人材の流動化やジョブ型雇用の浸透に伴い、キャリア自律やキャリアオーナーシップに注目が集まっています。
しかし、これまでキャリア構築を会社に委ねることが当たり前だった日本企業において、「キャリア自律を促す」といってもどのような施策を打てばいいのか、企業側も迷いを抱えているケースは多いのではないでしょうか。
その中で富士通は、ジョブ型雇用導入とともに人事制度を大胆に刷新し、個人のパーパスを明確にする「Purpose Carving」や評価制度「Connect」、社内ポスティング(社内公募)制度の活用など、様々なキャリア自律の施策を成功させています。施策の背景には、どのような人事の想いがあるのでしょうか。
富士通株式会社 執行役員 EVP CHRO 平松 浩樹 氏に、HRドクターを運営する株式会社ジェイック/株式会社Kakedas 取締役 東宮が、お話を伺いました。(以下敬称略)
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人材の流動化やジョブ型雇用の浸透に伴い、キャリア自律やキャリアオーナーシップに注目が集まっています。しかし、これまでキャリア構築を会社に委ねることが当たり前だった日本企業において、<span class="markerYel...
<目次>
- 「社員個人のパーパス」を起点にした富士通流のキャリア自律
- 「Purpose Carving」の過程で、キャリア観や周囲との関係性にも変化が
- 「自律」を言いっぱなしにせず、前向きなメッセージと共に制度や仕組みでフォローする
- ポスティング制度による人材の流動化により、自律意識やマネジメントスキルが向上
- 経営戦略と人材戦略と、ストーリー立てて語る
「社員個人のパーパス」を起点にした富士通流のキャリア自律
東宮パーパス経営に取り組む企業が増える中で、富士通様は社員一人ひとりのパーパスに着目した「Purpose Carving」という独自のプログラムを実施していらっしゃいます。まず、「Purpose Carving」を実施した背景についてお聞かせください。
平松「Purpose Carving」は、社員一人ひとりのパーパスを彫り出し、言葉にする対話プログラムです。
富士通が、DXカンパニーとして様々な変革を進める全社DXプロジェクトFujitsu Transformation(フジトラ)に取り組む中で、「個人のパーパスがDXを実践するうえでのエンジンになるだろう」ということでスタートし、現在ではグローバル全体に展開しています。
従来は組織としてのプロダクトがあり、上司がある程度の答えを知っていた時代でした。しかし、変化が激しくなり、ソリューションを提供することが増えた中で、上司も答えを知らない。
そうすると、一人ひとりの顧客と接する個人が起点となってトライ&エラーしていくことが大切になる。だからこそ、各個人の「何のために働いているのか?」というパーパスがエンジンになる。
個人のパーパスがしっかりすることで、“日々の仕事の中で見える景色”も変わってくると考えています。
東宮パーパスやミッション・ビジョン・バリューを明確にしている企業は多いですが、会社が掲げたものを社員に浸透させようとするケースが多く、富士通様のように「個人のパーパス」に目を向けている企業は、まだほとんどない印象です。
平松組織のミッションやビジョンと個人の成長ビジョンをしっかりとアラインさせていくことが、会社と個人双方の成長に不可欠です。
「Purpose Carving」では、単に個人のパーパスを明確にするだけではなく、一人ひとりの成長、そして会社の成長につなげていきたいと考えています。
会社のパーパスを実現するために、会社の各組織はビジョンを描きます。その組織ビジョンと同じように、社員一人ひとりも自分のパーパスに基づき成長ビジョンを未来志向で描きます。
そして、上司と部下の1on1によって、組織のビジョンと個人のビジョンをすり合わせていきます。
これを実現するために、人事部門では「Purpose Carving」を実施している最中から、評価制度の刷新も進めました。
「会社のパーパスと個人のパーパスをつなぐ」という意味を込め、新たな評価制度は「Connect」と名付けました。
東宮1on1で対話することで、まさに会社のパーパスを個人のパーパスと「Connect」させていく、非常に先進的な施策ですね。
変化の激しい今の時代においては、企業が方向性を明示することはもちろん、社員一人ひとりが自分のありたい姿を自発的に考える。
そして、1on1などの対話を通じて組織とアラインさせていくアプローチが不可欠だと思います。
「Purpose Carving」の過程で、キャリア観や周囲との関係性にも変化が
東宮「Purpose Carving」を実施したことにより、社内でどのような変化がみられましたか?
平松「Purpose Carving」は、まず社長を含めた役員から実施しました。実施の様子は動画で全社にも配信しました。
自分のパーパスを言語化するのはとても照れくさいものです。
言語化するプロセスでは、一人ひとりの幼少期までさかのぼり、そこから、なぜ富士通に入社したのか、入社後にどのようなことがあったかなど、こと細かに聞き出されます。
自分自身も話すことで、どのようなことにやりがいを感じているのか、どんな価値観が形成されてきたのか、モチベーションの源泉は何か、なぜ富士通で働いているのかなど、自身の内面がだんだん見えてくるのです。言語化を通じて、自分を再認識できました。同じことを社員も感じたようです。
東宮本当に一人ひとりにしっかりと手をかけて実施していらっしゃるんですね。仕事をしていると、あっという間に1週間、1カ月、1年間と経ってしまいます。
その中で深く自己理解や自己対話する機会を持てる人は非常に少ないですから、貴重な経験ですね。
平松「Purpose Carving」をやると、上記を通じて、知らず知らずのうちに自己開示することにもなるんですよね。
そうすると、周囲の人にも「平松さんはそういう育ち方をしたから、この価値観が形成されたのか」と、共通認識ができあがります。
お互いを深く知ることができると、心理的安全性にもつながります。その点でも「Purpose Carving」はとても評判がいいですね。
「自律」を言いっぱなしにせず、前向きなメッセージと共に制度や仕組みでフォローする
東宮昨今、キャリア自律やキャリアオーナーシップという言葉を聞くことが増えてきました。
まさに「Purpose Carving」や「Connect」はキャリア自律を後押しするものだと思いますが、富士通様では何をきっかけに個人のキャリア自律に向けた取り組みを始めたのでしょうか。
平松2020年にジョブ型に移行したことが、ひとつのきっかけです。
ジョブ型をはじめさまざまなシステムを機能させるには、会社と社員の関係性を「対等」にしていくべきだと考えました。
しかし、「対等だ」と言葉で伝えても、どういう状態なのか分かりにくいですよね。そこで「自律と信頼の関係性」というキーワードに言い換えました。
東宮対等という言葉を、自律と信頼の関係性と言い換える。わかりやすいですね。実際に、社員の方々への浸透はいかがでしょうか。
平松キーワードだけを言いっぱなしでは社員も具体的にどうすればいいのか分からないので、「キャリアオーナーシップを最重要視して取り組む」と宣言して、制度や仕組みに反映させていきました。
自分で働く時間や場所をデザインする「Work Life Shift」や、社内ポスティング(社内公募)制度のさらなる拡大は、代表的なものです。
さらにはユニークな取り組みとして、世代別にオンラインでキャリアの悩みや自らの挑戦などについて共有する「キャリアカフェ」や、法政大学の田中研之輔教授にご協力いただいて開発した「キャリアオーナーシップ診断」なども好評です。
東宮会社として、具体的なメッセージを発信し、メッセージに合わせた仕組みや制度を運用していらっしゃるのですね。
確かに、「このままだと変化に取り残されるぞ」と危機感だけで自律をあおることも1つの手かもしれませんが、それだけでは社員は恐怖に追い立てられることになってしまいますものね。
ジョブ型導入をはじめ、人事制度を大胆に変革していらっしゃいますが、混乱のないように工夫したことはありますか?
平松アジャイルに進めていくことを前提にしたことです。
昔は人事制度を変える時は、時間をかけてトライアルしたり、説明会に向けて想定されるQ&Aリストを作成したりして、綿密なガイドライン設定と教育を実施した上でスタートしていました。
しかし、この方法では実施までに気の遠くなるような時間がかかります。そして、時間がかかるので一部の制度しか変えることができません。
人事の仕組みはつながっているので、ひとつだけを変えても関連する他の仕組みと整合性が取れず、結局形骸化してしまう恐れもあります。
今回の人事制度改革では、はじめに富士通のHRビジョンを策定し、掲げたテーマを実現するために仕組みを大幅に変えることをまず宣言しました。
そのうえで、実際の制度は精緻に詰めすぎず、「まずは導入・運用してみて、そこで気になることがあればどんどん指摘をしてください。
その指摘をナレッジとして蓄積して、ブラッシュアップしていくから。」と社員に向けてメッセージを送りました。
東宮確かに、人事制度は実際に運用してみないと分からないことがたくさんありますし、準備に時間がかかりすぎると、そのうちに世の中も変わってしまいますから、時代にマッチした進め方ですね。
それに、社員をうまく巻き込んで一緒に制度を育てていくことで、「やらされ感」なく受け入れられそうです。
ポスティング制度による人材の流動化により、自律意識やマネジメントスキルが向上
平松ポスティング制度を拡大して、社内の人材流動性を高めたことも、キャリアオーナーシップの向上につながっていると思っています。
社内ポスティング制度は、元々は数百件程度の利用でしたが、2020年にポスティング拡大を宣言しました。
そして、2021年度には国内8万人のグループ社員のうち述べ2万人が社内公募に手を挙げて、7,795人が実際に異動しています。
現在、社内ポスティングには常時1,000件以上の募集がでており、常にキャリアの選択肢が用意されている状態です。
なお、2万人が手を挙げて約8,000人が異動したということは、1万2,000人は希望が叶わなかったということです。
ここで大切にしているのは、「希望が叶わず残念でした」で終わるのではなく、不合格だった人に叶わなかった理由を含めてしっかりフィードバックをすることです。
自ら手を挙げて挑戦する人はモチベーションが高いため、もし希望が叶わなくてもフィードバックやアドバイスを受けることで、成長や学びにつながると考えています。
東宮挑戦することをしっかりと評価していらっしゃるのですね。
自らアクションを起こすことで得るものがあると、社員の方も「今回は実現しなかったけれど、またチャレンジしてみよう」という意識になりますね。
ポスティングという形で選択肢が目の前に見えていることで、キャリア自律の意識も育まれそうですね。
平松その通りです。ポスティングによる人材の流動化は、組織に良い影響を与えています。
1つは、社員が自らのキャリアを主体的に考える機運が高まってきたことです。目の前に選択肢があったり、周囲の人がどんどん動いたりしていますからね。
もう1つは、マネジメントスキルの向上です。
ポスティング制度によって社員が自らキャリアを選び取る機会が増えた、社内求人に応募できるということは、マネージャーからすると「何もしなければ優秀な人材が流出してしまいかねない」ということです。
メンバーがポスティングに応募して成立すれば、マネージャー側に拒否権はありません。
人材をリテンションして引き留める、さらにポスティングによって良い人材を獲得するには、マネージャーが自ら組織のビジョンや魅力を語り、またそれを実現させていかねばなりません。
これによってマネージャーの意識は明確に変わりました。
東宮「自律と信頼」を実践されている富士通様だからこそ、ここまでの活性化が実現されたのではないかと思います。
マネージャー層は、1on1で部下にフィードバックをしたり、組織の魅力化や人材のリテンションに努めたりするなど、大きな役割を握っているかと思います。
現場のマネージャーからすると、負担も大きくなるのではないかと思いますが、富士通様ではどのように理解を得て、キャリアオーナーシップの重要性を浸透させていったのですか?
平松実はジョブ型を導入する5年程前から、20代半ばから30歳前半の若手エンジニアや営業が、外資系企業などに流出するケースが目立ち、現場マネージャーの危機感が高まっていました。
そうした危機感、また、富士通だけではなく世の中全体として人材の流動性やキャリアオーナーシップが確立されていないと良い人材を確保できないという認識が広がってきたことを追い風として、ジョブ型を導入して人事制度も大幅に変革していきました。
また、新たな人事制度のなかで、マネージャーたちも“部下”の立場で自身の上長と1on1をしますし、ポスティングに手を挙げることもできます。
とくに現場マネージャーの2つ上の階層などは、ポスティングでの応募で決めることを原則にしています。
このようにマネージャー自身も、人事制度を通じてキャリアの選択肢を持てるからこそ、キャリアオーナーシップの重要性を認識できるのだと思います。
もちろん、マネージャーの自己鍛錬だけに任せるのではなく、たとえば、組織のビジョンをつくり魅力を語れるように人事としてワークショップを開催したり、研修でバックアップしたりしています。
経営戦略と人材戦略と、ストーリー立てて語る
東宮ここまでのお話しでたくさんヒントをいただきましたが、改めて人的資本時代の組織づくりにおいて、人事はどのようなことを考えるべきか、アドバイスをいただけますか?
平松「人的資本経営」というと、まず情報開示の必要性が頭に浮かび、何をどう開示するかという数字を気にしてしまう人も多いと思います。
しかし、社員の学習時間といった数字を上げることを目的にしても、持続的な成長にはつながりません。
それよりもまず、会社がどのような事業戦略を描いており、そのためにどのような人材戦略や組織戦略が必要なのか、ストーリーが必要です。
例えば、AI領域の成長に合わせて、社員のスキル向上も必要だからこそ、エンジニアや営業のAIスキル向上にこのくらいの投資をして、結果として学習時間が確保されるといったストーリーです。
ストーリーは、事業戦略に紐づいて描かれるものですので、事業戦略や計画の更新に応じて変える必要もあります。
トップをはじめ各事業のリーダーが、社員や投資家、お客様、将来富士通に入社したいと考えている人など、ステークホルダーに人的資本経営のストーリーを発信していけるようにする。
そして、裏付けとなる仕組みや制度をちゃんとつくって運用していく。人事は、その舵取りをしていくことが求められると思います。
東宮変化の激しい時代の中だからこそ、ストーリーを立て、分かりやすく語ることは、大切ですね。
「人事もアジャイルに」というお話しを先ほども平松さんがされていましたが、何の説明もなく制度を刷新したり、新しい数値目標を掲げたりしているだけでは、ステークホルダーも振り回されて不信感が芽生えてしまいます。
そうならないためにも、人事は、パーパスと事業戦略に基づいたストーリーを、経営としっかりとコミュニケーションを取りながら立てていくことが不可欠だと今のお話しを伺って思いました。
本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました!
執行役員 EVP CHRO 平松 浩樹 氏
取締役 東宮 美樹
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