商品やサービスが市場にあふれ、どれを選べばよいのかわからない現代に新商品を開発したり、サービス改善に取り組んだりする手法としてデザイン思考が注目されています。
記事では、デザイン思考を実践するための5つのプロセスを紹介します。
<目次>
デザイン思考とは
まずデザイン思考とはどのようなものか、基本的な概念や考え方を紹介します。
デザイン思考とは
“デザイン思考”という言葉が初めて世に現れたのは、1987年ピーター・ロウが、建築家や都市計画のアプローチ手法を取りあげた著書『デザインの思考過程』といわれています。上記のとおり、もともとはビジネス分野とは少し距離があった概念です。
しかし、2005年にシリコンバレーのデザインコンサルティング企業“IDEO”の創業者デイビッド・ケリーがデザイン思考をビジネスに取り入れて成功をおさめ、デザイン思考の手法を広く提唱したことでビジネス分野へと広まることになりました。
デザイン思考の基本的な考え方
デザイン思考とは、ユーザーを起点とし、徹底してユーザーが求めているものを考え構築する思考法です。
かつて商品開発やサービス改善の現場では、商品の強みや性能といった面にスポットライトが当たっていました。もちろん商品の性能は大切です。しかし、技術進化などが進み、多くの人が十分な機能の製品を持っているなかで、“作り手”や“売り手”の目線で“優れた商品”を作ってもうまくいかない時代となってきました。
例えば、スマートフォンでいえば、一昔前は“カメラの画素数”がどんどん進化して、それを魅力に感じる人もいたでしょう。
しかし、今では多くのスマートフォンが数千万画素のカメラを搭載しています。そして、“2,000万画素と2,500万画素の違い”となると、ユーザーにとってはもはや違いがわからない領域になってしまい、購入の意思決定要素にはなりづらくなっています。
結果として、現在、商品開発やサービス改善で重要になっているのが“ユーザー体験”という考え方です。機能やスペックではなく、ユーザーにとって満足いく、心地よい、よい意味で驚きがある体験を提供できるかということです。
ここで役立つのが、ユーザーの視点を徹底的に理解することを何よりも大切に考えるデザイン思考の考え方です。
デザイン思考では、インタビューやアンケート、行動観察によって、ユーザーが課題に感じていることを引き出すと同時に、ユーザー自身もまだ気が付いていない隠れたニーズを探り出していこうとします。
そして、見つかった課題を踏まえて、アイデアを生み出し、プロトタイプとして形にして改善を繰り返していきます。
なぜデザイン思考が注目されるのか
デザイン思考が注目されるようになったのは、市場環境が大きく変化したことが関係しています。それまでは、企業側がデータに基づいて分析した市場のニーズや自社の強み、新しい技術をベースにして商品を開発していました。前述のように性能の高さや新規性が購入に結び付いてきた時代でした。
しかし、こうした商品開発を進め、技術がどんどん進化していった結果、市場には同じような商品やサービスが溢れるようになっています。また、新商品をリリースしても、機能やスペックに関しては、すぐに追随されてしまいます。
この状況を打ち破るために、“ユーザー体験”や“ユーザー視点”に注目が集まっているのです。
デザイン思考で得られるもの
デザイン思考では、作り手の目線をいったん忘れて、ユーザー体験やユーザー視点にフォーカスしていきます。ユーザーが求めているものは、具体的な言葉として出てくるものだけでなく隠れたニーズも探り出す作業をしていきます。
そして、ユーザーが持つ課題やニーズをもとに商品・サービスを考えていくことで、今までにない革新的なサービスや商品を開発したり、ユーザーにとって意味がある改善や違いを生み出したりすることができるようになります。
デザイン思考を実践する5つのプロセス
デザイン思考を実践するためには、5つのプロセスを踏んでいくことが大切だといわれます。本章では、デザイン思考を実践する5つのプロセスを詳しく紹介します。
5つのプロセスとは
ハーバード大学デザイン研究所のハッソ・プラットナー教授は、デザイン思考を用いて新しいことに取り組んでいく場合には、5つのプロセスを意識して推進することを提唱しています。
5つのプロセスとは、“共感”“問題定義”“アイデア”“プロトタイプ”“テスト”のことです。それぞれのプロセスを簡単に紹介します。
1.共感
●共感とは?
共感は、ユーザーを理解することで、ユーザーが感じている課題を探っていくプロセスです。ユーザーの感覚や感情に“共感”できるほど深く、理解しにいくことが重要になります。
●なぜ共感が重要なのか?
ユーザーを起点とするデザイン思考では、ユーザー理解がスタート地点になります。しかし、ユーザーを理解するのは簡単なことではありません。人間は「こういう場合はこうだろう」「こういう人はこんなものが好みだろう」と考えてしまいがちです。
しかし、作り手て・売り手のこうした先入観はユーザー視点を妨げる要因となります。共感のフェーズでは、まっさらの状態でユーザーに向き合うこと、自分も一人のユーザーとして感じることが大切になります。
●どのように共感するのか?
共感のフェーズでは、ユーザーインタビューやアンケートなどを通じて、ユーザーの感じている具体的な課題や問題点を探っていきます。
ここで注意しなければならないのは、ということです。ユーザーが目の前のことに対して率直にコメントを言ってくれていたとしても、その意見は根本課題であるとは限りません。
例えば、「まだ存在しない、また知らない商品やサービスに関して適切な意見は期待できない」「ユーザーの意見の裏側にユーザー自身も自覚していない価値観や不満が存在している」といったことを知っておく必要があります。
なお、インタビューやアンケートで集めた情報から、詳細なペルソナを設定することもデザイン思考を実践するうえでは有効です。ペルソナを作成することで、行動や視点の理解、感情への共感等が進みやすくなるでしょう。
2.問題定義
●問題定義とは?
問題定義は、ユーザーと共感するプロセスで得られたさまざまな課題を深堀りし、その根本となる問題を探っていく過程です。
作成したペルソナの行動パターンや嗜好を踏まえたうえで、真の課題は何であるのかと定義を繰り返し行います。ユーザー視点で得た情報を追求することによって、ユーザーが気付いていないニーズをあぶり出します。
●なぜ問題定義が重要なのか?
課題を解決するためには、まずその課題を明らかにしなければなりません。極端な表現をすれば、誤った課題を完璧に解決しても何の意味もないのです。
真の課題、場合によってはユーザー自身も明確に認識していない課題を見つけ出し、さらに深く探っていくことで、本当の課題が見えてきます。真の課題が見つかれば、解決策を考えるステップに進むことができます。
●どのように問題定義するのか?
問題定義では「誰の何を解決すべきか?」「ユーザーは何を求めているか?」を突き詰めて考えていきます。さまざまなフレームワークを活用してみることも一つです。
あるいは、制限を設けずに大胆な仮説を立てて考えてみることで、今までつかめなかった課題が明確になることもあるでしょう。
また、複数人でのブレインストーミングなども有効です。
3.アイデア
●アイデアとは?
明確になった課題を解決するために、アイデアを数多く出していきます。この段階では、よいアイデアを考えることよりも、できる限り多くのアイデアを出すことを優先します。
●なぜアイデアが重要なのか?
すぐに思いつく身近な解決策に飛びついてしまうと、いつもどおりの結論や施策に陥ってしまいます。まずは質にこだわらず、量にこだわって数多くのアイデアを出すことで、今まで見ていなかった側面を見つけ出し、そこにアプローチすることができるでしょう。
すぐ解決策にたどり着けなかったとしても、さまざまな角度から見ていくことで、これまでとは違った方向に進める可能性が出てきます。
●どのようにアイデアを作るのか?
ここでも、ブレインストーミングをはじめとするアイデアを出すためのフレームワークを活用するとよいでしょう。「実現できるか?」「意味があるか?」等は一度頭から外して、自由な発想で課題に向き合うことが肝要です。
「どれだけ多くのアイデアを出せるか?」「どれだけ自由に発想できるか?」を重視して取り組みましょう。まずは数を出して、そこから複数のアイデアをかけ合わせてプロトタイプにするものを絞り込んでいきましょう。
4.プロトタイプ
●プロトタイプとは?
アイデアの段階からさらにイメージしやすくするため、試作品(プロトタイプ)を制作してみます。この段階ではあまり手間ヒマをかけず、“とりあえず作ってみた”程度の完成度で問題ありません。試作するなかで、頭で考えているだけでは気付かなかった問題が見えてくることがあります。
●なぜプロトタイプが重要なのか?
実際の形にすることで、多くの人に伝わりやすくなり、実現性や改善の方向性がイメージしやすくなります。ユーザーからの意見を求める際にも、試作品があることで、より具体的な発言を引き出すことができます。
●どのようにプロトタイプを作るのか?
近年では3Dプリンタを使えば、簡単な試作品を時間やコストをかけずに作ることができます。Webサービスであれば、画面イメージを作って遷移をたどることでもよいでしょう。
多くの場合、プロトタイプはキレイに作りこむ必要はありません。何となくイメージできればそれでよいのです。
5.テスト
●テストとは?
プロトタイプで試作したものに対する関係者やユーザーの意見を集め、意見を参考にしながら改善(次のプロトタイプ作成)を繰り返していきます。
問題定義で見出したユーザーのニーズは正しかったのか、課題の本質部分を解決するものになっているのか、反応を見ながら検証していきます。
●なぜテストが重要なのか?
テストのプロセスでは、アイデアから試作したものをユーザー目線で評価し、改善点を探し出していきます。そして、指摘された改善点に対して、さらにアイデアを出し合い、再度プロトタイプを作成します。
ときには、抽出した課題そのものがずれているのではないかと気付き、見直すことになるかもしれません。こうした過程を経てユーザーの本質的なニーズにマッチする商品に近づくことができるのです。
●どのようにテストを行うのか?
テストはゴールではなく、再スタートの入り口です。市場にインパクトを与えるような商品は、数百回といった膨大な試作品とテストを繰り返すことで生まれています。
テストするなかで、「ここまでのプロセスが正しく行われているのか」「問題定義が間違っているのではないか」と振り出しに戻ることもためらわず進めることも必要です。
プロセスを実践するうえで気をつけること
デザイン思考を実践する際には、どのようなことを注意していけばよいでしょうか。
常にユーザー視点を忘れない
デザイン思考のいちばんの特徴であり大切なことは、徹底したユーザー視点で見るということです。実際にユーザーからの声を集めることも大切ですし、ユーザー特性を分析したりインタビューをしたりするなかで詳細なペルソナを設定し、ペルソナをベースに考えるということも有効です。
テストまでの段階では、どのプロセスでもユーザー視点を第一にしていき、企業側の都合や視点をできる限り排除することが大切です。
スピード感を持って進める
デザイン思考ではアイデアがあればすぐにプロトタイプを作り、テストして見つかった課題をもとにあらためてアイデアを出し、次の試作をするというサイクルを繰り返します。
じっくりと考えて少しずつ積みあげていくのではなく、どんどんやって駄目なら作り直すというスタンスが大切になります。
プロセスは順番どおり進めなくてもOK
5つのプロセスを紹介しましたが、絶対に順番どおり進めなければならないという訳ではありません。ケースによっては、途中のプロセスを省いたり、元のプロセスに戻ったりしてもOKです。
前述したように途中で前に戻る、また、状況によってはいきなりプロトタイプを作ってテストするところから始めて、その反応を踏まえて、共感や問題定義に入ることもありえるでしょう。形式にとらわれず本質を求めていくことを意識しましょう。
デザイン思考のメリット・デメリット
デザイン思考を導入し商品やサービスを開発することにはどのようなメリットがあるでしょうか。メリットだけでなく、デメリットや注意点も併せて確認しましょう。
メリット
デザイン思考の大きな特徴となるのが徹底したユーザー視点です。常にユーザー視点で考えていくことで、企業側の視点から見えなかった本質的な課題を見つけ出すことができます。
商品開発の重要なポイントは、企業の考え、売り手や作り手の視点とは違ったところにあるケースが少なくありません。
またプロトタイプを試作し、ユーザーからのフィードバックを取り入れて新たな試作につなげていくことで、より現実に近い意見、これまでと違った角度からのコメントを得ることができます。
テストでの得た意見のなかに、数字では測れない商品・サービスの特徴や強みを発見することもできるかもしれません。
さらに、デザイン思考では多くのスタッフが自分の意見をどんどん出し合うことが求められます。自分が数多くの意見を出して、それが反映されていくことは、高いモチベーションで商品開発やサービス改善にあたる原動力ともなるでしょう。
デメリット
注意点の1つ目は、メンバーの中にデザイン思考のプロセスが十分に浸透しないうちは無意識に企業目線の発想になりがちということです。
デザイン思考では、ユーザー志向を徹底することが肝になりますので、関わるメンバーにこの点をしっかりと理解したうえで推進できるかどうかにかかっています。
また、リーダーがデザイン思考の進め方をしっかりと理解していないと、ユーザーや関係者の意見から課題の本質を取り出すことができず、ありきたりな結論に収束される可能性があることです。
デザイン思考を取り入れて商品を開発するには、メンバーを取りまとめるリーダーが、デザイン思考の本質を理解したうえで進めることが重要になります。
最後にデザイン思考を実際に進めていくうえでは、ユーザー視点で考えていったアイデアを現実のビジネスへと落とし込んでいくプロセスが必要です。現実に成立しない商品・サービスになってしまっては意味がありません。
しかし、あまり早く現実のビジネスを意識してしまうと、ユーザー視点から遠ざかってしまいます。リーダーには上記のかじ取りや、それを踏まえた場づくりも求められます。
デザイン思考の注意点
デザイン思考を自社に導入していこうとする場合に、どのような点に注意していけばよいか紹介します。
これまでの方法にとらわれない
デザイン思考を用いた商品開発のプロセスは、従来の手法とかなり進め方が異なります。特に企業側の都合を排除しユーザー体験を重視するデザイン思考の考え方は、これまで企業内で進めていた企画と相反する部分があるかもしれません。
デザイン思考を取り入れる際には、従来のプロセスと異なることを気にせず、違和感が生じることを前提に取り組むことも大切です。
人材の育成が大切
デザイン思考は5つの実践プロセスが示されているからこそ、デザイン思考の理解が浅い段階では、5つのプロセスを形だけなぞることに集中してしまい、結果としてこれまでと大差ないものになる可能性があります。
デザイン思考の本質を十分に理解したリーダーとメンバーが行なうことで、革新的な商品にたどり着くのです。その意味では、デザイン思考を理解した人材を育成することが成功のカギともいえます。必要に応じて社外の専門家の力を借り、研修やワークショップを通じて理解と実践力を高めていくとよいでしょう。
導入には時間が必要
デザイン思考は、従来の商品開発の考え方と大きく異なること、また実践できる人材の育成が必要なことから、導入するにはある程度時間がかかることを認識しておく必要があります。
まずは決裁者の応援を受けながら、少人数のプロジェクトチームに導入して、蓄積された知見を少しずつ広げていくと組織に広げやすいでしょう。
まとめ
記事ではデザイン思考の概略とデザイン思考の実践に用いられる5つのプロセスを簡単に紹介しました。デザイン思考が他の思考法と大きく異なるところは、ユーザー体験を何よりも大切に考え、ユーザーの求めるものを追求する姿勢です。
5つのプロセスはそのために有効なステップとなりますが、プロセスにこだわっていると本質から外れてしまいます。
デザイン思考は、ユーザー視点を追求することで、革新的なサービス開発や本質的な商品改善などを生み出せるプロセス。社外の力も借りて理解を深めながら、うまく組織に取り入れましょう。