企業経営者などを中心に多いものです。
「せっかく苦労して育てたのに、もしも辞められてしまったら」という不安が出てきてしまうと、それがブレーキとなって、人材育成に対して時間や予算を配分するのをためらうようになってしまいます。
辞められてもダメージが最小限で済むように「即戦力」ばかりに頼ろうとしてしまったり、自社で育成することに対して消極的な姿勢になりがちになったりするのです。
成功体験の不足
物事に対して積極的にチャレンジできるようになるためには、成功体験を持つことが重要です。これは人材育成に関しても同様です。
先ほどの離職に対する危惧とは逆で、人材育成に関して成功体験がある経営者、組織は積極的に人材育成へと投資しますが、逆に成功体験がない経営者、組織は育成投資へ慎重になりがちです。
とくに、経営層に関しては育成によって自身やメンバーが成長した成功体験がないと、人材育成に重きを置かなくなる傾向があります。
例えば、中小企業で叩き上げの創業経営者は「人は、実務の中で学んで成長するもの」という意識が強く、「自身が教育を受けて成長した経験」がある2代目や3代目の経営者は人材育成を重視する傾向があります。
人事評価の課題
予算や工数不足は、結局のところ、人材育成を重視していない、優先順位が低いことから生じる問題です。
経営者自身の意識による場合もありますが、社内の評価やメッセージが「今日の業績」に偏り過ぎていたり、「個人の成果」にフォーカスし過ぎたりしていると、幹部や管理職は人材育成に意識や工数を割かなくなります。
経営陣が、将来を見据えて人材育成を重視するという決意を込めて強いメッセージを発することができなければ、管理職は目先の評価にばかり気にして人材育成の優先順位が大きく下がってしまうものです。
外部ノウハウの不足
前述のとおり、効果的な人材育成を行うためには一定のノウハウが必要です。
たとえば、OJTの品質を高める、育成体制を設計する、研修の効果性を高めるなど、いずれも研究されてきたフレームワークが存在します。こうした外部の知見を取り入れずに、内部だけで人材育成に取り組んでいると、なかなか効果が高まりません。
そうなってしまうと、「投資対効果に合わない」という判断になり、人材育成が重視されなくなるという悪循環に陥ってしまいます。
組織開発や採用の失敗
成長意欲は、組織文化であり、採用(エントリーマネジメント)の問題でもあります。例えば、年功序列で頑張っても頑張らなくても評価は変わらない、成長しても待遇や昇格などにつながらなければ、従業員に成長意欲は生まれません。事業展開が「現状維持」といった場合も同様です。
組織自体に成長を促すような文化が根付いておらず、成長を強く望む人材を採用できていなければ、担当者が必死に人材を育てようとしても、うまくいくものではありません。
人材育成における「能力」開発以外の側面
人材育成というと個人の業務スキルの向上に焦点が当たりがちですが、それだけではありません。個人の業務スキルの改善には限界があります。人材育成に取り組むうえでは、個人の能力、業務スキル以外で重要になる側面を紹介します。ぜひ人材育成の体系にうまく取り入れてください。
ヒューマンスキル
組織は人によって成り立っているものであり、信頼関係を作ったり、組織の生産性を高めたりするうえでは、ヒューマンスキルが非常に大切です。
ヒューマンスキルには、コミュニケーションスキルも含まれていますが、さらにその基盤となるセルフリーダーシップやセルフマネジメント、人格形成なども一種のヒューマンスキルといえます。
とくにヒューマンスキルは、人を動かして組織の成果をあげる管理職層には不可欠な能力です。管理職層の業務遂行能力が高くても、ヒューマンスキルが不足していればチーム内に信頼関係は生まれず、管理職の指示命令の徹底度も低下していきます。
日常業務に関する業務スキルは比較的短期間で身につくのに対して、ヒューマンスキルの開発には時間がかかります。そのため、強い管理職をつくるためには新人・若手の頃から計画的にヒューマンスキルの開発を取り組むことが大切です。
心理的安全性
心理的安全性とは、組織の中で批判や否定を恐れずに自分の考えや意見を発言できる状態を指します。心理的安全性は、好き勝手なことを言えるというものではなく、「周囲に変な気を遣わずに異論を出したり、質問したり、懸念を表明したりできる」という感覚です。
2016年にGoogleが「心理的安全性の高いチームは生産性が高い」との研究成果を発表して以来、注目されるようになりました。
心理的安全性を阻害する要因としては、以下の4つの不安があります。
①無知だと思われる不安
②無能だと思われる不安
③邪魔をしていると思われる不安
④ネガティブだと思われる不安
たとえば、
- 部下が上司からアドバイスを受けたい
- チームMTGで質問したい
- 施策に関して懸念点がある
- 自分のタスクの進捗が悪いのでヘルプが欲しい
- 突拍子もないアイディアを思いついたので共有したい
といった際に上記のような不安が出てきてしまうと、行動が止まってしまい、相談や質問、議論などがされず、結果的に業務がうまくいかなくなってしまいます。
「組織の生産性を高める」ためには、こうしたチーム内の人間関係、心理的安全性の確保は非常に大切な取り組みとなります。
ワーク・エンゲージメント
ワーク・エンゲージメントとは、高いエネルギーで仕事に取り組めている(活力)、仕事に誇りとやりがいを感じている(熱意)、仕事に集中している(没頭)の3つが揃った状態を指す言葉です。
ワーク・エンゲージメントには様々な効果がありますが、人材育成という点でみると、ワーク・エンゲージメントの向上は自発性、積極性、顧客満足度の向上などにつながるものです。
以下に示すのは、ワーク・エンゲージメントをスコア化したものと自発性、積極性、顧客満足度との関係について示したものです。
引用)「令和元年版 労働経済の分析」厚生労働省、P24
いずれもワーク・エンゲージメントのスコアと正の相関が見られるものであり、人材育成においてもスキル向上と並んで、ワーク・エンゲージメントを高める取り組みも重要であるとことが分かります。
共通言語の構築
組織内でコミュニケーションが円滑に行われるようにするためには、共通言語を構築することが非常に大切です。そして、じつは上司と部下で同じ言葉を使っていたとしても、言葉に対する認識はズレているということはよくあります。
例えば、トヨタ自動車でいえば、「3現主義(現場・現物・現実)」や「なぜを5回繰り返す」といったことが社内の共通言語になっており、全社員が同じ言葉・同じイメージを共有しています。
また、例えば、HRドクターを運営する研修会社ジェイックでは、7つの習慣®が共通言語になっており、たとえば「パラダイム」「主体性」「第2領域」「信頼残高」「第3案」といった単語を社員全員が同じ意味で理解しています。
社内で共通言語を構築できると、組織内のコミュニケーションが円滑になりますし、日常における人材育成なども非常にスムーズになります。
キャリア自律
キャリア自律とは、個人が会社や組織に依存することなく、自らのキャリアに責任を持ち、自らキャリア形成を継続的に行うことを指します。
キャリア自律度が高い人は、自己評価や仕事の充実度が高く、新しい事業を生み出す原動力ともなるため、社員のキャリア自律の支援を行う企業が増えてきています。
年功序列が崩壊して転職が当たり前になる中で、キャリア自律を支援することは、従業員に「自分のキャリアを応援してくれる会社」として認識され、結果的に離職や人材流出を防ぐ効果が期待できます。
人材育成の課題解消に役立つ考え方
効果的な人材育成を行う、また人材育成の計画を考えるうえでは、上述したような実務スキル以外の人材育成や組織開発も重要です。ここでは、また少し違う視点で人材育成の課題解決に役立ついくつかのキーワードや考え方を紹介します。
成功の方程式
人生や仕事の結果がどう決まるのかを説いた稲盛和夫氏の「成功の方程式」はご存じの方も多いかもしれません。稲盛氏の成功の方程式では、人生・仕事の結果は、以下のように表されます。
熱意と能力は、それぞれ0~100点まであるとされています。いくら「能力」が優れていても、それを鼻にかけて努力を怠ってしまうような人よりも、自分には普通の能力しかないからと熱意をもって誰よりも努力した人の方が結果を出せるというのが稲盛氏の考えです。
また、成功の方程式で特徴的なのが、「考え方」という要素が入っている点です。稲盛氏は、考え方とは生きる姿勢であり、マイナス100点からプラス100点まであります。つまり、どれだけ熱意と能力があっても考え方がねじ曲がっていれば結果はマイナスになってしまうということです。
組織の人材育成という視点でみると、
熱意 = モチベーション、エンゲージメント
考え方 = 仕事への姿勢、共通言語、人間性
といったものになるでしょう。
人材育成の中で、熱意や考え方の部分をしっかりとケアできているかということがひとつ大切になってきます。
カッツ理論
階層研修を考える上で参考になるのが、カッツ理論です。カッツ理論とは、アメリカの経済学者ロバート・L・カッツ氏が1950年代に提唱した、マネジメント層の役職と必要なビジネススキルの関係性を明示した考え方です。
カッツ理論では、仕事でパフォーマンスするために必要な能力を、大きく3種類に大きく分類しました。
① テクニカルスキル:
業務に必要な知識や技術、ノウハウといった「業務遂行能力」。プレイヤーやロワーマネジメント層が成果をあげるうえでは、実務を進行させるための能力がじゅうようとなってくるわけです。
② ヒューマンスキル:
周囲と信頼関係を築き、人を動かすために必要な「対人関係力」。なお日本語のコミュニケーション力で連想されるテクニカルなスキルだけでなく、先ほども少し触れた通りコミュニケーションスキルの根底にあるリーダーシップやセルフマネジメント、人間性なども含めて概念です。
③ コンセプチュアルスキル:
ミッションやビジョン、戦略など抽象的な思考を扱う「概念化能力」。ロジカルシンキングやクリティカルシンキング、ラテラルシンキングなどの思考力の領域です。コンセプチュアルスキルの高い人材は、これらのスキルによって一つの経験から多くの知見を得たり、全く違うように見える問題の共通項を見出して解決したりすることが得意という特徴があります。
トップマネジメント層 :経営者層(経営者、役員、事業部長)
ミドルマネジメント層 :管理者層(マネジメント専任の部課長など)
ロワーマネジメント層 :監督者層(現場のマネジメントを行なう主任など)
なお、本来のカッツ理論は上記の通り、マネジメント層に必要な能力について考察したものですが、人材育成の実務的にはロワーマネジメント層の延長線上に「プレイヤー層」があると考えるとイメージしやすいでしょう。
上記を踏まえて、各階層でパフォーマンスに必要な能力の比率を図にしたものが以下の通りです。
以上のように、それぞれの階層によって必要となるスキルは異なってくることから、それぞれの階層に応じた人材育成が必要なってくるわけです。
なお、カッツ理論に関しては、以下の記事で詳しく紹介していますので、ご興味あればご覧ください。
ブリンカーホフの法則
研修を実施する際に意識しておくといいのが、「ブリンカーホフの法則」と呼ばれるものです。
ブリンカーホフの法則とは「4:2:4の法則」とも呼ばれており、研修を通じた行動変容に影響を与える要素の割合を示したもので、割合としては、受講前40%、受講当日20%、受講後40%となるという法則です。
つまり、研修の効果性を高めようと考えた際、研修の中身、プログラムなどの品質UPだけを考えてしまいがちですが、じつは効果性を高めるうえでは、研修当日よりも研修前後のアプローチこそが大切です。
例えば、研修前でいえば、前向きに、また目的意識を持って参加してもらうための研修前の動機づけ、上司からの期待伝達、事前学習の実施などが重要です。
また、研修後でいえば、学んだ内容を実務で実践するための仕掛け、上司や職場への共有等を通じた振り返り、実践結果を発表する場の設定といったものです。
コルブの経験学習モデル
コルブの経験学習モデルは、人が経験からどのように学ぶのかをモデル化したものです。
コルブの経験学習モデルでは、私たちは以下に示す4つのステップを踏んで、経験から学びを獲得していくとされています。
ステップ1:具体的経験(業務や活動の中で具体的な経験をする)
ステップ2:省察的観察(経験した内容を自分の中で多面的に振り返る)
ステップ3:抽象的概念化(経験に共通点を見つけ出し概念化させる)
ステップ4:能動的実験(得られた概念が正しいかを他のケースで試してみる)
経験を学びに変えるためには、このステップ1からステップ4までのサイクルを、いかにスムーズに多く回すかが重要になってきます。
逆に言えば、コルブの経験モデルをうまく組織内に組み込めれば、日常業務を通じた人材育成の効果が非常に高まっていきます。日誌や朝礼の項目に上手く問いの形を使って組み込むことがお勧めです。
人材育成7つの手法とメリット・デメリット
人材育成の課題や問題が起る背景、課題を解消するための考え方について触れてきましたが、最後に具体的にどうやって人材育成の手法についても紹介します。本章では、人材育成の手法として代表的なものを7つ取り上げ、簡単にメリット・デメリットを紹介します。
Off-JT
Off-JT(Off The Job Training)は、職場での実務から離れて行われる研修やセミナーを指します。Off-JTは実務から離れて集中することで、必要な知識などを体系的に学べるというメリットがあります。
また、Off-JTでは、参加した人に対して同時に同じ内容の研修を行うため、習ったことがない人が出てきてしまうといった教育の漏れを無くすこともできます。
一方でデメリットとしては、外部講師を招くと費用がかかってしまう、参加者の予定が合わなければ実施が難しい、一人ひとりの理解力に合わせた教育が難しいといった点が挙げられます。
また、ロールプレイングなども組み込むにしても、Off-JTでの学びはあくまで“机上のもの”となりますので、学んだことを実務でどう生かすかというブリッジングやアフターフォロー、また、OJTとの組み合わせが大切になってきます。
OJT
OJT(On The Job Training)は、現場での実務指導と体験を通して、業務に必要となる知識やスキルを身につける取り組みを指します。
OJTは、業務を行いながら学ぶことで、理解できていない部分が明確になり、すぐさまフィードバックを受けることで効率よく知識とスキルの定着を図れることが大きなメリットです。たとえば、Off-JTで学んだことをOJTでアウトプットすれば、学んだ内容の理解をより強固なものとすることができるでしょう。
OJTのデメリットは、OJT指導者に負荷が生じること、また、OJT指導者の力量や熱意によって得られる知識やスキルの質や量、教育効果にばらつきが出てしまうことです。
一般的にOJT指導者は現場の社員であり、自分の日常業務をこなしながら、新人の教育やフィードバックを行うため、それなりの負荷がかかります。
また、OJT指導者が多忙のため、十分な教育が行われないまま放置されてしまったということにならないようにも注意が必要です。教える側と教わる側の相性の問題もあるため、OJTは上手くいった場合とそうでない場合とで、ばらつきが出てしまいがちです。
そこを補うためにOff-JTと組み合わせる、OJTの計画をきちんと作成してもらうといったことが大切です。
eラーニング
Off-JTの一種であり、パソコン、スマホ、タブレットといった電子機器を利用して学ぶのがeラーニングです。
eラーニングのメリットは、学習する人が、自分のスケジュールや理解度に合わせて、自由に学ぶことができるという点です。スケジュール調整が難しくて集合研修を行えないような場合や個人間で理解度にばらつきがある場合などは有効な人材育成手法です。
学習管理システム(LMS)を使えば、学習の進捗度や理解度も可視化できますので、管理やフィードバックも容易になります。
一方、eラーニングのデメリットは教育効果です。動画を見て学ぶという形式上、どうしても学習内容が知識のインプットに限られてしまいます。また、好きなタイミングで学習するというスタイルだからこそ、学習の進捗が学習者のモチベーションに依存してしまいます。
自己啓発支援
自己啓発支援とは、企業側が従業員のスキルアップに必要な費用の一部や全額を負担するといった金銭的支援や、勤務時間を利用した研修への自主参加を許可するという時間的支援などを通して、自発的な能力開発を後押しする人材育成の仕組みです。
自発的な成長を後押しするメリットとしては、社員が自分の意志で行うためモチベーションが高く、成長につながりやすい点が挙げられます。また、成長した社員の視野が広がり、それが業務にプラスの影響を及ぼすことも期待できます。
一方で、自己啓発支援のデメリットは、必ずしも企業が期待したような効果が得られるわけではないということです。企業側が求めるものと方向性がずれてしまう、業務に直結する学習になりにくいといったことが生じがちですので、あくまで補助的な人材育成、また福利厚生の一種と考えるとよいでしょう。
目標管理制度
目標管理制度は、MBO(Management by Objectives)の日本語訳であり、経営学者ドラッカーが提唱したマネジメント概念です。
社員個人が会社の方針と自身が目指したい方向性を擦り合わせて自分で目標を決め、成果までの道のりを自ら管理するというのがMBOの考え方です。
目標管理制度は、人事評価制度に組み込まれて運用しているケースが大半です。ただ、きちんと「目標設定⇒進捗のフォロー⇒フィードバック」というサイクルを運用することで、実務を通した人材育成の仕組みとして機能します。単なる評価制度にしてしまうのではなく、人材育成の一環として活用することが大切です。
1on1、コーチング
個別で人材育成を行う手法として、近年注目を集めているのが1on1やコーチングです。
1on1とは、上司と部下が定期的に行う1対1のミーティングで、人事面談と異なり部下の成長をサポートする目的で行われるものです。
1on1で重要になってくるのが、上司が一方的に話すのではなく、しっかりと部下の言葉に耳を傾けて対話できるようにすることです。部下の話に耳を傾けることで部下の中に気づきが生まれ、自発的な成長を促すことができます。
また、1on1などでも有効に活用できるのが「傾聴」などのコーチングスキルです。近年では、部下の自発的な成長を促せるようにコーチングを学ぶビジネスパーソン、また管理職研修にコーチングを取り入れる企業も増えてきています。
コーチングは、ティーチングと対比される人材育成手法であり、「質問」を通じて、相手に考えさせる、相手の思考を刺激することができます。また、自ら考えるからこそ、決めた内容に関してはコミットメントが生まれ、実践率なども高まります。
OJD
OJD(On the Job Development)とは、現場での仕事を通して将来必要になるマネジメント能力の開発を行うことです。
OJTとよく似ていますが、OJTは日常業務を遂行するのに必要な能力を短期的に取得することを目指すのに対して、OJDは将来を見据えた長期的な人材育成であるという点に違いがあります。
部下の「どういったキャリアを歩みたいのか」という希望なども踏まえて、組織として必要なマネジメント能力などが身に付くように配置なども通じて支援していきます。
OJDは日本の大手企業において昔からあった部門や職種をまたいだ異動、出向などを通じて幹部人材を育成していくやり方を、より汎用的・現代版にブラッシュアップしたものをいえます。
人材育成は、研修などだけで完結するものではなく、やはり現場での経験が非常に重要です。その意味では、管理職や幹部候補の人材育成などにおいてはOJDの考え方を取り入れることが非常に有効です。
まとめ
人材育成は、組織の将来を左右する非常に重要な取り組みです。一方で、育成投資した人材が離職してしまったり、人材育成の成功体験を持っていなかったりすると、どうしても経営における優先順位が下がってしまい、必要な費用や工数などが確保されないといった課題が生じたりしがちです。
人材育成の必要性をしっかりと経営陣とすり合わせたうえで、一定の投資を行うことを決める。そのうえで、中長期的な育成系系を立てたり、外部のノウハウを取り入れたりしながら、人材育成を進めていきましょう。
進めるうえでは、個人の実務スキルだけでなく、ヒューマンスキルや考え方教育、エンゲージメント向上や心理的安全性の確保などの取り組みも大切です。
記事で紹介した成功の方程式やカッツ理論、ブリンカーホフの法則やコルブの経験学習モデルなど、有効な理論等も取り入れて、ぜひ自社の人材育成体系を構築していってください。