終身雇用が崩壊して転職が一般化、フリーランスや副業等の働き方も増えるなかで、企業における従業員のキャリアデザイン支援が注目を集めています。
キャリアデザイン支援は、従業員のキャリアプラン作成を促すと同時に、自社でのキャリア形成を考えてもらうことで、従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上につなげることが狙いです。
記事ではキャリアデザイン支援を行なうメリットや実践方法を紹介します。
<目次>
- キャリアデザインとは
- キャリアデザイン支援が注目される理由
- キャリアデザインのための三つの軸
- キャリアデザインの効果
- キャリアデザインの流れ
- キャリアデザインを成果につなげるポイント
- 従業員のキャリアデザイン支援を実施する方法
- まとめ
キャリアデザインとは
そもそもキャリアデザインとは何か、まず概要をすり合わせておきましょう。
自分の理想のキャリアを具体的に描くこと
キャリアデザインとは、「自分が理想とする将来的な働き方を具体的にイメージする」ことです。人生で自分が希望するキャリアを明確化し、長期的な計画を立てることを意味します。
企業や上司に決められるのではなく、あくまでも自分自身が主体的に働き方を決めていく点が、キャリアデザインの重要なポイントです。仕事だけではなく家庭の状況やライフプランなども加味しながら、人生全体の計画を立てます。
実現のためには主体的な行動が必要
キャリアデザインで立てた計画を実現するためには、自ら行動してもらう必要があります。成果につなげてこそ、キャリアデザインの設計が意味を持ちます。この点は従業員のキャリアデザイン支援するうえで、大切なポイントです。
キャリアデザインを描く際は、現況を客観的に整理したうえで理想状態を描き、実現に向けた具体的な計画を立てていきます。仕事以外の要素も含めたキャリアを考えることが重要です。
なお、時間が進んでいくうちに、計画した状況とはズレが生じますので、キャリアデザインとライフプランは定期的に見直す必要があります。計画したことの実践がうまくいかない場合は、目標やアクションを柔軟に修正しながら取り組むことがポイントです。
キャリアデザイン支援が注目される理由
近年、従業員のキャリアデザイン支援に取り組む大手企業が増えています。なぜキャリアデザイン支援が注目を集めているのか、個人視点の必要性と組織視点の背景を紹介します。
【個人視点】終身雇用の崩壊
昭和から平成前半に就職した世代にとって、キャリアは自分で考えるものではありませんでした。ある意味、自分のキャリアは企業が考えてくれていたともいえます。
終身雇用があたりまえであった時代は、昇格できるかできないかの問題こそあれ、ビジネス人生は1つの企業内で終わるのが一般的でした。自分自身でキャリアを考えなくても、企業で仕事を頑張っていれば自然にキャリアが形成できていたのです。
しかし終身雇用が崩壊した昨今、転職が一般化しています。ビジネスパーソンそれぞれに、自分の“キャリア”を真剣に考えることが求められるようになっています。
【個人視点】キャリアステージの長期化
キャリアデザインの必要性が増している背景として、キャリアステージの長期化も挙げられます。現在、これまでのように“1社で定年まで勤務して年金生活に入る”というライフプランはどんどん描きにくくなっています。
終身雇用の崩壊と並行して、国内では少子高齢化が進み、年金支給開始年齢の引き上げが検討されています。“老後2000万円問題”が話題になったことも、記憶に新しいでしょう。
企業がキャリアを保証してくれないということに加え、人生100年時代を前提としてキャリアを考えなければならなくなっているのです。
【個人視点】キャリアの複線化
終身雇用の崩壊やキャリアの長期化に加え、働き方も大きく変化しています。副業や兼業が普及しているほか、フリーランスや個人事業主として働く人も増えています。
また、正規雇用だから週5日フルタイムで働くという価値観も変わりつつあります。さらにリカレント教育やリスキリングのような、社会人の学び直しも注目されています。
新卒で正社員として就職して1本のレールの上を歩いていくキャリアだけでなく、「正社員で就業しながら別の企業で副業する」「転職してレールを変える」「フリーランスとして独立する」「働きながら大学院で学ぶ」など、キャリア自体が複線化・複雑化しています。このような状況では、個人が主体的にキャリアを考えていくことがより求められます。
【組織視点】エンゲージメントや定着施策としてのキャリアデザイン支援
社会環境と個人の価値観が上記のように変化するなかで、組織としても従業員のキャリアデザインを支援する必要性が増しています。
まず組織として従業員の終身雇用を保証できなくなっています。したがって、従業員にも自社に依存する形で一生のキャリアを考えるのではなく、自分のキャリアデザインを自律的に設計してもらいたいと考える企業が増えています。
同時に少し矛盾するようですが、従業員にキャリアデザインを描いてもらったうえで、それを社内で可能な“キャリア開発”と重ね合わせてもらうことで定着率やエンゲージメントの向上につなげたいという狙いもあります。
キャリア開発のメリットや方法、注意点、事例などは以下にまとめているので参考にしてください。
キャリアデザインのための三つの軸
キャリアデザインを成果につなげるためには、以下に紹介する3つの軸をもとに理想のキャリアを描くことが重要です。キャリアデザイン支援をするうえで、考えておくべき軸になりますので、それぞれの軸の概要と押さえておきたいポイントを紹介します。
自分の強みや個性
キャリアデザインを設計するためには、自分の強みや個性を把握しておく必要があります。好きなことや得意なことを掘り下げることで、理想のキャリアを描きやすくなるでしょう。
強みや価値観を考えるうえでは、嫌いなことや不得意なことをリストアップしてみるのも一つの方法です。自分に向かない仕事やモチベーションが揚がらない仕事を再確認することで、強みや個性が見えやすくなります。
人生や仕事に対する価値観の明確化
キャリアデザインを考えるうえでは、強みや個性という武器に加えて、そもそもの軸となる人生や仕事の価値観を明確にすることも挙げられます。理想の生き方を考えたうえで、仕事の重要度や仕事に求めるものをはっきりとさせておくことが重要です。
例えばワークライフバランスを実現することに重きを置くのか、社会的地位や収入を向上させたいのか、自分がトップとして人に影響したいのかなどは、正解があるわけではなく個人の価値観です。
キャリアプラン(仕事)はライフプラン(人生)の一部です。どのような人生にしたいのかを考えることが、キャリアデザインの軸につながってきます。もちろんライフステージのなかで、価値観は変わることもあります。その際にはキャリアデザインを修正すればよいのです。作った軸に縛られる必要はありませんが、何が軸か?を考えておくことが大切です。
目標達成に向けた必要スキル
キャリアデザインを考えるうえで は“成長” という要素も欠かせません。理想のキャリアを描くことと並行して、目標を達成するために何が必要かを考えることも大切です。自分の現状をきちんと把握することで、目標とのギャップを埋めていくために習得すべき知識やスキルを洗い出しておきましょう。
キャリアデザインで設定した目標を目指すためには、一定レベルのスキルや経験が要所で求められるでしょう。どのタイミングで何をすればよいのか、できる範囲で明確にしておかなければなりません。
目標から逆算して考えれば、キャリアデザインを実現するために自分がすべき具体的な行動が見えてきます。時系列に沿って身につけるべきスキルやしたい経験、クリアすべきハードルを設けておくことで、具体的な行動を取りやすくなるでしょう。
キャリアデザインの効果
キャリアデザインに取り組むことでどのような効果が得られるでしょうか。従業員個人が得られるもの、企業にもたらされるメリットを紹介します。
個人にとってのメリット
キャリアデザインを行なって中長期的や目標や計画が明確になると、仕事に対するモチベーションを維持しやすくなります。「この経験を何につなげたいのか」「この先数年でどのようなスキルを身につけたいのか」が明確になることは内発的動機付けにつながります。
また、中長期の計画に沿って自分をしっかりと成長させていくことで、行きあたりばったりで与えられた仕事をしている人よりもキャリアアップの機会を得ることもできるでしょう。
キャリアデザインは、人生自体にもプラスの作用をおよぼす考え方です。仕事への価値観や生き方を見つめ直すことで、より充実した豊かな人生を歩んでいけるようになります。
企業にとってのメリット
企業が従業員のキャリアデザイン形成を適切に支援することは、従業員のエンゲージメント向上につながります。前述したとおり、自分のキャリアプランを描いて、そのなかで今の仕事がどのような意味を持つかが明確になれば、内発的動機づけが生まれます。
また、従業員のキャリアプランを理解したうえで適性に合った配置を行なえば、より大きなモチベーション向上と生産性UPも期待できます。
さらに転職があたりまえになるなかで、キャリアプランを描いてもらい、キャリアプランを自社でどう実行していけるのかを重ね合わせてもらうことは、定着率の向上、従業員の引き留めにつながります。
キャリアデザインの流れ
本章ではキャリアデザインを設計する大まかな流れを解説します。自分でキャリアデザインを考えるうえでも、キャリアデザイン支援を考えるうえでも、各ステップのポイントを押さえておきましょう。
理想像を思い描き目標を定める
キャリアデザインを考える際は、始めに自分がなりたいと思う理想像、キャリアプランを描く必要があります。仕事だけでなくプライベートも含め、3年後、5年後、10年後と期間を区切り、それぞれのタイミングでどのような自分になりたいか掘り下げて考えましょう。
どうしても理想像が思い浮かばない場合は、ロールモデルを見つけることも一つの方法です。自分にとって理想的なキャリアを積んでいる人の経歴などを知ることは、理想像を考えるヒントになるでしょう。
Will、Can、Mustを整理する
キャリアデザインを考えるうえでは、以下3つの要素から考えることも有効です。
- Will⇒何をやりたいか?(描きたいキャリアプラン)
- Can⇒何ができるか?(今できること、身につけているスキルやできる貢献)
- Must⇒何をすべきか?(キャリアプランを実現するために必要なスキル、収入を得るために求められるスキル)
就職支援などでもよく取り上げられる3つの要素ですが、上記3つの視点で整理することで、キャリアプランを現実的な計画へと落とし込むことが容易になります。
なお、Canをうまく描けない場合は周囲からコメントしてもらったり、人材紹介企業などで面談を受けたりすることも有効です。
また、Mustがうまく描けない場合には、作りたいキャリアプランに対する情報が不足しているかもしれません。インターネットで調べたり、求める分野にいる人に話を聞いたりすることがよいでしょう。
現況を客観的に整理する
具体的なアクションプランを立てるためには、理想と現状とのギャップを把握しておかなければなりません。自分の仕事・スキル・経験を洗い出し、現況を客観的に整理しましょう。
不足している部分を経験や勉強によって埋めていけるように、詳細なアクションプランを考える必要があります。前述した“Can”と“Must”を整理する工程です。CanとMustのギャップが、Wantを実現するために、今後身につけていくべきスキルや経験となってきます。
理想実現に向けた計画を立てる
上記のステップをすべてクリアしたら、最後に理想の実現に向けた計画を立てます。やるべきことをリストアップして、それぞれに優先順位をつけましょう。
優先度の高いものから取り組んでいけば、効率的にステップアップしていけます。長期的な目標から逆算して、短期的な小さな目標や行動計画を考えましょう。
短いスパンで小さな目標達成や行動に取り組むことを繰り返して、長期目標の達成へと向かっていくイメージです。短期の目標や行動計画は、期日も明確に定めておきましょう。
キャリアデザインを成果につなげるポイント
最後にキャリアデザインの設計や実行で注意したいポイントを紹介します。以下に挙げる3点を意識すると、キャリアデザインを成果につなげやすくなります。
PDCAサイクルを回す
キャリアデザインを成果につなげるためには、PDCAサイクルを回して計画・実行・評価・改善を繰り返すことを意識しましょう。
入念に考え抜いた計画でも、すべてがうまくいくとは限りません。仮説が誤っていた場合や計画の実行がうまく進まなかった場合は、目標やアクションを修正する視点が重要です。
定期的に見直して柔軟に変更する
キャリアデザインで設定した短期・長期目標は、さまざまな理由により達成できなくなるケースがあります。定期的に見直して柔軟に変更することも重要です。
キャリア形成の分野では、プランド・ハップンスタンスセオリー(計画された偶発性理論)が非常に有名です。これは、1999年にスタンフォード大学の教育学と心理学の教授であるクランボルツ教授によって提唱されたものです。
端的にはプランド・ハップンスタンスセオリーとは以下の考え方です。
- 変化の激しい現代、キャリアの8割は“偶然”の出来事で形成される
- だからこそ、キャリア形成には“偶然”をポジティブに役立てることが大切となる
上記のとおり、キャリア形成は“偶然”によって大きく左右されます。自分が意図しない状況で目標や計画どおりには進まないこともあたりまえです。計画に固執し過ぎると、時間や労力を無駄にしかねません。
ただし、だからといって計画が無意味なわけではありません。「計画=自分が向かいたいゴールと軸」を明確にするからこそ、偶然をポジティブに活かしやすくなります。
客観的なアドバイスを受ける
キャリアデザインには、自分の価値観や自己分析の結果が強く反映されます。自分の人生ですので、向かいたいゴールは自分で決めるものです。一方で、CanやMust、実現のステップを考えるところでは客観性や現実性も必要です。
例えば、自分の経験やスキルを過大評価していると失敗につながりますし、過小評価すると機会を逃す原因にもなります。同様に、自分が描きたいキャリアプランに対するMust(必要される能力や経験、至言)が誤っていれば、判断を誤ります。
キャリアデザインを設計したあとは、上司や友人からアドバイスを受けてみましょう。前述のとおり、特にCanやMust、実現に必要なステップなどは、客観的なコメントをもらうことがおすすめです。
従業員のキャリアデザイン支援を実施する方法
企業が従業員に対するキャリアデザイン支援を実施する方法を解説します。自社で実施を検討する際の参考にしてください。
キャリアデザイン研修の実施
キャリアデザイン支援を従業員に実施する方法としては、最も一般的なのはキャリアデザイン研修の実施です。従業員向けのキャリアデザイン研修を実施することで、キャリアデザインを考える機会を従業員に提供することが可能になります。
外部の研修サービス企業に依頼することで、良質なフレームワークに基づくライフプランやキャリアプランの設計、現状分析などが可能になるでしょう。フレームワークを共通言語として導入することで、経営陣や人事部門、管理職などが面談等を通じてブラッシュアップや修正をアドバイスすることも容易になります。
キャリア面談の実施
研修以外のサポート方法としては、キャリア面談の実施も有効です。キャリアデザインを理解している上司や経営者が、1on1の面談で従業員の計画立案・実践をサポートします。
1on1のキャリア面談では個々の従業員に合わせた対応が可能です。定期的に面談を実施することで、実践の振り返りを行なう機会も増やせます。ただし、その分、時間や工数はかかることになります。
前述のように研修で共通のフレームワークなどを作って、面談と組み合わせることが有効でしょう。なお、面談は社内だけでなく、外部のキャリアコンサルタントを活用するのもおすすめです。キャリアデザインを深く理解しているプロから個別にサポートしてもらうことで、成果につながりやすくなるでしょう。
働き方の多様化に対応する制度を整備
キャリアデザイン支援を実施するうえでは、人事制度の整備も考えるとよいでしょう。
例えば、退職した従業員を再雇用する“ジョブリターン制度”などを導入すれば、従業員は外部へのチャレンジをしやすくなりますし、企業としても業務内容を把握して実力をわかっている従業員を再雇用しやすくなります。
他にも、異動希望の申告制度、社内インターンシップ、リモートワーク、フレックス勤務なども、従業員のキャリアデザイン形成を手助けできる制度です。働き方の多様化に対応することで、従業員もキャリア形成の選択肢を増やせるでしょう。
まとめ
終身雇用が崩壊して転職が一般化するなかで、企業が従業員のキャリアデザイン支援に取り組むケースが増えています。企業は従業員のキャリアデザインを支援することで、離職率の低下やエンゲージメントの強化を図ることができます。
キャリアデザインを成果につなげるためには、客観的な分析や適切な目標設定が不可欠です。研修や面談の実施も検討し、従業員のキャリアデザインをサポートし、また企業の成長力につなげましょう。