組織においてメンバーの“モチベーションアップ”は、生産性の向上や離職率の低下、それによる業績上昇などの効果が見込めます。
しかし、“モチベーション”を何となく“やる気”といったあいまいな形で捉えている人もいるかもしれません。モチベーションは心理学の見地からかなり研究されており、知っておくことでマネジメントに活用できる理論がいくつもあります。
記事ではモチベーションアップに関連する主要な理論、また、メンバーのモチベーションが下がる原因やモチベーションを上げる5つの方法を解説します。
<目次>
モチベーションアップとは?
モチベーションアップとはその名のとおり、“モチベーションを向上させる”ことです。モチベーションとは”動機”を意味します。
頭の中で多くの作業が行われる知識労働、また、心の状態がサービス品質などに反映される感情労働では、社員のモチベーションは生産性等に大きな影響を与えます。
日本でモチベーションという言葉は、何となく“やる気”といったニュアンスで曖昧に使われてしまっている部分もありますが、モチベーション理論などは1950年代から研究されてきており、きちんと理解することでマネジメントに有効に生かせますので、紹介していきましょう。
モチベーションアップに関する理論
前述の通り、モチベーションアップに関してはさまざまな理論が提唱されています。ここではおもな理論を6つ紹介します。
- マズローの5段階説
- ハーズバーグの二要因理論
- マクレガーのX理論・Y理論
- マクレランドの欲求理論
- 期待理論
- 外発的動機づけと内発的動機づけ
マズローの5段階説
マズローの欲求5段階説はアメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した理論で、自己実現理論とも呼ばれています。人間の欲求を以下の5段階でピラミッド型として分類したものです。
ピラミッド下層の欲求が満たされると、次段階の欲求を求め、最終的に、第5段階の自己実現欲求に到達します。
逆にいうと、下層の欲求が満たされていないと上層の欲求にはいきません。例えば、承認欲求が満たされていない状態では、自己実現の欲求は発揮されないということです。
全体的には、人間は成熟するにつれてより上位の欲求に移っていくと考えられます。
ただ、マネジメントでの活用を考えるうえでは、メンバーはそのときどきの状況で「どこが満たされていないか?(どこを求めているか?)」が変わり、欲求の階層が下がることもあると考えたほうが適切です。
メンバーそれぞれの下層欲求が満たされているかを注意・ケアすることで、下層の欲求が満たされて自己実現の欲求で動ける状態を目指すことがモチベーションアップのポイントです。
ハーズバーグの二要因理論
二要因理論は、アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが1959年に発表した理論で、モチベーションを左右する要因を以下の2つに大別できるという考え方です。
モチベーションを左右する要因は以下の2つに大別できる1.仕事の環境などを中心として、不満足を生み出す衛生要因
ex)勤怠や給与、肉体的な安全など
2.仕事の内容などを中心として、満足を生み出す動機付け要因
ex)仕事のやりがいや自己成長など
二要因理論に基づいて考えると、衛生要因をきちんと満たさないと、大きな不満足が発生します。一方で、衛生要因を標準以上の水準に少し上げても大きな動機付けにはなりません。
すべての要素を明確に切り分けられるものではありませんが、メンバーのモチベーションアップを考えるためには、衛生要因を満たしたうえで動機付け要因にもフォーカスする必要があります。
マクレガーのX理論・Y理論
マクレガーのX理論Y理論は、動機付けに関する2つの対立的な人間観を指すもので、前述したマズローの欲求5段階説をもとに、アメリカの心理・経営学者ダグラス・マクレガーが提唱しました。
X理論は性悪説、Y理論は性善説に基づく理論であり、極端な表現をすると「人は何もしなければ頑張らない」というのがX理論、逆に「阻害要因を適切に解除すれば頑張る」というのがY理論です。
生理的欲求や安全欲求、社会的欲求が満たされている現在では、Y理論の方が適用しやすいとされています。
ただ、実務的には人の動機をきれいに2つに分類しようということに少し無理があり、欲求5段階説や次に紹介する欲求理論の方がマネジメントの実務上は生かしやすいと感じます。
マクレランドの欲求理論
マクレランドの欲求理論は、アメリカの心理学者デイビッド・C・マクレランドが1976年に発表したもので、人の動機を4つに分類する考え方です。
1.達成動機…自分の力で何かを成し遂げたい
2.権力動機…人に影響を与えたい
3.親和動機…良好な人間関係を大切にしたい
4.回避動機…リスクを避けたい
人は4つの動機すべてを持っていますが、「どの動機が強いか?」という相対的な強さは個人ごとに異なります。
そして、どの動機が強いかによって、「どんな要因でその人がモチベーションアップするか、逆にモチベーションが上がらないか」が決まってきます。
欲求理論はメンバーのモチベーションマネジメントをする上では、5段階欲求説と並んで非常に有効な理論です。
メンバーそれぞれの動機がどの順番で強いかを把握して、それに応じたアプローチをすることで、モチベーションアップにつなげられます。欲求理論を用いたモチベーションアップの詳細は下記の記事で解説しています。
期待理論
モチベーションアップを考える上では、期待理論も参考になります。期待理論といわれるものはいくつかの種類があります。まず、ブルームの期待理論は、好ましい成果を実現するには次の3つの要素が必要とする考え方です。
好ましい成果を実現するのに必要となる3つの要素
①実力や能力に応じた目標設定
②魅力的な報酬の設定
③職務遂行を円滑に進めるための戦略策定
また、期待理論と呼ばれるもうひとつの理論が1968年に発表された”ポーターとローラーの期待理論”です。ポータートローラーの期待理論は、「努力した結果として得た報酬の満足度によって、その後のモチベーションが決まる」というものです。
報酬で得た満足感がモチベーションに直結するという考え方であり、以下のような”好循環のループ現象”が起こすことが大切になります。
- 成果が上がる
- 報酬を得られる
- 満足感が高まる
- 次もがんばろうとモチベーションがアップする
- 最初に戻る(努力する)
報酬はモチベーションアップを考えるうえで重要な要因の一つであり、いかに“好循環のループ現象”を起こして継続させられるかが大切となります。
これを踏まえてブルームの期待理論を読み解くと、成果を上げるためには適切な目標、個人にとって価値ある報酬(意味や価値)、報酬を得られる現実的な方法が必要であるということになります。
マネジメントでは、目標設定と達成支援を通じて、上記の3つを満たすことが重要です。ビジネスでは、意外と2つ目の要素が抜けがちになるので注意が必要です。
外発的動機づけと内発的動機づけ
外発的動機付けとは、その字の通り、外から与える報酬によってモチベーションアップを実現するやり方です。
上述した報酬こそが外発的動機付けの最たるものです。報酬は金銭的なものだけでなく、地位、名誉、感謝、表彰、承認…なども報酬のひとつです。
内発的動機付けは、外発的動機付けの反対で、外部からの報酬ではなく内部から湧き上がってくる動機です。
外発的動機付けの場合、行動自体は目的ではなく行動したことで得られる報酬がモチベーションの源泉です。一方で、内発的動機付けは取り組むこと自体への好奇心、やりがいなどから生まれるものとなります。
マネジメントする上で、外発的動機づけは短期的に外から影響をおよぼせることが大きな魅力です。一方で、外発的動機付けは、報酬に依存的になったり耐性ができたり、また、内発的動機を損ねるリスクもあったりします。
逆に、内発的動機づけは外からコントロールすることはできませんが、尽きることない強い原動力となり得ます。モチベーションアップを考える上では、両者の特徴を理解したうえで、うまく組み合わせていくアプローチが大切です。
モチベーションを落とす三大要因
モチベーションアップの施策等をどれだけ考えて実行しても、職場にモチベーションを落とす要因があれば効果は薄れてしまいます。モチベーションアップを考える上では、モチベーションを落とす要因を排除することも非常に大切です。
・評価に不満がある
・人間関係がうまくいっていない
・仕事にやりがいを感じていない
評価に不満がある
人事評価や人事制度などへの不満は、モチベーションを落とす大きな原因となります。「一生懸命働いても、適正に評価されない」「仕事に対して正当な評価がされていない」といった状況が続けば、モチベーションは下がり、メンバーの不満が高まります。
なお、評価や待遇への不満は絶対的なものもありますが、「自分が思っているよりも評価が低い」という自己イメージとのギャップ、「自分より成果を上げていない人の評価が高い」といった他人との比較など、相対的なもので生まれる側面が強い傾向にあります。
評価への不満は、モチベーションの強い低下を引き起こす原因となります。モチベーションが下がれば、生産性やサービスの質が低下したり、企業や組織への忠誠心が失われたりします。
そして、「モチベーションの低下 ⇒ 生産性の低下 ⇒ 成果の劣化 ⇒ 低い評価 ⇒ モチベーションの低下…」という悪循環になっていくので、透明で公正な評価制度の構築、また、評価のフィードバック面談等が非常に大切です。
人間関係がうまくいっていない
職場での人間関係がうまくいっていないこともモチベーションを落とす要因になります。
中でも最も重要なのは上司との人間関係です。管理職はメンバーと仲良くなる必要はありませんが、メンバーにストレスを与えない関係性、心理的安全性を作ることはマネジメント上で非常に大切です。
仕事にやりがいを感じていない
自分の仕事に魅力を感じていない場合にもモチベーションは下がってしまいます。
例えば「業務がマンネリ化している」「仕事が自分に合っていないような気がする」「この仕事をすることにどんな意味があるのか分からない」といった状態であれば仕事にやりがいは感じられないでしょう。
この10年ほど、とくに若手層を中心に、仕事選びにおける「仕事に価値を感じる」「事業に共感してる」「成長実感がある」「将来のキャリアに希望を感じられる」といったやりがい要素のウェイトが増しています。
優秀な若手層の退職等が続く場合、待遇面と並んで、仕事にやりがいを感じられているか?という側面は要チェックです。
モチベーションアップさせる5つの方法
モチベーション理論の章では、マネジメントにおける個別的な関わりによるモチベーションアップの考え方を紹介しました。本章では、組織開発的な視点からモチベーションアップの方法を紹介します。
□ | メンバーの潜在能力に見合った目標設定 |
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□ | 職場環境の整備 |
□ | キャリアアップや能力開発の機会 |
□ | MVVの浸透 |
□ | 福利厚生や待遇の充実 |
メンバーの潜在能力に見合った目標設定
じつはメンバーに対して明確な目標をもたせることでモチベーションアップが見込めます。人には一定の条件を満たす目標ができると、それを「達成したい!」という想いが自然と湧き上がってくるものなのです。
これは“ロックの目標設定理論”と呼ばれており、曖昧な目標より明確な目標を設定した方が結果として業績は上がり、難易度の低い目標より高い目標を設定したほうが同様に業績は上がるという考え方です。
ロックによると、効果的な目標の設定方法は以下の7つです。
- 1.目的や課題を明確化する
- 2.業績や成果の計測方法を明確化する
- 3.達成すべき基準とターゲットを具体化する
- 4.目標達成までの時間と範囲を明確に定める
- 5.目標に優先順位をつける
- 6.目標達成の困難度と重要度を定める
- 7.目標達成に必要な調整をする
また、モチベーションに影響を与える要素には以下の4つが関係します。
- 1.目標の難易度
- 2.目標の具体性
- 3.目標の受容度
- 4.フィードバックの有無
実務的には、ロックの目標設定理論はSMARTな目標設定の原則を押さえることでほぼクリアできます。
そのうえで、目標の受容度に関しては、「組織にとって合理的」という視点と並んで「各メンバーにとって達成することに意味がある」という個人にとっての意味づけをきちんとすり合わせることが大切です。
また、目標設定をMBOや評価制度と紐づけて、きちんと目標設定 ⇒ 評価に対するフィードバックを実施していくことも基本です。
職場環境の整備
職場環境を整備することもモチベーションへの好影響があります。コクヨファニチャー社が20代男女若手社員500人に対して実施した『オフィスのモチベーションアップに関する調査』(2010年)という調査があります。
調査では「あなたは、オフィス環境によって仕事に対するモチベーションが上がったことはありますか」という質問に対して「ある」と回答したのは31.8%、「ややある」と回答したのは37.2%で、モチベーションの上がった人が69.0%と約7割を占めるという結果になっています。
またUTグループ株式会社は、全席フリーアドレスの形式を導入したことにより自然なコミュニケーションが生まれるようになりました。結果として「コミュニケーションが活性化し、社内が明るい雰囲気になった」と社員から声が上がっています。
環境整備を考える際には、単に“オフィスをきれいにする”ということではなく、まず仕事しやすい環境を整える、そして、UTグループの事例などのようにコミュニケーションの活性化などの狙いを持って取り組むことが大切です。
キャリアアップや能力開発の機会
従業員に対してキャリアップや能力開発の機会を提供することもモチベーションアップに有効です。
提供する際は組織から一方的に提供するだけではなく、本人が自律的・主体的にキャリアアップや能力開発に取り組めるようにするとよいでしょう。
例えば、クックパッド株式会社では、人員が必要となった部門に人事部が一方的に配属させるのではなく、社外に対する採用求人に加えて社内に向けて人材募集を行なう制度があります。
社内求人に対して各メンバーは人事に直接申し込むことができ、所属長などの許可や承認は必要ありません。また、申し込んだ事実も伏せられるため、現在所属している部署からの圧力などは一切かからない仕組みとなっています。
不採用となった場合は理由が本人にフィードバックされます。スキルが不足しているとされる場合は、選択制の研修メニューの中から必要なスキルを習得するための研修を受けることも可能です。
他にも、サイボウズ株式会社には、35歳以下で転職や留学など環境を変えて自分を成長させたい社員に対して、最長6年間は職場復帰を可能とする育自分休という制度があります。「復職が保証されているので、自分磨きに集中できる」と社員から高評価を得ています。
紹介した上記2つはマズローの欲求5段階説のうち自己実現欲求を満たす施策であり、これがモチベーションアップにつながっているといえます。
MVVの浸透
MVVはミッション、ビジョン、バリューを指します。経営理念やパーパス、クレドなど、表現は会社によって様々ですが、組織の存在理由や実現する世界、共通の価値観などを指します。
MVVを浸透させることで、従業員は組織への帰属意識を持ちやすくなります。また、MVVは自分の仕事が貢献している対象、仕事の意味などにつながるものであり、MVVNの浸透は仕事のやりがいを見出すことにつながります。
福利厚生や待遇の充実
基本的な福利厚生や待遇は衛生要因的な側面が強いですが、プラスアルファの部分を考えることでモチベーションアップにつなげることができます。
前述したサイボウズの制度などもその一つといえるでしょう。また、企業のMVVと関連させた福利厚生は、MVVの浸透と帰属意識にもつながります。
社員の意見を聞いたりする制度や社員と経営層の交流を生むような制度も有効です。待遇やインセンティブ等も外発的動機づけの理論を踏まえ設計することでモチベーションアップにつなげられるでしょう。
組織内のモチベーションアップを目指そう
日本では、“モチベーション=やる気”と曖昧に捉えられている側面もありますが、本来の“モチベーション=動機”は多くの研究がおこなわれて、マネジメントに活用できる理論がいくつもあります。
メンバーのモチベーションアップは生産性の向上などにつながるものであり、とくに知識労働や感情労働の比重が増えている中では、メンバーのモチベーションが業績につながるウェイトも増しているといえます。
5段階欲求説や欲求理論などを踏まえて個別にアプローチする、また、組織として外発的動機付けと内発的動機付けをうまく組み合わせる、組織開発的な視点で職場環境や制度を整備していくなど、記事で紹介した内容も参考に組織内のモチベーションアップに取り組んでみてください。