【アート思考とは?】イノベーションを生み出すフレームワークと実践方法

更新:2023/07/10

作成:2022/05/31

東宮 美樹

東宮 美樹

株式会社ジェイック 執行役員

【アート思考とは?】イノベーションを生み出すフレームワークと実践方法

ビジネスとアートは一見結びつきがないように見えますが、近年「アート思考」という新たな思考法がビジネス分野で注目を集めています。技術革新や環境変化のスピードが早く、先が見えにくい社会で、新しい価値を生み出していく有効な手法として、アート思考を事業やサービス企画に取り入れる企業も出てきています。

<目次>

アート思考とは

アート思考とはどのような思考法でしょうか。アート思考が求められる背景も含めて解説します。

 

 

アート思考とは

アート思考とは、アーティストが作品を創造するときと同じプロセスを用いた思考法のことです。アーティストは、自己の内部にある感情や感覚を起点として、湧き上がってくる想いを表現することによって作品を生み出していきます。そして、作品を通じて社会に問題提起し、人々の感情を動かします。

 

自由に発想を追求していくアーティストの思考法をビジネスに応用し、これまでにない革新的な商品やサービスを生み出していくのに有効だと考えられています。

 

 

アート思考とデザイン思考の違い

アート思考の少し前からビジネス分野で取り入れられている思考法が「デザイン思考」です。アートとデザインは、両方ともクリエイティブ分野に紐づく言葉であり、似たように思えますが、じつはまったく違う思考法です。

 

アート思考は、自己の内部を見つめ、そこから生まれる表現の欲求が軸となります。全てのことにとらわれない発想を重視することから、今までにない新しい商品開発やコンセプトづくりに適した思考法といえます。

 

対して、デザイン思考は、徹底したユーザー視点が基礎となっていて、そこからユーザーが潜在的に求めているものを探っていきます。ユーザーのニーズを深く掘り下げて再定義し、その解決策を考えていくことで満足度の高い体験を提供していきます。

 

このように、アート思考は自己を思考の出発点と考え、デザイン思考はユーザーを起点として思考すると、思考の出発点がある意味では正反対です。

 

2つの思考法は、どちらが優れているということではありません。コンセプトとなるビジョンを考えるにはアート思考、製品化のアイデアを整理するにはデザイン思考、といったようにケースによって使い分けもできるでしょう。

 

 

アート思考が注目されるのはなぜか?

アート思考が注目される背景には、現代の市場環境が関係しています。技術の発達によって、市場には溢れるほどの商品・サービスが投入されています。どの企業でも様々なデータや競合分析に基づいて商品・サービスの開発をしています。その結果として、市場は同じような商品・サービスばかりになっています。

 

また、技術革新によって、新しい商品・サービスが投入されてもすぐに陳腐化してしまい、さらに競争が厳しくなるという負の連鎖にも陥っています。

 

そこで求められているのが、これまでの商品・サービスの改良版ではなく、革新的なコンセプトの提案です。

 

ユーザーのニーズや企業の既存事業からは一旦離れて、「何を提供したいのか」を突き詰めていくことで、オリジナリティのある商品・サービス、経営手法を生み出せると考えられています。そこで役立つのがアート思考なのです。

 

 

アート思考を導入するメリット・デメリット・注意点

アート思考を導入して商品やサービスを作ることには、どのようなメリットがあるのでしょうか。またそこで生じるデメリットや注意点も確認しておきましょう。

 

 

アート思考のメリット

アート思考では、他社の動向や自社の既存事業、ユーザーの嗜好といったデータを取り払って、自分の想いにフォーカスしていきます。そこで見つけたものをさらに再定義し、それを繰り返していきます。

 

こうした一連の思考によって、他にはない独創的なアイデアが生まれ、市場をブレイクスルーするような商品・サービスの開発につながっていきます。市場に似た商品が溢れている現状では大きなメリットになります。

 

 

アート思考のデメリット・注意点

アート思考では、個人の内側にある独自の思考や価値を掘り下げていくものです。そのため、チームで商品開発をしていく際には、共通の認識を持つのが難しくチームプレーには適さないというデメリットがあります。

 

また、アート思考によって生み出されたものは、論理的に説明しにくく、周囲の人には理解されにくいケースもあります。従って、事前にすり合わせておかないと、社内で承認を得ることが難しいといった注意点も生じます。

 

 

 

アート思考の進め方・フレームワーク

アート思考を実践することは、あまりアートに関わりがなかったビジネスパーソンには、少しハードルが高く感じるかもしれません。本章では、アート思考の理解を助け、実践するのに役立つフレームワークを紹介します。

 

 

電通が提唱する「ビジョンスケッチ」

電通のプロジェクトチームが中心となって提唱しているアート思考のフレームワークが「ビジョンスケッチ」です。アート思考を活用して新しいビジョンを作り出すのに有効な手法として開発されました。アート思考を身に付けるプログラムとして、多くの企業で取り入れられています。

 

ビジョンスケッチでは、優れた現代アーティストが作品を生み出しているときに使っている4つの思考回路「問題提起力」「想像力」「実現力」「対話力」に注目しました。

 

そして、4つの思考回路を実践することで、自分の中にアート思考を取り入れるプログラムを作り上げました。企業で実践していくために、ワークショップや教材を用いた学習機会の提供、専門家からアドバイスやサポートを受けられるプログラムを企画・運用しています。

 

 

京都大学と凸版印刷が提唱する「アートイノベーションフレームワーク(TM)」

凸版印刷と京都大学は、アートと先端技術を融合させて社会に新たな価値を生み出す研究を進めており、そこで提唱されたのが「アートイノベーションフレームワーク(TM)」です。

 

アーティストの思考ロジックをフレームワーク化し、それをビジネスシーンにおける新たな発想に結びつける思考法が「アートイノベーションフレームワーク(TM)」です。

 

「アートイノベーションフレームワーク(TM)」は、以下5つのプロセスで実践されます。

 

 

(1)発見
自分が「面白い」「美しい」「もっと知りたい」と感じるものを発見していく。顧客などの他者ではなく、あくまでも自分の主観を追求する。

 

 

(2)調査
発見した対象について、他に類似の物がないかを調査確認していく。これまでにないユニークであることが重要とされる。

 

 

(3)開発
対象となるものを自分のオリジナルなものにして、ビジネスに応用する手法や表現を検討していく。

 

 

(4)創出
イメージを膨らませて、これまでにない新しいビジネスプランになるようにアウトプットをしていく。

 

 

(5)意味づけ
アウトプットされたものを、他の人にも理解してもらえるように、背景や意図などを言語化し、他者からの評価を受ける。

 

 

5つのプロセスに基づいてアート思考を実践し、ビジネスに応用していこうとする試みです。

 

 

 

アート思考に関する企業と大学の産学共同研究

社会におけるアートの新しい役割として、アート思考を研究する動きも見られます。大学と企業が共同で行なっている3つの研究を紹介します。

 

 

京都大学と凸版印刷

前章で紹介した「アートイノベーションフレームワーク(TM)」です。

 

 

住友商事と東京藝術大学

住友商事と東京藝術大学では、アート思考を身に着けた人材の育成や、アートと事業を融合させた事業開発を研究実践しており、ワークショップの開催やコンテンツ開発などの共同事業を進めています。

 

 

NTTデータと東京大学

NTTデータと東京大学でも、2020年から「アート思考によるイノベーション創出手法に関する研究プロジェクト」を実施しています。プロジェクトでは「アートのビジネスへのさらなる活用」がテーマとなっており、アート思考を取り入れた社会デザインのコンセプトづくりが議論されています。

 

 

 

アート思考を活用した企業事例

アート思考を活用することで、革新的な事業や新商品・サービスの開発に成功した企業も実際に登場しています。ここでは、そのような企業を紹介します。

 

 

Soup Stock Tokyo

1999年に創業されたSoup Stock Tokyoは、その頃まだ誰も見たことがなかった「スープを主食とするライフスタイルを実現する」という代表の遠山氏の強い想いから事業化されました。その根底には、売上や効率ばかりが追及されていた当時の外食産業へのいら立ちがありました。

 

Soup Stock Tokyoでは、売上や利益などの数字にとらわれるのではなく、何をやりたいのか、誰がやりたいのか、意義はあるのかといったことを大事にして事業に向き合ってきました。じつは遠山氏自身もアート作品を制作しており、個展を開いた経験があります。

 

そんなSoup Stock Tolyoは2019年には創業20年を迎え、約90億円の売上となる事業に成長しています。Soup Stock Tolyoの事業開発では、アート思考と対になるデザイン思考も取り入れられており、ペルソナ設定における有名な事例にもなっています。

 

 

マツダ

自動車メーカーのマツダでは、「人馬一体」の考えのもと「人と心が通う生き物のような存在としての車」を作り出す取り組みをしています。

 

現在、自動車メーカーの新モデルを開発する際にはコンピュータを使って車のデザインを行うのが当たり前となっています。しかしマツダでは、コンピュータでのデザインにくわえて、職人が粘土を削って車の原型を作って独特の微妙なラインを作り出す過去のデザイン技法を残しています。

 

企業の想いが表現されたデザインは、コンピュータによって作られた他社の車とはひと味違う、ぬくもりと味わいを持っています。形状だけでなく、会社としての姿勢にひかれるユーザーも多く生まれています。

 

 

日本マイクロソフト

日本マイクロソフトは、株式会社 HEART CATCH と共同で、アート思考を身に着けDXをさらに拡大させるためのワークショップ「Art Thinking Workshop」を開催しました。

 

日本マイクロソフトの顧客企業を対象として、イノベーションを生み出すアプローチについて学ぶ機会を設けました。日本から革新的なプロダクトやサービスを生み出すことを狙ったプロジェクトです。

 

 

 

ビジネスでアート思考を活用するポイント

実際にアート思考をビジネスに取り入れていくには、注意すべきポイントがいくつかあります。具体的に解説していきましょう。

 

 

表現したいことへの強い想いが必要

アート思考の根源となるのは、自己の中にある表現への強い想いです。この想いがなければ、テクニックとしてアート思考を導入してみたところで上面をなぞるだけで、成果は生まれてこないでしょう。

 

アート思考を手法としてだけ捉えるのではなく、根源となる想いをしっかりと見つめていくことからスタートする必要があります。

 

 

常識やこれまでのしがらみを取り払って考える

アート思考で実現したい世界をアウトプットする過程では、社会の常識やこれまでのデータといったものを全て取り払っていくことが大切です。そこに至るまでには、自分を深く掘り下げて、自分が実現したものは何かということを、何度も再定義しながら問い続けています。

 

ビジネスの世界に生きていると、つい数字やこれまでの経緯、ユーザニーズといった常識に影響されやすくなっています。アート思考においては、一旦そういったものを全て外して考えることが大切です。

 

 

収益性などとの現実バランス

アート思考では、自分の中にある想いを大切にするということを強調していますが、ビジネスに展開する際には収益性や実現性も考えなければなりません。

 

アート思考を導入する際には、ビジョンやコンセプトを考える際はアート思考のアプローチを取り入れ、事業化を進めていくためにはデザイン思考やロジカル思考を使って組み立てていく、という使い分けが必要になります。

 

 

 

まとめ

技術が進歩したことで企業間競争がより厳しくなり、効率的な事業経営が求められています。どの企業もデータをもとにした効率的な商品開発や事業開発を進めるようになりましたが、結果として、どの商品・サービスも似たような味気ないものになっています。

 

そこで、市場に強いインパクトを与えるような革新的な商品・サービスやイノベーションを生み出すために、過去のデータや業務効率化というところとは離れた、個人の強い想いを原点に考えるアート思考がビジネス分野で注目されています。

 

ビジネスの世界とは縁遠い「アート」の技法を取り入れることは難しさも感じるかもしれませんが、記事で紹介したアート思考のステップや実践事例などを参考に、ご興味あれば、ぜひアート思考を仕事に取り入れて下さい。

著者情報

東宮 美樹

株式会社ジェイック 執行役員

東宮 美樹

筑波大学第一学群社会学類を卒業後、ハウス食品株式会社に入社。営業職として勤務した後、HR企業に転職。約3,000人の求職者のカウンセリングを体験。2006年にジェイック入社「研修講師」としてのキャリアをスタート。コーチング研修や「7つの習慣®」研修をはじめ、新人・若手研修から管理職のトレーニングまで幅広い研修に登壇。2014年には前例のない「リピート率100%」を達成。2015年に社員教育事業の事業責任者に就任。

著書、登壇セミナー

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